[毎日王冠]あの日見た、白い稲妻 - シービークロス・1979年毎日王冠

シービークロスに会いたい!

ゴール前の激しい競り合い、そのとき画面をさっと横切る白い影。ぽつんと1頭最後方を走っていたはずの馬がなぜか1着になっていた──それが、シービークロスだ。

シービークロスは、見た目の美しさはもちろんのこと、そのレーススタイルと鋭い末脚で見る人みなを虜にしてしまう馬だった。

1979年が明けて最初の重賞金杯もシービークロスが持ち味を発揮したレースだった。いつものぽつんと最後方ではないものの、例によって後方に待機したシービークロスが末脚一気で重賞初制覇を果たしたのだ。それをテレビで見ていた私は思った。

──シービークロスに会いたい!

ずっと画面越しに応援してきたけれど、このまま会わなかったらきっと後悔する。
シービークロスに、会いに行こう。

アルバイトしてカメラを買うところから始めたので、準備がととのったのは夏休みの終わりだった。私は決行の日を9月23日の毎日王冠と決めた。東京競馬場までのルートを実際にたどって下見もした。

初めての競馬場、けれど満を持しての競馬場だ。

パドック・夢にまで見たシービークロス

 毎日王冠は第10レース。私は第7レースからパドックに立って待った。もうすぐシービークロスに会えると思うと、待つことは全然苦にならなかった。

 ついに毎日王冠のパドックが始まった。(タケデンだ!東のタケデン西のバンブトンコートといわれるあのタケデン!) (芦毛で現役最強のプレストウコウだ!) (年度代表馬のカネミノブだ!) 次々と現れるスターホースに私は目を見張った。そして今日こんなにすごいメンバーと戦うシービークロスのことを思った。

 そのときだ。ついにシービークロスが姿を現した。夢にまで見たシービークロス。ほっそりとして脚が長くてフォルティノ譲りの繊細な美しさ。私が想像していたとおりの姿がそこにあった。

レース・最後方からの孤独な戦い

コースに移動してからスタートを待つ時間の長かったこと。
私ははるか向こうの青いゲートをただ見つめて待った。

「スタートしました!」
「シービークロス、最初からぐっと抑えています」

ターフビジョンのない時代のこと、実況が頼りだ。

でもターフビジョンがないからこそ、向こう正面が見える。

1頭だけぽつんと遅れているのがシービークロスらしかった。金杯で一度は封印したあの戦法をシービークロスと吉永騎手が今目の前でやっている……。私は胸が熱くなった。しかし3コーナーにかかるあたりから馬たちは皆視界から消えてしまった。頼みの実況も歓声にかき消されてよく聞こえない。

そろそろ4コーナーにさしかかるころか。
シービークロスは先頭集団に追いついただろうか。

そのとき歓声の中から「シービークロス」「シービークロスだ」という声が聞こえてきた。そして「強い強い! シービークロス!」という実況とともに白い馬体がゴールを駆け抜けた。

1分59秒9のレコードタイム。東京競馬場芝2000mで2分の壁が破られた瞬間だった。 

赤いレイを、風になびかせて

ふと我にかえると、いつの間にか周りから人が消えていた。

──いいレースだった。今日は見にきて本当によかった。

私は心から満足して帰りじたくを始めた。

そのときだ。地下馬道の入り口がざわついて、優勝レイをまとったシービークロスが吉永騎手を背に現れたのだ。その後ろには笑顔の千明オーナーの姿もあった。赤いレイをなびかせて西日に輝くシービークロスの美しさ。その姿が再び地下馬道に消えるまで、私は息をのんで見つめていた。

──あれから、何年もの時が流れた。

私があれほど応援したシービークロスも、吉永騎手も今はもういない。

けれどあの日のふたりのぽつんと最後方を走る姿は、今も私を励まし続けてくれるのだ。

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