「3月31日に異国の地で生まれ、日本に来日しマル外としてデビュー。芝ダートのGIを制した馬を2頭挙げよ」この問題に答えることができるだろうか。
ちなみにヴィクトワールピサは不正解。確かに3月31日生まれだが、社台ファーム生産でドバイワールドカップ優勝時の馬場はオールウェザーである。
またアルティストロワイヤルはマル外としてデビューしてないし、芝のGIのみである。
正解は、クロフネと、モズアスコットだ。
モズアスコットのデビューは、同世代のレイデオロが勝利したダービーから10日後のことになる。
脚元の不安により、遅い時期となった。
勝ち上がりには3戦を要したが、そこから4連勝で条件戦を脱出。年末の阪神カップで1番人気に推されるなど、実働半年ながら充実した3歳シーズンであった。
4歳シーズン初戦は、阪急杯。
スプリンターズステークス連覇中のレッドファルクスを上回る、1番人気の支持を受けた。後方11番手追走から追い上げたが、逃げた7番人気、武豊騎手のダイアナヘイローをクビ差とらえることができず2着。
続いて安田記念の前哨戦として名高いマイラーズカップで、またも2着。
重賞タイトルはすぐそこだった。
連闘策、GIタイトル獲得
重賞2着が続き、思い描いたように賞金を加算することができなかったモズアスコット。
しかし、陣営はあえて安田記念に出走登録を行う。
出走馬決定順はフルゲート18頭中19番目。
回避馬がいない限り、出走は叶わない。
ここで、矢作調教師は、大きな決断を下す。
安田記念前週のオープン競走、安土城ステークスへの出走。
鞍上には、厩舎所属の坂井瑠星騎手。
1.5倍の圧倒的1番人気で出走。ところが、3番人気ダイメイフジをクビ差捕えきれずに、2着敗退。
「出走馬決定賞金」を加算することができなかった。
──しかし、チャンスは巡りくる。安田記念当週に4頭出しを予定していた藤沢和雄厩舎の3頭(スターオブペルシャ、タワーオブロンドン、ムーンクエイク)が体調面を理由に出走を回避したのだ。
結局、モズアスコットは繰り上がりで、安田記念へと出走できることになった。
デビュー以来、掲示板を外したことがない安定感。鞍上は、アーモンドアイで二冠達成直後のルメール騎手。馬体重は前走から-6キロと、それほど減っていない。
矢作調教師は、レース前に強気の姿勢を崩さなかった。
「連闘は僕が一番得意なローテーションなので、何も心配していません」
安田記念共同会見 矢作調教師
──にもかかわらず、ファンが下した評価は、単勝15.7倍の9番人気。
あくまで、中穴の1頭だった。
1番人気は、大阪杯勝利から臨むスワーヴリチャード。その他上位人気には、ペルシアンナイトやリアルスティール、アエロリットなどGI馬がズラリ。さらにはGIで好走歴のあるサングレーザー・リスグラシューらも顔を揃える。
しかし、モズアスコットに不足していたのは、絶対的な力ではなく、重賞・GIタイトルという称号だけだった。
黄色帽子の10番からの発走。五分のスタートを切って、先団へ取りついた。
その後、前に行こうとはせず、向こう正面では位置を大きく下げて、中団より後ろに控えた。
逃げたウインガニオンは、1000メートルを56秒8で通過。とても速い流れとなった。
第4コーナーに差し掛かる。ルメール騎手は内を選択。前には、スワーヴリチャードやペルシアンナイトがいて、しばらく進路を見出すことができなかった。
400メートル付近、次第にスワーヴリチャードの真裏にピッタリ張り付く。
300メートル付近、一足先に抜け出していたアエロリットをスワーヴリチャードが並びかける。すると、スワーヴリチャードはフラフラと、右側によれた。
スワーヴリチャードによって塞がれていた進路が開いた瞬間、ルメール騎手の右ステッキが数発。
失速加減のスワーヴリチャードをすぐにかわし、逃げ粘るアエロリットをとらえきった。
重賞未勝利馬モズアスコット、連投にてGI安田記念を制覇。わずか、クビ差での決着となった。
2009年に矢作調教師は、自身のブログで「連闘」ついてこう記している。
『連闘』という日本語も僕はおかしいと思っている。
矢作厩舎公式ブログ「よく稼ぎ、よく遊べ!」(Ameba)『連闘についての補足』より
(中略)
周りは連闘について大きく取り上げるが僕はそんなことにとらわれていないし、
そもそも連闘が特別という概念がない。
(中略)
レースを使った後の状態をみて、叩いたことでもっと走れると思えば、連闘は非常に楽しみな挑戦なのである。
ダート転向、復活
安田記念でGIタイトルを獲得後、モズアスコットは香港遠征などマイル路線を進む。
しかし、スワンステークス2年連続2着を除けば、かつての安定感は影を潜めた。
そして、2019年のマイルチャンピオンシップで14着敗退したのを最後に、ダートへ転向する。
ダート初戦は根岸ステークスだった。
まずモズアスコットに立ちはだかったのは、コパノキッキング。
前年の根岸ステークスの覇者で、重賞4勝。JBCスプリントでは2着となるなど、いきなりダート界の一線級との戦いであった。
試金石となる一戦で、モズアスコットはスタートから出遅れ、後手を踏む。しかし、そこからポジションを上げて、中団の後方へ。
最後の直線では大外から。一方、断然の1番人気コパノキッキングは、直線入り口で既に先頭に立ち、粘りこみを図っていた。
モズアスコットは、徐々にルメール騎手の追う動作が盛んになるのに応えるように、他の馬をかわす。残り200メートルほどでは、前にはコパノキッキングしかいなかった。
ルメール騎手のステッキが入ると、もうひと伸び。
コパノキッキングを1馬身1/4差を広げて、ゴール板に飛び込んだ。
1年8か月ぶりの勝利は、なんとダートであった。
優先出走権を獲得し、フェブラリーステークスに余裕をもって参戦。前年の覇者インティを僅差で抑えて、モズアスコットが2.8倍の1番人気に推された。
かつての主戦場だった芝コースからの発馬をいかして、好スタートを切る。
前に行こうとはせず、インティら好位勢を後ろから臨む位置で進んだ。
逃げるワイドファラオやアルクトスは、1000メートルを58.7秒で通過するペースを作り出していた。
安田記念のように、内から最後の直線へ。
失速し後退するインティなどを尻目に、ポジションを上げていった。
残りは横一列に並ぶのは、芝GI馬タイムフライヤーなど逃げ粘る馬3頭。
しかし、全く問題なくかわす、ステッキが入る様子がないまま先頭へ躍り出た。
先頭のまま、後方との差を広げる。ケイティブレイブやワンダーリーデルなどの追い込み勢を全く寄せ付けない。
ルメール騎手はここでステッキを1発、2発。後方を振り返る余裕さえあった。
決して全力とは言えない、軽い追いを見せてゴール板を通過。
GI2勝目──そしてクロフネ・アグネスデジタル・イーグルカフェ・アドマイヤドンに次ぐ史上5頭目の芝ダートGI勝利を果たしたのだった。
芝ダートでの「二刀流」の活躍は、もちろん偉業である。しかし、JRA賞の記者投票では2018年は0票、2020年は最優秀ダートホースに283票中4票のみ。2018年、2020年は他の大記録の陰に隠れてしまったのだ。
ところが、それら大記録を作り上げたのも、またルメール騎手、矢作調教師自身であった。
ルメール騎手は安田記念後の秋に4週連続でGI制覇を達成するなど年間215勝、騎手大賞を獲得。
矢作調教師はリスグラシューで最優秀4歳以上牝馬を獲得した。
ルメール騎手は、アーモンドアイ、グランアレグリア、サートゥルナーリア、フィエールマン......。
矢作調教師は、リスグラシュー、コントレイル、ラヴズオンリーユー......。
両者の活躍は、枚挙に遑がない。今ここで一つ一つを詳細に語る必要はないだろう。
モズアスコットは、昨年12月のチャンピオンズカップに出走。生涯最低の11番人気であったが、反発するようにメンバー中最速タイの上がりを使って5着、これをもってダートを去ることとなった。
矢作厩舎でひっそり引退式が行われ、ニンジンであしらわれた優勝レイが着用されたという。
2020年をもって、アグネスデジタルとクロフネが種牡馬を引退。
芝ダートGIを制した「二刀流」の中で、日本で種牡馬として活躍しているのは、モズアスコットのみとなった(2021年2月現在)。老衰でこの世を去ったクロフネは、芝ダート両面で活躍馬を生み出し、さらに多くのGI馬を産んだ。
父にフランケルを持つ初年度産駒かつ、日本で初めての後継種牡馬である。グレナディアーズが朝日杯フューチュリティステークスを勝利し、これから後継が続々と増えるだろう。 フランケル産駒、芝ダート兼用の種牡馬として、「クロフネ」もしくは「黒船」のような衝撃を日本競馬に再びもたらしてほしい。
写真:かぼす