通算39戦11勝2着14回。
2006年のNAR賞2歳最優秀馬から2012年のNAR賞4歳以上最優秀牡馬まで、7年連続でNAR賞を受賞。
圧倒的な実績とともに、地方の名馬として親しまれたフリオーソの調教を担当していた佐藤裕太さん(現調教師・元騎手)が、そこに到るまでの日々を振り返る──。
競馬を愛する執筆者たちが、00年代後半の名馬&名レースを記した『競馬 伝説の名勝負2005-2009』(小川隆行+ウマフリ/星海社新書)。
その特別インタビュー「地方の雄、フリオーソの調教を担当して〜『勝ちたい』を捨て、ダート最強世代へ挑む 名馬の調教を担当して至った境地」のこぼれ話をご紹介していく。
「元々、スポーツ選手になりたかったんですよね。子供ながらに体が小さくてやれるスポーツ選手ってなんだろう…と考えていました。たまたま川崎競馬場の近くに住んでいたので、中学3年生になって『騎手になりたいんですが』と電話をかけてみたのが始まりです」
船橋の名門・川島厩舎の一番弟子として、フリオーソやアジュディミツオーといった数々の名馬に調教をつけてきた佐藤裕太さんは、自身が競馬界に足を踏み入れたときのことを、そう振り返る。
幼い頃は動物好き。犬や猫が好きだった。しかし馬は間近で見たこともない……。
そんな佐藤さんを待ち受けていたのは、厳しいプロの世界だった。
「若手の頃は大変でしたね……。騎手になり、川島調教師に弟子入りしたわけですが、夜中の2時から夕方の5時まで調教をするんです。調教が終わると先生の靴磨きに洗濯に……寝る時間も全然なかったくらいです。外出禁止・給料ゼロというのが2年間続きました。当時でも、そういう師弟関係はすでに珍しくなっていって、外に遊びに行っている同期を見て羨ましく思ったものです」
一流として知られる川島厩舎に入ったものの、信じられないほどのハードなスケジュール。ゲームセンターなどに連れ立って行く友人たちを見送り「なんで自分だけ……」と不公平さを感じることもあった。朝から晩までみっちりと調教をつける、今でも「気が狂いそうになった」と振り返るほどの環境。やめようかなと思ったことも何度もあった。しかし一人前になりたいという思いから、ガムシャラに耐えた。
「名門だったので、騎手はいくらでも集まります。だから川島厩舎の所属馬は南関のトップジョッキーが乗っていて、私はほとんど乗せてもらえませんでした。10年以上そんな時代を過ごしました。調教が雑になった時期もありますが、その中で良い意味で手の抜き方も覚えていきました」
厳しく忙しい日々の中で、佐藤さんの気持ちが大きく切り替わった瞬間がある。
それは、ひとつの記事だった。
アジュディミツオー活躍の裏側には、佐藤裕太さんがいる──。
東京大賞典の連覇や川崎記念、帝王賞などを制したダートの名馬、アジュディミツオー。
その名馬の活躍を支える人として、メディアに取り上げられたのだ。
これが、大きな励みになったという。
「必要とされていると感じるようになりました。当初描いていた騎手としての立場ではなかったですが、自分の生きる道を見つけた気持ちになりました。石崎さん、戸崎さん、御神本さんとどんどん才能溢れるジョッキーが出てくるのを目の当たりにしましたが、自分は自分と、責任感が出てきたんです。たとえ記録に残らなくても、やりがいがあるな、と。それに、馬はやっぱりかわいいですしね」
名門厩舎にいるという誇り。地方ナンバーワンの調教を任せられるという誇り。
寡黙な川島調教師のかわりに、取材される機会も増えていった。
さらには騎手会長にもなり、責任もどんどん大きくなっていった。
そして、JDD制覇や帝王賞制覇といった実績を出す名馬、フリオーソと出会う。
「フリオーソと出会った頃には『フリオーソを日本一にする、川島先生を日本一にする』という思いに目覚めていました。フリオーソは脚部に不安を抱えていて、さらには上の世代にはカネヒキリやヴァーミリアン、下の世代にもスマートファルコンやエスポワールシチーといった名馬がズラリといましたが、先生とスタッフとで協力して立ち向かっていきました」
そんな佐藤さんが今でも「悔しかった……」と振り返るレースが、2011年のフェブラリーS。
調子も万全で、中央G1制覇も目前かのように思えたが、まさかの出遅れ。
普段の先行押し切り型の競馬ではなく、後方から追い込む競馬となってしまう。
慣れない展開、慣れない競馬場で良く追い込んだものの、結果はトランセンドに0.2秒及ばずの2着……。あと一方で、中央G1のタイトルを逃した。
「川島先生が亡くなり、自分も調教師になり、今では当時と大きく環境が変わりました。しかし、気持ちは当時と変わりません。川島先生の遺してくださった大きなノウハウを、次に繋げていきたい。川島厩舎時代の仲間たちと一緒に、騎手時代の気持ちと変わらないスタンスで取り組んでいます。今も自分で調教をつけていますし、現場主義でこれからも頑張っていきます!」
名門厩舎の後継者として、佐藤さんの更なる活躍に期待が集まる。
(文・緒方きしん、写真・s.taka)
(編/著)小川隆行+ウマフリ
星海社サイト「ジセダイ」
https://ji-sedai.jp/book/publication/2021-11_keibameishoubu2005-2009.html
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