コンビ復活、そして長いトンネルを抜ける。
2019年7月7日。
史上6年ぶり5度目となる『七夕当日』の七夕賞に、赤い星散らしの勝負服を着た菊沢一樹騎手が再びスワローに跨って登場。
前回の騎乗から、ちょうど2年が経っていた。
57.5というトップハンデを抱えたスワローの人気はロシュフォール、クレッシェンドラヴに続く3番人気。
後方で仕掛けが遅れ、脚を余せたあの時の二轍は踏めない。
父と子は、スワローの強さを信じていた。
そして、スタンドの奥でゲートが開く。
快速馬マルターズアポジーが案の定かっ飛ばし、1000m58.0と、あのツインターボを連想させるような超ハイペースで飛ばす。離れた後ろにウオッカの息子・タニノフランケルが追走し、前走までスワローの手綱を取っていた横山典弘騎手が駆るロードヴァンドールが3番手。
ミッキースワローは中団、馬群の先頭を走り、クレッシェンドラヴと内田博幸騎手がその後ろをぴったりとマークする流れに。
スワローは、3コーナーで行きたがるそぶりを見せる。
手応えは凄くいい。
このまま押し切れるか、それとも抑えるか。
菊沢一樹騎手は、外から捲って進出を開始した。
その姿は、スワローを信じて一片の迷いもない動きに見えた。
その判断に、マークしていた内田騎手・クレッシェンドラヴはついていかず、若干の差がうまれる。
4コーナーで、先行していた伯父とロードヴァンドールの外から集団を飲み込むと、スワローは2馬身ほど一気に抜け出した。
──が、その後ろから猛然と迫ってくる内田騎手とクレッシェンドラヴ。
勢いは完全にクレッシェンドラヴの方が上のように見えた。
しかし菊沢騎手も、必死に追う。
スワローが応えるように粘る、粘る。
とはいえ迫りくるクレッシェンドの脚も鈍らない。確実に1完歩ずつ差を詰めてきている。
短いはずの福島の直線が、永遠にも感じられるほど長く思えた。
そして、その長い直線がようやく終わった時、彼らは1着でゴール板を駆け抜けていた。

菊沢一樹騎手、4年目にして初めての重賞制覇の瞬間である。
「馬をここまで育ててくれた典さん、声をかけてくれた先輩方に感謝したいです。父にはデビューしてから迷惑をかけたし、いい馬に乗せてもらっても結果が出ないことが多かったです。それでも乗せ続けてくれた僕の一番の味方。恩返しがしたかったのでここで結果を出せてよかったです」
菊沢一樹騎手 勝利ジョッキーインタビューより
涙を流しながら、それでも笑顔で答える4年目の青年。
スワローを信じた親子に、七夕様から最高の贈り物がやってきた。


感動の復活劇だけでは、終わらない。
3度目の重賞制覇、そして再びG1舞台へ。
久々の勝利を味わったミッキースワロー。
次走のオールカマーではウインブライト・レイデオロに先着する2着。
完全に復活を果たしたスワローは、福島記念で福島重賞連勝を目論むが、流石に58.5kgの斤量は重かったか、ここではクレッシェンドラヴに逆転される3着。
そしてこのレースを最後に、菊沢一樹騎手が再度スワローの手綱を取ることはなかった。
6歳となったスワローの初戦は日経賞。
鞍上が横山典弘騎手に戻っての1戦。
しかしそこに、いつもあったファンの歓声はなかった。
新型コロナウイルスの影響で無観客開催の日経賞となったのである。
静まり返っているスタンドに気を抜いたか、直線抜け出した彼はまるで新馬戦の時のような遊び走りを見せてしまう。
鞍上が必死に矯正するが、外にいたモズベッロの進路を何度もカット。勝つには勝ったが、何とも後味の悪い勝利になってしまった。
──しかし、この日経賞で重賞3勝目。もはや実力は疑いようがない。
陣営は次走、淀の舞台を決戦の地に選んだ。
2020年5月3日、元号が「令和」に変わって初の天皇賞春。
1番人気は前年の覇者フィエールマン。鞍上は盤石のクリストフ・ルメール騎手。
ここを勝てば、ルメール騎手は天皇賞を春・秋合わせて4連勝。
そうはさせないと、2番人気に前走阪神大賞典を制したユーキャンスマイルが推され、3番人気はあの菊花賞馬キセキ。前走の大暴走からどう立て直し、乗り替わった天才・武豊騎手がどのようにこの馬を操るのかにも注目が集まる。
そして続く4番人気に、ミッキースワローと横山典弘騎手。
勇躍菊の主役になった3歳。
不運が重なり嵌った4歳。
涙のドラマを見せてくれた5歳。
そして、G1舞台へと、ミッキースワローは戻ってきたのだった。
厳格な雰囲気の中スタートが切られると、ダンビュライトがいつものように先手を主張し、スティッフェリオが2番手につける。
しかし、無人のスタンド前で抑えきれなくなったかキセキが一気に先頭に立つ。
一方ミッキースワローと横山典弘騎手はここでもいつも通り。
中団で、人気のフィエールマンをぴったりとマークしながら、虎視眈々と打倒・長距離王者を狙う。
1000mの標識を通過したところで、スワローが動いた。
マーク馬が動くのを待つ競馬から、甥が七夕賞で見せたような捲りの競馬へと戦法を組み替えたか、坂の下りで一気に先団へと進出。4角で外に合わせたフィエールマンと一緒に伸びてきた。
──来る!
いつものスワローなら、ここから物凄いキレを見せていたかもしれない。
だがしかし、この日はここまでだった。
オールカマーで先着を許し、初のG1制覇を目指して粘るスティッフェリオと、連覇を狙って飛んで行くフィエールマン。
その2頭から離された3番手で入線となった。
王者に力の違いを見せられる結果だった。
それでも秋の飛躍を目指し、もう一度力を充てんするために放牧へ。
しかし、帰ってきたオールカマーでは伸びを欠いた5着。
世紀の大決戦と銘打たれたジャパンカップでは、3強の大激戦にファンが酔いしれる中でひっそりと7着。
しかしその末脚は健在で、勝ったアーモンドアイと全くの同タイム上りを記録していた。
そして得意の中山での勝利を目指すことに。
しかしグランプリへの最終追い切り後、脚部不安が発覚し回避。
2021年1月13日付で競走登録を抹消し、種牡馬となることが発表された。
スワローには本当に感謝してます。沢山の事を教えて頂きました。スワローに乗せてもらえて本当に幸せでした。スワローに教わった事を大事にしてスワローの子供に乗せてもらえる騎手になれるよう立派な騎手になりたいと思います。本当にありがとうございました。
菊沢一樹騎手 公式Twitterより
良血として生まれ、菊沢・横山一族に育てられ、自らの体質と向き合い3度の重賞タイトルをつかみつつも、G1タイトルには惜しくも手が届かなかった。
G1では2度のあがり最速を叩き出す末脚。
3歳では重賞初制覇と菊花賞6着、4歳では大阪杯・ジャパンCで5着、5歳で重賞2勝目、6歳で重賞3勝目と天皇賞春での3着。
確かなポテンシャルをもって、種牡馬となったのだ。
──そう遠くない未来に、菊沢隆徳厩舎の管理馬で、父ミッキースワローの有力馬が登場するかもしれない。
そしてその背中には、菊沢一樹騎手。
スワローから教えてもらったことを、今度は彼の息子に自分が競馬を教えてあげるような──そしてG1を勝つような、そんな未来の物語が、始まったような気がした。

写真:かぼす