
二冠馬に与えたい“Mr.ダービー馬”の称号
「皐月賞は最も速い馬、ダービーは最も運のいい馬が勝つ」という昔の格言を、毎年この時期になると思い出す。
諸説は色々あるが、皐月賞は成長力の早い馬ならスピードがあり他馬を制せる、昔の日本ダービーは30頭近く出走し、枠順や道中の展開で有利不利が生まれるから、様々な障害をクリアできる運を持つ馬が勝つ…と言う事のようである。
確かに、4回コーナーを曲がる中山のコースで馬群を捌くためには、スピードとレースセンスが必要だし、出走が18頭になった日本ダービーとはいえ、レース展開や直線のコース取り等、運の良さも伴う。更に最近のダービーは「高速馬場への対応」と言う課題もあり、皐月賞に求められる「速さ」も不可欠になってくる。皐月賞からダービーまで、二ヶ月間で「速さ」と「運」を伴って連勝し、二冠馬になる馬こそ“Mr.ダービー馬”と称えたくなる、最強の3歳馬だと私は思う。
平成元年(1989年)以降、皐月賞⇒日本ダービーを連覇した二冠馬は、1991年のトウカイテイオーから、2020年のコントレイルまで10頭を数える。中でも、皐月賞、日本ダービーとも1番人気で堂々の二冠馬となったのが、トウカイテイオー、ミホノブルボン、ナリタブライアン、ディープインパクト、コントレイルの5頭。日本ダービーに限っては、1997年のサニーブライアンを除く9頭が1番人気での勝利となっている。
単勝1.1倍のディープインパクト、1.2倍のナリタブライアンを除けば、簡単に二冠達成したわけでは無い。二冠阻止に向けた強力なライバルたちと死闘を演じて、二冠を達成したダービー馬たちばかりである。近いところでは、コロナ禍で無観客となった府中でサリオスとの一騎打ちを制したコントレイル。大雨の中、泥んこになってウインバリアシオンを抑えたオルフェーヴルの年も、力の入ったダービーだった。
私の好きな日本ダービーの二冠達成シーンは、競馬史に残る名馬たちが皐月賞、日本ダービーで鎬を削った年。ドゥラメンテの二冠達成となった2015年の日本ダービーである。

2015年クラッシック戦線勢力図
2015年のクラッシック戦線は、それぞれの路線から有力馬が勝ち上がるトーナメント戦の様相を見せていた。2歳時に名乗りを上げたのは、朝日杯フューチュリティステークスで2歳チャンピオンとなったのが芦毛のダノンプラチナム。そして、10月の府中新馬戦を快勝後、クラッシックへの登竜門と言われている東スポ杯2歳ステークスを制覇したサトノクラウンにスポットが当たった。
2頭の注目馬に隠れて、ひっそりとデビューしていたのが、ドゥラメンテとリアルスティールである。ドゥラメンテは、秋の府中開幕週の新馬戦に登場し、スタートで出遅れての2着。開催替りとなる11月の未勝利戦を6馬身差で快勝する。リアルスティールも、暮れの阪神最終週の新馬戦で優勝し、それぞれの2歳時キャリアを終えている。
ドゥラメンテは、父が日本ダービー馬のキングカメハメハ、母はエリザベス女王杯連覇のアドマイヤグルーヴ、祖母エアグルーヴという超GⅠ血統。リアルスティールも、ディープインパクト×母父ストームキャットという当時の黄金血統で注目されていた。
ドゥラメンテとリアルスティールは3歳になった2月、初めての直接対決が実現する。未勝利戦のゲート内で暴れゲート再審査が課されたドゥラメンテは、試験クリア後セントポーリア賞に出走する。ここではゲート難を見せることなく、次元の違う強さを見せ、5馬身差の圧勝で2勝目をマーク。一方のリアルスティールは、新馬勝ち後休養を挟み共同通信杯に照準を合わせる。ドゥラメンテも中1週で共同通信杯への出走が決まり、良血馬2頭の見ごたえのある共同通信杯となった。
スタートは普通に飛び出したドゥラメンテだったが、向正面で気難しい面を見せてしまう。リアルスティールは内でじっと待機しつつ、仕掛けどころを伺う体制が整っている。直線に入ると、ようやく折り合いのついたドゥラメンテが外から追い込む。先頭集団を一気に飲み込んで、突き抜けるかと思った瞬間、内からリアルスティールが鋭く伸び、ドゥラメンテを一気に交わす。石橋騎手の右ムチで、盛り返そうとするドゥラメンテだったが、半馬身差が詰まらず、2着に敗れてしまう。

2歳時の注目馬2頭、ダノンプラチナとサトノクラウンは、3月のトライアルレースを始動戦に選択する。
弥生賞に登場したサトノクラウンは、ホープフルステークス(当時GⅡ)優勝のシャイニングレイに1番人気を譲ったものの、札幌2歳ステークスの覇者ブライトエンブレムに1馬身1/2の差をつけて優勝。2歳時の重賞勝ち馬たちとの勝負付けを終えた。
ダノンプラチナは、スプリングステークスを選択。ここには共同通信杯勝ちのリアルスティール、京成杯を差し切ったベルーフ等が出走し、皐月賞へ向けたサバイバルレースとなった。しかし、重賞勝ち馬たちを抑え皐月賞に名乗りを上げたのは、1月の新馬戦を勝ち、平場の500万条件(現1勝クラス)も勝って2連勝のキタサンブラックだった。

トライアルを終了した時点で、サトノクラウンが頭一つ抜けた存在。スプリングステークは2着に敗れたものの、リアルスティールがそれを追う展開。新星キタサンブラックの未知の魅力が、次第にクローズアップされるという構図になっている。ドゥラメンテは共同通信杯で見せた気性難も含め、この時点ではランクダウンしていた。
ドウラメンテの変貌と皐月賞
皐月賞のパドック周回を見た時、私のドゥラメンテへの見方が一変した。共同通信杯以降、調整に入ったドゥラメンテは、別馬のようだった。時折見せるイラっとした仕草はあるものの、全体的には落ち着いて堂々と周回している。鞍上はMデムーロ騎手に乗り替わり、彼なら、気難しいところも巧く御してくれるものと思われた。

2番枠からのスタートの出が一息で、内に閉じ込められたような展開で後方を進むドゥラメンテ。クラリティスカイとキタサンブラックが誘導する隊列は変わらない。4コーナー手前から、進路を探し始めたMデムーロ騎手は徐々に外へ持ち出していく。 直線で先頭に立つキタサンブラック。終始好位につけていたリアルスティールの福永騎手が外からキタサンブラックを交わして先頭へ躍り出る。
残り100m、それは一瞬で景色が変わった。中段の外目にいたドゥラメンテ、Mデムーロ騎手がゴーサインを出すと、大外から段違いの脚を繰り出し、アッという間にリアルスティールを抜き去った。他馬が止まって見え、同じ勝負服のリアルスティールから分離したかのような速さで先頭に立つドゥラメンテ。結局1馬身1/2差をつけて、皐月賞のゴールに飛び込んだ。勝ち時計は1分58秒2、茫然としながら、走り去るドゥラメンテを、私はスタンドで見ていた。

共同通信杯とは逆に、ドゥラメンテに出し抜かれたリアルスティールは2着、二番手から粘り切ったキタサンブラックが3着に入る。そして1番人気のサトノクラウンは中段追走から伸びず、6着で入線した。
ドゥラメンテによるドゥラメンテのための「2015年日本ダービー」
皐月賞の切れ味から、日本ダービーはドゥラメンテで決まり…という声も多く聞こえ始めた。
キングカメハメハ×アドマイヤグルーヴの血統背景からも、400mの距離延長は有利に働くはずだ。
リアルスティール、サトノクラウンは2000mが最適舞台、2400mは負担大になる???
キタサンブラックの母父はサクラバクシンオー…よく持って3コーナーまで???
さまざまな憶測と期待が入り混じり、2015年のダービーDayは、時間経過と共に盛り上がって行く。
各馬の本馬場入場が始まり、場内の盛り上がりは最高潮に達する。登場する出走馬一頭一頭に、歓声が上がり、2015年の競馬の祭典はピークを迎える。
そして、ファンファーレ。ダービーDayの盛り上がりが最高潮に達し、ゲートに入って行く各馬の姿がターフビジョンに映し出されるごとに、どよめきが走る。

2015年の日本ダービーのゲートが開いた。
ドゥラメンテは、14番ゲートから五分のスタートを切ると、後方待機の皐月賞とは打って変わって中団外につける。ミュゼエイリアンが隊列を先導し、キタサンブラックが二番手に付ける展開の中、ドゥラメンテは中段前方の位置取りで脚をためている。直後にサトノラーゼンがドゥラメンテをマークし、サトノクラウン、リアルスティールは後方からの追走となる。
そして、直線を迎えた各馬。直線入口でMデムーロ騎手は、ドゥラメンテを先頭集団の外まで上げて行く。キタサンブラックが先頭に立ち、残り400mの地点でゴーサインを出した。ドゥラメンテは抜群の反応で応えて、坂の上り、残り300m付近で早々と先頭に立つ。

キタサンブラック後退後、内からサトノラーゼンが食い下がろうとするが脚色が違う。そこからは、後続馬の追撃を一切寄せつけず、サトノラーゼンに1馬身3/4差をつけて、栄光のゴールに飛び込む。
外からサトノクラウン、内を突いてリアルスティールが伸びてくるが、掲示板キープが精一杯だった。

ゆっくりと、ウイニングランで近づいて来るドゥラメンテとMデムーロ騎手。一頭のダービー馬とひとりのダービージョッキーに贈られる歓声がウイナーズサークルに近づくにつれ大きくなっていく。彼らが通り過ぎた跡には、祭りの後の寂しさと静けさが残されていく。

2015年のダービーDayは、ドゥラメンテ自らが幕を開け、ドゥラメンテ自らが幕を下ろした。
そして…祭りのあと
2015年の日本ダービー出走馬たち。彼らの本領は古馬になってから発揮され、競馬史に残る名馬が次々に誕生する。
本当に強かったのはドゥラメンテだけでは無かった。ドゥラメンテが強すぎただけだった。
リアルスティールはドバイ(ドバイターフ)、サトノクラウンは香港(香港ヴァ―ズ)の海外GⅠを制し、キタサンブラックは、ドゥラメンテ不在の菊花賞を制した後、合計7つのGⅠレースに勝っている。
更に種牡馬になった彼らは、化け物クラスの二世を競馬場に次々送り込んできた。リバティアイランド、タイトルホルダー、タスティエーラ、イクイノックス、フォーエバーヤング・・・・。いずれも、2015年の日本ダービーに出走していた父たちが送り込んだ、「凄い名馬たち」である。
ドウラメンテが制した2015年の日本ダービー。改めて見直しても、凄いレースだったと思う。そして、そこで鎬を削った彼らは、ドゥラメンテの引き立て役では無く、日本ダービー時点での完成度の差が出ただけだ。もしも夢が叶うなら、彼らが古馬になって同じレースを走る「夢のGⅠレース」を見たいものである。
彼らは、これからも競馬場を湧かす名馬たちを送り込んでくるはずだ。早逝したドゥラメンテの分も含めて、彼らの子供たちが日本ダービーに出走する時は、しっかりと応援してあげたい。
Photo by I.Natsume