2020年の競馬は無観客の中で行われ、無敗の三冠馬コントレイルが誕生した。
翌2021年もまだ先の見通しがつかない世の中ではあったが、日本の競馬界はコントレイルを中心に動くだろうと思われた。しかし、コントレイルは古馬初戦となったGⅠ大阪杯でまさかの敗北を喫するのである。
日本競馬界の至宝ともいえる三冠馬に土をつけたのは、同じ父を持つ小さな牝馬だった。
帽子の縁の周りに飾るレイ(ハワイ語)と母名より連想され、名付けられたレイパパレ。
泥だらけになった馬体を揺らしながらゴール板を1番で駆け抜け無敗の三冠馬と当時の最強牝馬を完膚なきまでに破った小さなお姫様が見た先――これ以上の栄光はあるのだろうか。
偉大な父に似た、小さな馬体。
レイパパレは2017年1月28日に北海道安平町のノーザンファームで誕生した。
父ディープインパクトは日本最強馬との呼び声も高い、もはや説明不要のスーパースターである。そのディープインパクトもまた、450キロ前後と、牡馬としては小柄な馬体だった。
母のシェルズレイは父クロフネと同じく芦毛の馬体で祖父には日本ダービー馬ウイニングチケットがいる血統である。2005年にデビューしたシェルズレイは阪神ジュベナイルフィリーズ、桜花賞・オークス・秋華賞そしてエリザベス女王杯といった牝馬限定のGⅠレースで480キロもの大きな馬体を揺らしながら戦い続けた。
しかし、同世代のテイエムプリキュアやキストゥヘヴン、カワカミプリンセスにフサイチパンドラといった名牝たちが立ちはだかり、重賞に手が届くことなく引退し母となったのだった。
その後、2012年にはレイパパレの全兄にあたるシャイニングレイを輩出。500キロを越すシャイニングレイは母に似た大型な馬体でデビュー2戦目には当時GⅡだったホープフルステークスを勝利するほどの逸材だったが、脚元が弱かったためビッグタイトルを獲得することなく早々に引退し、乗馬の道へと進んだ。
名牝たちの前に敗れ続けた母、逸材と言われながら大成できなかった兄を持つレイパパレは、幼少期から注目を浴び、ノーザンファーム空港で育成を受けたのち栗東の高野友和厩舎に入厩した。
人間と同じく競走馬も外見や性格の傾向などが両親や祖父母に何かしら似た形で遺伝子を受け継がれる。レイパパレは大型で芦毛の母とは真逆ともいえる、小柄で鹿毛の馬体。410キロほどしかなかった小さな馬体は、母や兄よりは小柄だった父を彷彿とさせた。思えば毛色も、父と同じ鹿毛である。
──ただ、脚元の弱さだけは兄と同様であり、陣営を悩ませることになるのであった。
デビューから無傷の三連勝。早くも発揮される非凡な才能。
兄のシャイニングレイは、脚部不安がありつつも2歳早々から活躍を見せた馬だった。しかし、レイパパレはなかなかデビューすることが出来なかった。
2歳は脚元との相談が続き、年が明け3歳となった2020年1月11日、ようやく京都競馬場の3歳新馬戦に出走する運びとなった。鞍上には川田将雅騎手を迎え、堂々の1番人気となる。
レースでは2番手追走から楽に抜け出すと最後は2着ホワイトロッジに2馬身差をつけ、デビュー戦を勝利で飾った。
その後、脚元の不安から休養を挟み同年6月6日に阪神競馬場で行われた3歳以上1勝クラスに出走。
ここでも川田騎手を背に1番人気となる。レースでは先行策を取ったデビュー戦とは違い中団を追走する形を取った。そして、最後の直線に入ると馬群の中をこじ開けるようにして先頭に立ち、追走する2着のオーマイダーリンとの競り合いを押し切って2勝目を挙げたのだった。
続く同年7月26日には初の長距離輸送となった新潟競馬場での糸魚川特別(2勝クラス)に出走。ここでも川田騎手が騎乗し1番人気。デビュー戦と同じく早め好位からの追走で新潟の長い直線に入ると鋭く脚を伸ばし、最後は2着のカントルに2馬身差をつけての勝利をあげる。これでデビューから無傷の3連勝としたのだった。
無念の秋華賞落選。ファンに"タラレバ"を言わせる、大原Sでの圧巻パフォーマンス。
秋に入り、レイパパレ陣営は10月18日の秋華賞に出走登録を行った。しかし、登録段階では、まだ2勝クラスだったレイパパレは抽選対象となる。
また、主戦の川田騎手は秋華賞トライアルレース・GⅡローズステークスを制したリアアメリアに騎乗予定があった。ただ、陣営は抽選突破し出走できた場合はルメール騎手とのコンビで参戦する手筈を整えていたという。
──ところが、競馬の神様の悪戯なのか、はたまたルメール騎手との縁がなかったのか、6分の4だった抽選を外してしまい秋華賞出走は夢と消え母シェルズレイの無念は先越しとなってしまう。
そこで陣営は、同日の京都競馬場で行われる大原ステークス(3勝クラス)に引き続き川田騎手とのコンビで出走を決断。ここでも1番人気は譲らず、レースでは好スタートからハナを奪い逃げると、直線でも脚色は衰えることなく、最後は持ったまま2着のサトノウィザードに2馬身差をつけ完勝。見事、デビューから無傷の4連勝を飾りオープン入りを果たした。
ちなみに、この時の秋華賞を制したのは無敗の三冠牝馬となったデアリングタクトで、川田騎手騎乗のリアアメリアは2番人気ながら13着に敗れている。
競馬にタラレバは禁物だが大原ステークスで見せた余裕の走りを見るたびに『あの時、ルメール騎手を背にレイパパレが秋華賞を走っていたら……』と想像してしまうファンは少なくないだろう。それほどまでに圧巻の走りだった。
距離も違えば斤量も違うが、芝2000メートルの秋華賞を斤量55キロ、走破タイム2分00秒6で上がり3ハロン35秒8だったデアリングタクトに対し、芝1800メートル斤量52キロだったレイパパレの走破タイムは1分46秒3で上がりは35秒0。もしかすると……と思ってしまうのは、レイパパレのファンには仕方のないことだろう。
レイパパレはここまでの4戦で先行・中団からの差し・好位からの先行、そして今レースの逃げ。
どの位置から競馬をしても結果を残せるのは強い馬の証明ではないだろうか。ただ、この時点ではデビューから4戦4勝、遅咲きのオープン馬である。実力は、まだまだ未知数だった。
この半年後、三冠馬を破って一気にスターダムをのし上がるとは誰が想像したであろうか。
まさにジャイアントキリング、これだから競馬は面白い。
無敗での偉業達成。コントレイル・グランアレグリアを突き放す、泥だらけの大金星。
オープン馬となったレイパパレの次走には、重賞初挑戦となるGⅢチャレンジカップが選ばれた。
なお、このレースには牝馬三冠レース全てがジェンティルドンナの2着だったことで知られる準三冠牝馬ヴィルシーナの仔ブラヴァスや、2017年の同レースを制したサトノクロニクルなどの重賞勝ち馬が出走していた。
しかし、その決して楽ではないメンバーに囲まれながらも、レイパパレは単勝1.6倍の圧倒的1番人気に支持された。レイパパレへの期待が如何に大きかったかが伺える。
そして、レースでは2番手追走から4コーナーで早め先頭に立つと最後まで押し切り2着のブラヴァスに1馬身半差をつけての快勝。初重賞初制覇となった。重賞馬を相手に一歩も引かず危なげない勝利を見せたレイパパレ。周囲からの期待に難なく応えて、その凄みを見せた。
無敗で重賞初制覇を飾ったレイパパレの休養明け初戦が4月4日の大阪杯となることが、所属先のキャロットクラブから発表された。
前述の通り、このレースには前年無敗で牡馬クラシック三冠を制したコントレイルが出走。
さらに、ここまでGⅠ競走4勝を挙げている前年の最優秀短距離馬グランアレグリア(最終的にはGⅠ競走6勝で引退)が距離を延長して参戦していた。
その2頭に次いで2歳王者のサリオスが3番人気に支持され、レイパパレは離れた4番人気となった。
レース当日、降りしきる雨の中、阪神競馬場は重馬場発表。レースでは、スタートからハナを奪う形をとった川田騎手とレイパパレ。前半の1000メートルを59秒8と流れた平均ペースで通過。決してハイペースでもなくスローでもない。全馬にチャンスがあった。
4コーナーから直線に向くと一気に全馬が先頭のレイパパレをとらえにかかる。しかし、差はなかなか縮まらない。逆にレイパパレは馬場の4分どころを疾走し、突き放し始めたのである。それは無敗の三冠馬も短距離女王も追いつけないほどの加速だった。
小さな馬体に泥を浴びながら、最終的には2着のモズベッロに4馬身差をつけての圧勝。
これで無傷の6連勝、GI初挑戦で初制覇の偉業を成し遂げた。
6戦6勝での古馬混合GI制覇はファインモーション、クリソベリルに続き史上3頭目。また6戦6勝でGI初制覇となったのは史上初の記録となり、ウイニングチケットを血統表に含む競走馬のGI制覇も初の快挙となった。
この時、かのファインモーションを彷彿させるような新たなニューヒロイン誕生を予感させた。
栄光の先に…。
その後のレイパパレについての詳細は省略させて頂くが、戦績でいえば15戦6勝。結果的にあの最強馬たちを撃破したのを最後に、引退まで1度も勝つことができなかった。
ただ、決して燃え尽き症候群ではないはずだ。
レイパパレの場合2000メートル以上は距離が長いと言われながらも3戦連続で2200メートルに出走。その3連敗後は2000メートル以下での出走も試みたが、既に負け癖が付いてしまっていたのか、あれだけ強かったレイパパレの姿は見られなかった。
一気に無敗の三冠馬と最強牝馬を撃破したことで、レイパパレの中にある闘志が燃え尽きてしまったのだろうか。しかし、そうは思いたくない。
英雄を彷彿させ、泥だらけの中を疾走する小さなお姫様の姿は、私の心の中で燃え尽きることはないからである。
久々に私の心を熱くしてくれたレイパパレ。これからは母として貴重な血を継承すべく、いつまでも元気に母として活躍してほしいと願うばかりである。
そして、レイパパレの仔たちがターフを疾走する姿を楽しみに待ちたい。
写真:バン太、かぼす、Horse Memorys