その旅程は砂上に刻まれた~シルクメビウス・2010年東海ステークス〜

2020年12月16日水曜日、川崎競馬場。父にヘニーヒューズを迎えた母父ステイゴールドの牡馬・アランバローズが、後続に5馬身もの大差をつけて、交流JpnⅠ全日本2歳優駿を逃げ切った。

ステイゴールドの仔が走り始めて16年目。
その血が初めてダートの頂点に立った瞬間だった。
そしてその瞬間、歓喜に沸くステイゴールドファンの脳裏には1頭の鹿毛の名前が浮かんだことだろう。

幾度となく砂の頂点にあと一歩と迫った、シルクメビウスの名が。

今回はステイゴールド産駒現状唯一のJRAダート重賞勝ち馬、シルクメビウスと、そのハイライトともいえる2010年、東海ステークスを取り上げる。

父ステイゴールドの異端児

シルクメビウスは父ステイゴールド、母チャンネルワン(その父ポリッシュネイビー)の仔として、2006年4月16日、北海道日高町の森本牧場に生まれた。同期のステイゴールド産駒には、宝塚記念を制し凱旋門賞2着のナカヤマフェスタ、重賞2着4回と父の悶えを再現したジャミールがいる。

シルクメビウスはチャンネルワンの5番目の仔。ホッカイドウ競馬で活躍しダートグレードのエーデルワイス賞で1番人気(4着)に推されたこともある半姉・タガタメをはじめ、兄姉が勝利を挙げたレースは全てダートだった。

栗東の領家政蔵厩舎からデビューしたシルクメビウス。父ステイゴールドの血に期待してか、2008年夏・北海道でのデビュー2戦は芝だった。しかし一息入れて暮れの阪神開催ではダートへ転戦し、以降彼の旅程はすべて砂上に刻まれることとなる。

ダート転向2戦目で初めての勝ち名乗りを受けたシルクメビウスは続戦し、冬の小倉開催へ。
そこで出会ったのがデビュー4年目、関東から乗りに来ていた田中博康騎手である。

くすのき賞では、それまでのレースで滾りに滾っていたシルクメビウスを、田中騎手が見事に抑え込む。直線で弾けると、最後は5馬身差をつける快勝。開眼の瞬間であった。

「阿吽の呼吸」と言うのだろうか、サラブレッドだけに「ウマが合う」とでも言おうか、1頭と1人の快進撃は続く。道中は馬群でじっと息を潜め、貯めたエネルギーを直線で炸裂させる。続く端午ステークスでオープンも難なく突破し、ついに重賞初挑戦の日を迎えた。

2009年6月6日。東京競馬場。第14回、ユニコーンステークスである。

シルクメビウスは単勝3.2倍の1番人気に推された。2番人気が3戦2勝、ダート負けなしのグロリアスノア、3番人気にヒヤシンスS勝ちのカネトシコウショウが続く。

結果から言うと圧勝だった。ここでは、役者が違った。シルクメビウスは道中外目をなだめられながらハイペースを苦も無く追走。3.4コーナーで捲り気味にポジションを上げ、直線外に進路を見出してからはエンジン全開、2着のグロリアスノアに2馬身差をつけてシルクメビウスはゴールを駆け抜けた。着差以上の完勝だった。

シルクメビウスも、鞍上の田中博康騎手も、これが重賞初制覇。
そして父ステイゴールドもダート重賞は初制覇という初物尽くし。
しかもステイゴールドは全産駒通じて初のダート重賞出走で1着をつかみ取るという、現役時代の勝ち味の遅さからは想像もつかない離れ業である。

余談だが、父ステイゴールドの現役時代のダート成績は50戦中1戦のみ。しかも4コーナーで逸走し、ゴールに到達すらしていない。

ステイゴールド産駒に現れた異端の新星、シルクメビウス。頂点への戦いは、まだ始まったばかりであった。

切磋琢磨、そして高い壁

この世代からはダート戦線で大活躍する名馬が多数輩出された。

前年の交流GⅠ全日本2歳優駿を制し、後にJBCスプリント2勝を重ねるスーニ。
ジャパンダートダービー制覇後、息の長い活躍を続けて後にフェブラリーステークスを勝つテスタマッタ。
3歳時から常に第一線で走り続け、6歳、8歳、9歳でビッグレースをもぎ取ったワンダーアキュート。

そしてGⅠ級4勝のトランセンド。

重賞ウィナーの仲間入りを果たしたシルクメビウスは、強い同期生としのぎを削りながら重賞戦線を駆け抜けていく。

シルクメビウスにとって初めてのGⅠ級挑戦は、大井のジャパンダートダービー。1番人気はスーニで、シルクメビウスは2番人気だった。

直線、スーニが伸びあぐねたところを外から堂々と先頭に立ちかけたシルクメビウス。「勝った!」と思ったその瞬間、スーニと同じ勝負服の馬が1頭、内をすくってビッグタイトルをかっさらっていった。ダート替わり後、条件戦連勝で臨んだテスタマッタだった。

悔し涙にくれる間もなく、シルクメビウスはこの年新設された3歳馬限定ダート重賞、レパードステークスに駒を進める。ここで不運だったのは主戦の田中博康騎手が前日に落馬負傷し、急遽乗り替わりとなってしまったことだ。

4コーナーで大きく外に膨れた吉田豊騎手とシルクメビウスは、グロリアスノアの進路を妨害。5着入線10着降着と言う結果になってしまった。このレースを3馬身差で完勝したのはトランセンド。1年7か月後、ヴィクトワールピサとともにドバイから日本に勇気と感動を届けてくれた彼は、これが重賞初制覇だった。

一息入れたシルクメビウスの秋初戦は府中マイルの武蔵野ステークス。古馬との初対戦とはいえ、重賞制覇と同じ舞台。鞍上も田中博康騎手に戻り、体制整ったかに思われた。

道中馬群の中でエネルギーをため、直線視界が開けた残り300、鞍上のゴーサインが出た。しかしやや内にもたれ気味に足を延ばすがそこから続かない。外から次々にかわされての8着に終わった。ここを勝ったのも同期生で、シリウスステークスから重賞連勝を果たしたワンダーアキュートだった。彼は後に、ダートGⅠ級3勝を挙げる。

武蔵野ステークスが不完全燃焼と判断したのか、陣営は中1週でオープン特別のトパーズステークスに駒を進め、シルクメビウスは5馬身差の圧勝で期待に応える。

そしてさらに中1週のハードなローテーションで、シルクメビウスと田中博康騎手は勇躍、暮れの大一番、ジャパンカップダートに向かった。

道中中段やや後ろ、外目で気持ちよく脚を貯め、4コーナーでは前に遮るものはなし。鞍上の叱咤にこたえてシルクメビウスは上がり最速の末脚を繰り出し先団を呑みこむ。同期のワンダーアキュート、スーニはちぎり捨てた。

しかしシルクメビウスが馬群の先頭、サクセスブロッケンをとらえきった頃、そのはるか先で佐藤哲三騎手が左手を観客席に向けて突き上げていた。直線入口ですでにセーフティリードを奪っていた1歳上のエスポワールシチーが重賞4連勝、GⅠ級3連勝を飾った。その差3馬身半。完勝であり、また完敗だった。
あれを差し切ったら香港ヴァーズのステイゴールドだ。
「よく2着に来た!頑張った!」とたたえるしかなかった。

高い壁にぶち当たったシルクメビウス。中1週の連戦が堪えたのか、陣営はフェブラリーステークスを回避して休養に充てる。復帰戦となったのは4月のアンタレスステークス。スタートで出遅れを喫しながら道中徐々に位置取りを上げての5着。休み明けとしては上々の結果だった。

そして陣営が次走に選んだのが、当時は5月に行われていたGⅡ、東海ステークスである。

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