その走りには無限の可能性が感じられた。ファインモーションが魅せた、異次元の02年エリザベス女王杯。

上がりの速い先行馬がみせた異次元のレース。そこには無限の可能性が感じられた。

無敗馬ファインモーションが挑んだ、伝説のエリザベス女王杯。


競馬を愛する執筆者たちが、90年代後半の名馬&名レースを記した『競馬 伝説の名勝負2000-2004』(小川隆行+ウマフリ/星海社新書)。その執筆陣の一人福嶌弘氏が、今もなお異次元のレースとして知られる02年エリザベス女王杯を振り返る。

写真/フォトチェスナット

無敗馬にはロマンがある。どんな馬が相手になっても決して怯むことなく勝ち続けるのだから、どこまで強いんだろうとついつい思い描いてしまう。末は凱旋門賞、はたまたドバイWCか…そんな無限の可能性をゴール後に見たのが、2002年のエリザベス女王杯である。

当時、古馬の牝馬に開放されていた唯一のGⅠレース。それだけにここを目標とする陣営は多く、毎年のようにフルゲート近くまで出走馬がエントリーしてきたが、この年のエリザベス女王杯は古馬に開放された96年以来、最少となる13頭にとどまった。オークス馬レディパステル、シルクプリマドンナに前年の2着馬ローズバド、そしてこの年、牝馬限定重賞を2勝したダイヤモンドビコーらがいたが、この年の主役は彼女たちではなく、秋華賞を制して5戦無敗のまま挑んできたファインモーションだった。

西の名伯楽として知られる伊藤雄二調教師がデビュー前から惚れ込むと、デビュー戦で鞍上を務めた武豊は「海外で走らせてみたい」と語るほどの逸材。もともと外国産馬のためにクラシック出走権はなく、馬体を充実させる目的で放牧に出された後、夏の北海道で2戦して楽勝。ともに先行して流れに乗って、直線ではあっという間に突き放すという強烈なパフォーマンスで、その走りは年上だろうと牡馬だろうと「条件馬では相手にならない」と言わんばかりのふてぶてしささえ漂っていた。

その後の彼女は重賞初挑戦となったローズSを楽勝して、あっという間にこの世代最強の牝馬の座に就くと、続く秋華賞では好位から抜け出し、直線では独走状態。鞭ひとつ入れないまま2着馬に3馬身半もの差をつけ、涼しい顔をしたままGⅠ初制覇。あれだけ余裕たっぷりに走っておきながらタイムもレースレコードタイという速さ。まさに次元が違うとはこのことで、当時の牝馬としては珍しい480キロ超えの馬体もまた、彼女の異次元さに拍車をかけた。

そんなファインモーションが、今度は古馬牝馬と混じって走る。同世代には敵はおらず、まだ見ぬライバルを求めて参戦してきたという印象だが、彼女の前では先輩牝馬たちですらスケール不足に見えるほど。一度も本気で走っていないまま5連勝を飾った彼女にファンも無限の可能性を見出したのか、単勝オッズは1・2倍とダントツの支持を集めていた。

初めての古馬相手に加え、古馬に開放されて以降、3歳馬がエリザベス女王杯を勝ったことがない(当時)というマイナスデータがないわけではなかったが、そんなことは関係ないとばかりにファインモーションはスタートからスッと前に付けて流れに乗っていく。同世代のユウキャラットが押して先頭に立っていく中、ファインモーションは馬なりで取り付いていく──エンジンの違いをまざまざと見せるかのような走りでハナに立ちそうな勢いではあったが、すぐさま鞍上の武豊は手綱を引いて3番手に控える形に。そのすぐ後ろに古馬牝馬の代表格であるダイヤモンドビコーがガッチリとマークして、それを見るように各馬も中団に付けた。

ファインモーションを負かすとしたら、トップスピードに入る前に並んで先に抜け出すしかないと考える陣営が多かったからこそ、こうした位置取りになったと思われる。

だが、そうしたマークは彼女にとって全く無意味なものでしかなかった。

というのもファインモーションはここまでの5戦、4角を3番手以内で回りつつ、上がり3ハロンのタイムをすべてメンバー2位以内の速さでまとめている。前に付けていながら速い上がりで走れるという常識外れなレースを涼しい顔でしてきたからこそ、ファインモーションは異次元の存在になったのだろう。

そして3コーナーを回るころ、ファインモーションは動き始めた。武豊の手綱を見るとまだ追うどころかほとんど動いていない状態。4コーナーから直線に入るころには逃げていたユウキャラットをあっさりと捉まえ、すでに先頭に立っていた。

勝負において、追われるよりも追う方が有利なのは鉄則。ましてや1頭で抜け出したファインモーションは後ろからレースを進めていた古馬牝馬たちにとっては格好のターゲット。彼女をめがけて皆が一斉に追い出した。

だが、ファインモーションを目指して追い出した12頭は追いつくどころか、逆に彼女から突き放されるばかり。ノーステッキだった秋華賞 とは異なり、後続が迫ったところで鞭が入るとさらに一伸び。あとから迫ったダイヤモンドビコーもレディパステルも後輩牝馬の影すら踏むことができずじまい。

そのまま押し切りエリザベス女王杯を無傷の6連勝で難なく制覇。3歳馬として初めて古馬に開放されたエリザベス女王杯を勝っただけでなく、無敗での古馬GⅠ制覇も史上初という快挙まであっさりと成し遂げてしまった。

だが、レース後のファインモーションの表情や陣営の様子を見ると、まるで条件戦を勝ったときのように淡々としたもの。とても記録尽くしのGⅠを圧勝したとは到底思えなかったが、もしかすると彼らにとってこの勝利はまだまだ通過点でしかなく、本当の目標はもっと先だったのかもしれない。

ファインモーションが楽勝したこの年のエリザベス女王杯は陣営だけでなく、多くの競馬ファンに無限の可能性を感じさせたレースだったといえるだろう。

(文・福嶌弘)

『競馬 伝説の名勝負2000-2004』

(編集, 著),小川隆行+ウマフリ
(著)浅羽 晃,五十嵐 有希,大嵜 直人,緒方 きしん,勝木 淳,久保木 正則,齊藤 翔人,榊 俊介,並木 ポラオ,成瀬 琴,橋本 祐介,秀間 翔哉,福嶌 弘,和田 章郎(星海社 2021年10月26日 発売)

星海社サイト「ジセダイ」
https://ji-sedai.jp/book/publication/2021-10_keibameishoubu2000-2004.html
こちらで試し読みPDFのダウンロードが可能です。

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