[京都大賞典]ヒシアマゾンにスイープトウショウ……。淀の大賞典を駆け抜けた牝馬たちの軌跡。

現在改装工事中の京都競馬場で開催されるG2京都大賞典(以前改修工事が行われた1994年と今年は阪神競馬場開催)は、東京競馬場1800m戦のG2毎日王冠と並んで「秋の訪れ」を感じるレースではないでしょうか。

天皇賞(秋)やジャパンカップなどのG1レースに向けて、多くの名馬が淀の2400m戦に挑みましたが、グレード制導入後に5頭の「牝馬」が勝利しています。

近年こそ牝馬の時代と言われ、アーモンドアイやリスグラシュー、ジェンティルドンナ、ブエナビスタといった牡馬混合G1勝馬が何頭も現れました。

今回は、それ以前の時代から活躍していた牝馬たちも含めた、京都大賞典の勝ち馬5頭について、振り返ります。

トウカイローマン 1987年 7歳(現6歳)

1984年にオークスを制したトウカイローマンですが、87年のこのレースに出走した時には既に7歳(現在の馬齢表記で6歳)でした。

86年の高松宮杯で敗れた後、深管骨瘤により10か月間の放牧に出され、このまま引退してシンボリルドルフと交配する計画が上がりますが、「何とか重賞を勝たせてやりたい」と中村均調教師が現役続行を内村正則オーナーに頼み込んで1年間の現役続行が決まります。
復帰後は新潟大賞典2着、七夕賞4着、小倉記念5着とあと少しで重賞に手が届きそうな走りを見せて、4回目の重賞挑戦が京都大賞典でした。

レースでは若き武豊騎手が鞍上を務め、4番ゲートから好スタートを切ります。
逃げ争いに行ったフミノアプローズとダイスプリンターをみてトウカイローマンも行きたがる仕草を見せますが、武豊騎手がなだめて、向こう正面では前に3頭を見ながら4番手で折り合いをつけます。
ダイスプリンターは後続を離して逃げ続け、先行するフミノアプローズとゴルデンビューチは控えて淀の坂を上ります。ここで先行する2頭の間に追いつき、抜け出すタイミングを待ちながら下り坂へ。
坂を下り、コーナーを回り切ったところで武豊騎手がトウカイローマンを大外へ持ち出すと、先行していた3頭をかわして伸びていきます。終始最内を回ったペルシアンパーソと、直線で一気に追い込んできたプレジデントシチーが迫りますが、内外の追撃を凌いでトウカイローマンが勝利しました。
前を行った馬たちが直線で止まってしまったことを踏まえれば、最序盤で武豊騎手が折り合いに気を付けて乗ったことが最後の伸び脚につながっているように見えました。

晴れて重賞勝ち馬になったトウカイローマンはジャパンカップ、有馬記念に挑戦し(いずれも11着)引退、京都大賞典が最初で最後の重賞制覇になりました。

トウカイローマンが現役を続行したことで、京都大賞典を勝つだけに留まらない2つの伝説が始まりました。

1つは、武豊騎手の重賞初制覇がこのレースであったこと。

この翌年にはスーパークリークとのコンビでG1初制覇を果たし、トウカイローマンでの勝利以降、京都大賞典は2021年時点で9勝しています。国内外でビッグレースに挑み続けるレジェンドの重賞初制覇のパートナーは、ベテランの牝馬だったのです。これは、人気競馬漫画でも取り扱われたネタです。

もう1つは、トウカイローマンが現役を続行したことで、シンボリルドルフの交配相手が半妹のトウカイナチュラルに変更されたこと。

つまり、言わずと知れた名馬トウカイテイオーの伝説が始まったのです。
トウカイローマンにも引退後にシンボリルドルフが交配され、初仔のトウカイテイムスが誕生しますが、競走成績25戦0勝で引退しています。

トウカイローマンの勝利は、本馬だけではなく、多くの伝説を同時に生み出した勝利でした。

ヒシアマゾン 1995年 5歳(現4歳)

ヒシアマゾンと言えば、この当時の最強牝馬と言っても差し支えないでしょう。
中舘騎手を主戦に、阪神3歳牝馬Sを制してG1勝馬になるものの、当時のルールではクラシックの桜花賞とオークスには参戦できず、牝馬3冠最終戦のエリザベス女王杯を目標に重賞街道を進みます。

その間、芝1200mのクリスタルカップ~芝2000mのローズSまで幅広い距離で1度も連対を外すことなく走り続け、本番のエリザベス女王杯でもこの年のオークス勝馬チョウカイキャロルとの一騎打ちを制して2つ目のG1勝利を果たしました。
勢いそのままに挑んだ有馬記念では3冠馬ナリタブライアンの2着に好走し、強豪牡馬相手でも強い姿を見せて94年シーズンを終えています。

翌95年はアメリカ遠征を敢行するも脚部不安がありレースには参戦できずに帰国。
高松宮杯で復帰しますが、連対圏外の5着に敗れてしまい、秋に備えて休養に入ります。

復帰後のヒシアマゾンはやはり強く、オールカマーを人気に応えて勝利。そして秋2戦目が、京都大賞典でした。
レースでは武豊騎手鞍上のレガシーワールドが逃げを打ち、ヒシアマゾンは殿に下げて向こう正面に入ります。
レガシーワールドは後続を大きく離して逃げ、前年の勝馬マーベラスクラウンが3番手、アイルトンシンボリが中団、ステージチャンプ、タマモハイウェイ、ナイスネイチャがその後ろで追走します。
ヒシアマゾンは更に後ろの後方3番手で3コーナーに入ると、外に持ち出されて進出を開始。
コーナーの出口でレガシーワールドがつかまり、ヒシアマゾンは馬群の大外から末脚を繰り出します。
後方集団の2着争いを尻目に、一気に抜け出したヒシアマゾンは2馬身半差をつけて勝利しました。

この後挑んだジャパンカップではランドの2着に好走しますが、勝利を挙げることは出来ずに現役を引退しました。トウカイローマンに続き、ヒシアマゾンもまた、京都大賞典が最後の重賞勝利だったのです。

引退後はヒシマサルとの初仔ヒシアンデスを出産後に故郷アメリカに帰り、10頭の産駒を残して2019年に28歳でこの世を去りました。

なお、初仔のヒシアンデスは、2021年現在23歳になりましたが、千葉県のマーサファームで元気に余生を送っています。

2006年 スイープトウショウ 5歳

主戦の池添騎手とのコンビで前年の宝塚記念とエリザベス女王杯を勝利したスイープトウショウ。この京都大賞典は、骨折休養明け初戦のレースでした。

出遅れ癖があったり調教や馬場入りを嫌がったりとエピソードに尽きない馬ですが、レースになれば一転して鋭い末脚で素晴らしいレースを披露してくれました。

スタート後にローゼンクロイツが各馬の出を伺いながらハナに立ち、マイソールサウンドが2番手、スイープトウショウはゆったりとしたペースで中段6番手インコースからレースを進めます。
逃げるローゼンクロイツは向こう正面に入るとハロン13秒台後半~14秒の超スローペースで楽に逃げ、残り600mまで隊列が大きく動くことなく最後の直線勝負に入ります。

直線に向いてもスローペースで進んだことにより前の各馬に余裕があり、スイープトウショウの前には3頭が壁になってしまいますが、残り200mで1頭分の隙間が開くと、一気にスイープトウショウが抜け出します。
最後方から追い込んできたファストタテヤマ、先行勢から抜け出したトウショウナイトの3/4馬身先でスイープトウショウが1着でゴールし、池添騎手のガッツポーズも飛び出しました。
このレースでスイープトウショウと2着ファストタテヤマが繰り出した末脚は3F32.8秒という、今でもなかなかお目にかかれないタイムです。

その後エリザベス女王杯、マイラーズカップでの惜しい2着がありましたが、スイープトウショウもまたこの京都大賞典が最後の勝利レースになりました。

2020年の暮れに亡くなり、最後の産駒がセレクトセールで2億円で落札されたのは記憶に新しいところです。
この仔馬はスイープトウショウにとっても、また父ディープインパクトにとってもラストクロップになるので、今後の活躍が期待されます。
また、先日引退したスイープセレリタスを含めた3頭の娘が繁殖入りしているので、これからも血統表でスイープトウショウの名前を見つけたら応援したいですね。

2010年 メイショウベルーガ 5歳

スイープトウショウに続いて、こちらも鞍上は池添騎手。メイショウベルーガは芦毛のフレンチデピュティ産駒です。

メイショウベルーガ はクラシックにこそ縁がありませんでしたが、古馬になって力をつけ、2010年の春シーズンに同じコースの日経新春杯を勝って重賞ウィナーの仲間入りを果たします。
長距離適性を見出されて天皇賞(春)、宝塚記念に挑みますがG1には手が届かずに春シーズンを終え、新潟記念を叩いた2戦目が京都大賞典でした。

メイショウベルーガはスタートを五分に出たものの、無理に前に行かず10頭立てのちょうど中団あたりからレースを進めます。ドリームフライトが外から大逃げを打ち、2番手のゴールデンメインの後ろも大きく開いた縦長の隊列に。殿のスマートギアは早めに手が動きますが、そのほかの各馬は終始一団のまま3コーナーに入ります。

コーナー途中でゴールデンメインに先頭が入れ替わり、大きく開いていた差も詰まって直線勝負へ。
道中スムーズに走れていたメイショウベルーガは、直線で前が空くと満を持して池添騎手がゴーサインを出します。3番手にいたプロヴィナージュがゴールデンメインをかわし、粘り込みを図ろうとするする外からメイショウベルーガが抜け出し、大外からオウケンブルースリが迫りますが、ギアが入ると一気に加速して直線200mの攻防を制しました。

メイショウベルーガは次戦のエリザベス女王杯でも3冠牝馬アパパネを差し勝ったか……と思われましたが、スノーフェアリーが繰り出した「すんごい脚」の前に、2着まで。
京都コースではその後京都記念での2着もあったものの、天皇賞(春)を前に脚部不安により休養、休み明け初戦で挑んだ天皇賞(秋)のレース中に右前繋靭帯不全断裂を発症し、このレースを最後に引退しました。
池添騎手は故障したメイショウベルーガの最悪の事態を想像して泣き崩れたそうですが、幸い命は助かり、三嶋牧場で繁殖入りすることができました。

6頭の産駒に恵まれましたが、2021年の8月2日に三嶋牧場より病気で亡くなったことが発表されました。
池添騎手はメイショウベルーガをとても気に入っていて、牧場にも会いに行っていたそうです。
メイショウベルーガの3番仔であるメイショウテンゲンは、重馬場の弥生賞を母譲りのスタミナで勝利。その背中には母を知る池添騎手の姿がありました。

2017年 スマートレイアー 7歳

最後に紹介するのはスマートレイアー。

その鞍上は初の重賞制覇から30年経った「レジェンド」武豊ジョッキ―です。

3歳4月の競走馬としては遅いデビューながら、夏の上り馬として秋華賞で2着に入ると、4歳春の阪神牝馬Sで出遅れながら追込んで全頭ごぼう抜きにする末脚を披露して重賞初制覇を果たします。2016年の春にはMデムーロ騎手とのコンビで一転逃げて同レース2勝目を飾り、逃げてよし控えて良しの多彩な戦術を持つ競走馬に成長しました。

7歳の春に京都記念でサトノクラウンの2着に入ると、ヴィクトリアマイルではアドマイヤリードの末脚を凌げず0.2秒差の惜しい4着、2000m戦の鳴尾記念で2着に入り、秋初戦がこのレースでした。
人気はこのレースの後にキタサンブラック相手にジャパンカップを制覇するシュヴァルグラン、このレースの翌年に宝塚記念を制覇するミッキーロケット、G1での2着多数の善戦マンことサウンズオブアースが上位人気でしたが、このメンバーの中で4番人気に支持されての参戦。

スタート直後に内外から挟まれてしまいますが、人馬ともに経験値豊富なので慌てずに控える競馬を選択します。かつては折り合いに苦戦していた武豊騎手ですが、長手綱で構えてスマートレイアーのリズムに任せる競馬を展開。
ラストインパクトが逃げ、マキシマムドパリが2番手で続き、カレンミロティック、トーセンバジルが先行ポジション、その後ろにミッキーロケットとサウンズオブアースが構えます。
スマートレイアーはフェイムゲーム、シュヴァルグランとともに後方から末脚を繰り出す機会を伺いつつ3コーナーへ。

坂の下りでシュヴァルグランがMデムーロ騎手とともに大外を捲りはじめ、近いポジションにいたルメール騎手とフェイムゲームらが応戦するべく、4コーナーの外で競り合いが始まります。
直線でしぶとく粘るラストインパクトを3番手から脚を伸ばしたトーセンバジルが捉えて先頭に立ちますが、外から捲り切ったシュヴァルグランが追い上げてきます。
しかし、大外捲りから差し合いをしたために最内の進路がひらけます。スマートレイアーはインをピッタリ回って残り200mからラストスパート、最後はディープインパクト産駒らしい末脚を見せて武豊騎手が強く追うところもなく1着でゴールしました。

かつて阪神のマイル戦でも慌てず騒がず後方から一気の末脚を決めたコンビが、経験値を武器に強豪相手に勝ち切った会心のレースでした。シュヴァルグランとミッキーロケットはその後G1馬になりましたし、フェイムゲームは2400mでは距離が足りなかったか年末のステイヤーズSで2着の後、年明け8歳のダイヤモンドSをトップハンデで勝利していますから、メンバーレベルも高いレースだったことは疑いようがないでしょう。

その後、このレースで2着に入ったトーセンバジルやレッツゴードンキらとともに年末の香港に遠征し、香港カップで5着入線したのが最高順位で、やはり京都大賞典が最後の勝利レースになりました。
とはいえ、翌年8歳で挑んだ天皇賞(春)では、このレースで戦ったシュヴァルグランやトーセンバジルに敵わなかったものの、最後方から上り2位の末脚で7着まで追い上げ、リアルタイムで見ていて驚かされたのを思い出します。「8歳牝馬に京都3200mは無謀だ」という意見も戦前からありましたが、京都大賞典の勝利を見ていた私は「何かやってくれるのではないか」と内心期待していたので、負けたとはいえ健闘に満足していました。

8歳の有馬記念を最後に現役を引退したスマートレイアーは、2020年にロードカナロア産駒の初仔が産まれました。今後は繁殖牝馬としての活躍が期待されます。自身が母系に由来する芦毛の競走馬だったように、スマートレイアーの産駒からも強い芦毛馬が現れる日を楽しみに待ちましょう。

終わりに

京都大賞典を制した牝馬5頭を紹介しましたが、いかがでしたか?

この記事を書いたことで気づいたのですが、紹介した牝馬5頭全てが「京都大賞典が最後の勝利」でした。
3歳(旧4歳)でこのレースを制覇したセイウンスカイのような例もありますが、5頭が5頭とも競走馬としての充実期、あるいは晩年にこのレースを制覇していたのも興味深いです。

本当は5頭から何頭かピックアップして記事にするつもりでいたのですが、書いているうちにそれぞれの馬の物語に夢中になってしまい、今回はG2移行後の該当馬5頭すべてを紹介いたしました。

2021年は阪神2400m開催で牝馬の登録はありませんが、いつか充実期の牝馬が京都大賞典の馬柱に載っていたら……それはまた新たな牝馬の物語の始まりかもしれません。

勿論、このレースで勝った多くの牡馬やセン馬たちにもそれぞれのドラマがあって面白いので、この記事を見て興味を持って頂けたなら、まずはリアルタイムで京都大賞典を見てください。そして、繰り広げられる熱戦を応援してほしいです。

写真:Horse Memorys、かず、ふわ まさあき、こーやさん

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