[連載・馬主は語る]情熱がなければ勝てない(シーズン2-19)

「今年は3頭分、馬房が空きますので、治郎丸さんも1頭いかがですか?僕たちも1頭か2頭の繫殖牝馬を新たに導入しようかと思っています」

碧雲牧場の長谷川慈明さんこと慈さんから話がありました。もう1頭繁殖牝馬がほしいと思っていても、牧場の馬房に空きがなければ預かってもらうことはできませんので、待っていましたとばかりに僕はこのお誘いの言葉に飛び乗りました。

「それでは、今年も繁殖セールに一緒に行きましょう!」

それからというもの、繁殖セールの上場馬リストが公開されるのが楽しみでなりません。しかも今年は、ノーザンファーム繁殖牝馬セールのみならず、ジェイエス繁殖馬セールにも行くことに決めました。ジェイエス繁殖馬セールは、日高地方(静内)にて開催される繁殖牝馬のセリです。ノーザンファーム繫殖牝馬セールはほとんどの馬がノーザンファームの生産馬ですが、ジェイエス繁殖馬セールはどの牧場からでも上場することができます。社台ファームやダーレー・ジャパン、パカパカファーム、西山牧場、ケイアイファーム、千代田牧場、下河辺牧場を筆頭に、個人の馬主さんたちも自身の所有する繁殖牝馬をセリに出してきます。よって頭数も多く、毎年200頭を超える繁殖牝馬たちが上場されています。ノーザンファーム繫殖牝馬セールが毎年70頭前後であるのに比べると、3倍近い規模の繁殖牝馬の中から選ぶことができるということです。

ちなみに、2022年からノーザンファーム繁殖牝馬セールは「ノーザンファームミックスセール」という名称に変更されました。なぜミックスかというと、今年から当歳馬のセリも併せて行われることになったからです。繁殖牝馬と当歳馬を混ぜ合わせるという意味のミックスです。セレクトセールでは上場されなかったノーザンファーム生産の当歳馬たちを上場することで、セリ全体をさらに盛り上げて行こうという狙いではないでしょうか。海外ではこのように当歳馬と繫殖牝馬のセリが同時に行われることもあるようですね。当歳馬を買いに来たオーナーがついでも繁殖牝馬を購入したり、繁殖牝馬を手に入れようと参加した生産者がつい動きの素晴らしい当歳馬に手を出してしまったりという相乗効果があるのかもしれません。当歳セールに参加する人と、繁殖牝馬セールにそうする人は基本的には属性が違うはずですが、今までは別々に行われていたものを同時に行うことで、互いにその存在を知り、実はふたつはつながっていると感じるかもしれません。

セール開始の2か月前には、上場馬の一覧が発表されます。その後、カタログの請求も始まり、購買者登録の受付が次第に開始されます。生産者にとって、それはまるで一口馬主クラブの募集馬リストの発表やカタログの発送開始のような心躍る時期なのです。しかも繁殖牝馬セールは、1頭が数百万から数千万の投資になりますので、まさに切った張ったの真剣勝負の時間です。傍から見ると、良い大人が現役を引退した牝馬の馬体や血統を真剣な目でみつめている姿は滑稽に映るかもしれません。僕だってまさかこんな歳になって、自分が繁殖牝馬カタログを手に、どの馬を手に入れようかと悩むことになるとは夢にも思いませんでしたよ。

昨年(2021年)はノーザンファーム繁殖牝馬セール一本やりでしたが、今年はジェイエス繁殖馬セールもありますので、計300頭近くの繁殖牝馬の中から選ぶことになります。候補馬が増えたのは喜ばしいことですが、絞り込みをかけるのが難しい。さすがに1頭1頭を精査するわけにはいきませんので、テーマに沿いつつ、ある程度の基準を設けて数頭には的を絞っていかなければ、当日混乱してしまうことは目に見えています。それほど買いたくはなかった馬を落札してしまうのも嫌ですし、本当は買いたかった馬を逃してしまうのは惜しすぎます。予算が無限にあるわけではない以上、セリは選択と集中が大切です。そのためには事前の準備が必要ですね。

予算としては、今年も500万円までと決めました。月々の預託費や来年の種付け料のことなどを考えると、これ以上はビタ一文出せません。昨年も同額だったのですが、ダートムーアをどうしても手に入れたくてつい熱くなってしまい、予算オーバーの700万円まで達してしまいました。今振り返ってみると、昨年は初めての繁殖牝馬セールだったこともあり、何としても本命の馬を落として帰りたいという気持ちが強かったのだと思います。そうした強い気持ちが伝わったからこそ、競合相手が引いてくれて、ダートムーアを落とせたのかもしれません。ダイナカール牝系で兄にフラムドパシオンがいて、自身も中央で4勝した高嶺の花を手に入れることができたのは奇跡的なことでした。

「初めてのセリで意中の馬を落とすなんて、持っていますね」と下村獣医師に言われた意味が、時間を経てようやく分かってきました。先ほど、セリでは選択と集中が大切と書きましたが、それはあくまでも戦略的なことであって、最終的に勝負を決するのは冷静と情熱なのではないでしょうか。特に後者の情熱がなければ、最後のひと声が上げられずに敗れてしまうのです。

情熱というのは、この馬がどうしても欲しいという気持ちです。およそ300頭から、テーマや基準に沿って冷静に絞り込みをかけていき、残った数頭の中に運命を感じる馬がいるかどうか。もちろん、当日の下見において実際に馬を見てみて、ピンと来ることもあるでしょうし、セリの雰囲気の中でこの馬こそはと感じることもあるはずです。事前に1頭に絞り込む必要はありませんが、数頭に絞り込んでおくことが大切ですね。情熱がなければ勝てないのです。

今年のテーマは、できるだけ若い馬を買うこと。昨年のダートムーアは13歳時に購入しました。あのときは「13歳は繁殖牝馬としてはまだまだこれからの年齢ですよ」という下村獣医師の言葉に背中を押された形でしたが、ダートムーアも今年14歳になり繁殖牝馬としては晩年にさしかかっていきます。次のもう1頭とすれば、これから先、長い目で見ての活躍が期待できる馬が良いはずです。未供用もしくは年齢の若い馬が理想ですね。

誤解しないでもらいたいのは、僕は決して女性は若ければ良いと思っているわけではありません(笑)。昨年は熟女を手に入れたので、今年はヴァージンか若妻をと考えているだけです。言い訳すればするほど、変態っぽくなるのでやめておきます。あくまでもテーマであって、絶対に若い馬でなければならないというわけではありません。ダートムーアのような素晴らしい熟女からのお誘いがあれば断る手はありませんが、かなり高齢の繁殖牝馬を購入して、1頭だけ取り出してハイ終わりなんてこともしたくないのです。長い目で見て、良い産駒を産んでくれて、碧雲牧場の基幹繫殖牝馬として活躍してくれるようになる馬を、たとえ未知であり未完成であっても導入したいと考えています。

(次回へ続く→)

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