その追い込みに、父の面影を見た。
東海ステークスは、今でこそ1月第4週、フェブラリーステークスの前哨戦として行われているが、当時は夏のダート王決定戦、帝王賞のトライアル的な存在であった。
本来は中京競馬場のダート2300mで施行されていたが、中京競馬場が大規模改修工事に入っていたため、2010年は京都競馬場の1900mで開催されることに。
端午ステークス・トパーズステークスと、淀のダートで完勝しているシルクメビウスにとっては、おあつらえ向きの舞台だった。
1番人気はトランセンド。2番人気はこの年の船橋・ダイオライト記念を制したフサイチセブンに譲り、シルクメビウスは3番人気。上位3頭はすべて単勝3倍台にひしめき、1ケタ人気はこの3頭のみと言う三つ巴の人気を形成した。
朝方から降り続く50㎜以上の雨に祟られて馬場状態は不良。奇しくもユニコーンステークスの時と同じであった。
2010年5月23日15時30分。
第27回東海ステークスのゲートが開いた。
5.6頭が前にごった返すところ、マコトスパルビエロを制してトランセンドが先手を取り切り1コーナーを回る。内枠を引いたシルクメビウスは先行馬群が10頭ほどごった返した後ろにぽかんと空いたところを進んでいく。
水しぶきを上げながら隊列が徐々に決まる。トランセンド、フサイチセブンの人気2頭がフロントローを占め、重賞4勝のマコトスパルビエロ、ダート牝馬戦線を引っ張るラヴェリータらが続く。ダイショウジェット、ピイラニハイウェイと折り合いついて淡々と進んで置く中、ただ1頭、シルクメビウスだけが鞍上に手綱を引き絞られながら外目を追走していた。
3コーナー。逃げるトランセンドは軽快だ。差を広げてはいないが、2番手以降の馬の手綱の動きが激しくなっていく。後方からは1頭、アルトップランがまくり上げていくがシルクメビウスはまだ動かなかった。動じなかったというべきか。
4コーナーから直線に向かうところでトランセンドが一気にリードを広げた。2馬身から3馬身。ジャパンカップダートでのエスポワールシチーを見ているようだった。セーフティリードだ。ちょっとこれは届かないかもしれない。これを差し切ったら、やはり、香港ヴァーズのステイゴールドだ。
トランセンドが逃げる。追いすがる先行各馬を突き放していく。
勝ちパターンか。残り200。
檜川アナが突然、実況のテンポを1段落とした。
──ん?
外からは、シィルゥクゥメェビィウゥスゥがいい足で追い込んでくる!
他馬よりワンテンポ追い出しを遅らせたシルクメビウスが、馬場の真ん中、ものすごい勢いで前の各馬を呑みこんでいく。あっという間に、前にはトランセンド1頭になっていた。
あと100。まだトランセンドとの差は2馬身あった。
逃げ込みを図るトランセンド、差し切りを狙うシルクメビウス。
末脚の勢いほど差がつまらない。最後のつばぜり合いだ。
さあ前の争いですが、トランセンド、シルクメビウス、トランセンド、シルクメビウス、並んでゴールイン!わずかにシルクメビウス捉えたか!
最後の1完歩か2完歩で、シルクメビウスはトランセンドをかわし切っていた。
約1年ぶりの重賞2勝目は、シャティンでの父を彷彿とさせる末脚で勝ち取ったものだった。それと同時に「あとはGⅠだけだ!」との思いをファンに抱かせるに十分なものだった。
「さあ、帝王賞だ!」と。
不運と意地と
残念ながら、シルクメビウスの次走は帝王賞ではなかった。
怪我をしたわけではない。
最初から賞金が足りず、除外対象だったわけでもない。
出走枠に入っていたにもかかわらず、本来であれば出走資格のないカネヒキリが「特例」で出走枠に加えられた結果、シルクメビウスがはじき出されたのだ。
詳細は割愛するが、何よりもルールが重んじられる競馬界、スポーツ界において、「特例」は存在するべきではないと思う。現に同じ主催者は、東京ダービー優勝馬マカニビスティーに対しては「特例」によるジャパンダートダービー出走を認めないという正反対のジャッジを下している。
個人的には前年のGⅠ級2度の2着よりも、この帝王賞こそがシルクメビウスのピークであり、最大のビッグタイトル獲得チャンスだったと今でも信じている。
その証拠に、シルクメビウスは次走、門別のブリーダーズゴールドカップにおいて、そのカネヒキリに実に7馬身の大差をつけて完勝しているのだ。そしてもう一つ悲しい証拠として、この勝利が中央在籍時最後の勝ち鞍となるのだ。
それだけに、惜しい。
ステイゴールド産駒唯一の中央ダート重賞ウイナーにして、幻のダートGⅠ馬、シルクメビウスは2021年現在、福島県南相馬市でその馬生を送っているという。
相馬野馬追の地だ。大切にされていることだろう。長生きしてほしいと、心から願うところだ。