北の大地に描いた未来予想図 - トラストが描いた"夢"
プロローグ

「地方所属馬、地方からの移籍馬が中央で勝利する!」競馬場でそうしたシーンを見ると、うれしくなる。

子供の頃、大井からダービーを目指して移籍してきたハイセイコーで競馬を知った。叔父に連れて行ってもらった京都競馬場のパドックでハイセイコーに会ったことが「趣味は競馬」を掲げるきっかけになったような気がする。

 社会人になってまもなく笠松からオグリキャップが移籍し、4歳(現3歳)暮れには有馬記念を制覇。9か月の休養を経て再登場となった秋、広島の事業本部勤務から本社への異動が決まり上京、オールカマーでオグリキャップとの初対面を果たせた。暮れまで怒涛の5連戦を走り抜けたオグリキャップの姿は「苦しくても歯を食いしばって頑張るんだよ~」のメッセージだったと今でも思っている。管理職になってサラリーマンのゼッケンが剝がれはじめた時、岩手のメイセイオペラがフェブラリーステークスを制覇、元気を注入してもらった。その後、サラリーマンを辞め独立して間もない頃、今度は北海道からコスモバルクが中央参戦、長きに渡って並走してくれた。

──人生の節目に、不思議と地方からエールを贈ってくれる馬たちがやって来る。

彼たちに支えられて、何とかここまで生きてきた事に感謝すると同時に「地方所属馬・地方出身馬」への熱い思いは一生続いていくような気がする。

2016年 札幌2歳ステークス

 毎年、付き合いだして20年近くなる競馬仲間たちとの恒例行事がある。

「大人の夏休み」と称して続けている集い。例年9月1週に開催され、金曜日はキャロットクラブの1歳馬募集ツアーで未来のダービー馬探し、夜には飲みながら募集馬の検討会をする。中座してススキノのど真ん中にあるバッティングセンターで何故かホームラン競争をした後、再び飲みなおして札幌2歳ステークス予想会に。集いは深夜にまで及び、心身ともヘロヘロになる初日のイベントである。年々、翌日のダメージが大きくなっていることを誰もが実感しているのだが……。

それでも翌日は二日酔いモードのまま開門前の札幌競馬場に出向いて、1レースから競馬を楽しむ。メインの札幌2歳ステークスの頃には頭も冴えてきて、パドック周回の2歳馬たちと真剣に向き合えるようになる。

2020年ソダシ、2021年ジオグリフと連続してG1馬を輩出したことで更に注目度が高まっているが、過去にもロジユニヴァース、アドマイヤムーンといった勝ち馬がG1を制覇している。札幌3歳ステークス時代にまで遡ると1986年以降、ジャングルポケット、ビワハイジ、ニシノフラワーの名が出てくる。北の登竜門レースは、どんなに二日酔い頭でもしっかりと目に焼き付けるべきレースだと我々は思っている。

2016年の札幌2歳ステークスは、前日から力の入り様が例年とは異なった。コスモバルク以来の来春のクラッシック戦線に夢を託せる地方所属の大器、トラストが参戦したのである。

トラストは父スクリーンヒーロー、母グローリサンデー、オーナー岡田繁幸氏の芦毛牡馬。デビュー前から英ダービーに一次登録され話題になり、南関東川崎所属で競走馬生活をスタートした、マイネル軍団・岡田繁幸氏の「夢の結晶」みたいな馬である。

子供のころから競馬を見ていた身としても、トラストの血統構成は見ているだけで懐かしく涙が出そうになる。母系には華麗なる一族の黄金の馬ハギノカムイオー、メジロマックイーンの父メジロティターンが流れこみ、父スクリーンヒーローからグラスワンダー、ダイナアクトレスの血も入る。懐かしい日本の名馬が随所に散りばめられた血統表を眺めているだけで、何杯でもビールが飲めそうな気分になってくる。

──そのトラストが地方デビューから中央のダービー制覇を目指す!

そんな夢のプロジェクトは2015年5月27日川崎の新馬戦でスタート。森泰斗騎手騎乗で4馬身差の楽勝後、中2週で1400m若草特別に登場すると、好スタートから一度もハナを譲らず2.4秒差の大差での勝利をあげた。

2か月の休養後、中央デビューとなったのが8月21日のコスモス賞。

初の芝レースとあってか、スタート後に口を割る気の悪さを見せながら後方追走。直線で先行馬を捕まえて抜け出したかと思いきや、内から伸びてきたブラックオニキスに差されて1馬身1/4差の2着に敗退した。

そして迎えた第51回札幌2歳ステークス。

トラストのパドックでの気配は上々、むしろ静かに闘志を貯めた歩様で周回していた。人気のタガノアシュラ、ルメール騎乗のインヴィクタはやや入れ込み気味に見える。気になるのは前回内から差し切られたブラックオニキス。小柄で真っ黒の牝馬が小走りで前を通り過ぎる。

「ここは地方馬に逆らったら駄目だ!」

隣からそんな声も聞こえた。10倍前後を行き来する単勝、更にトラスト軸の馬連ながし5点をマーク。仲間たちとの「大人の夏休み」2日目のメインイベントの始まりを待った。

いいスタート切ったのはトラスト。柴田大知騎手は押して逃げの構えを見せる。目の前を通り過ぎる馬群は、トラストを先頭にそのまま1コーナーへ殺到。

隊列が落ち着いたのは向こう正面に入ってから。トラストの逃げに対して、人気のタガノアシュラ、インヴィクタは揃って後方追走、中段で気になるブラックオニキスの赤いメンコが虎視眈々。

3コーナーをカーブしてもトラストが1馬身ほどリードしていた。ジャコマルがトラストに迫り、タガノアシュラは大外を回ってスパート。トラストの軽快な脚さばきには、余裕さえ感じられる。

──さぁ、直線。後続を振り切りにかかるトラストの逃げは、残り200を切ってもまだ止まらない。有力馬が後方馬群でもがく中、2馬身の差をつけたまま、余裕の逃げ切り。鞍上・柴田大知騎手のガッツポーズが出た。

結局、トラストを追った馬群のなかから抜け出てきたのは10番人気のブラックオニキス。コスモス賞の1,2着馬による、順位逆転でのワンツー決着だった。ブラックオニキスを馬連ながし5頭の最後にマークしていた私は、美味しい万馬券を的中。空港でのお土産がグレードアップしたのであった。

日本ダービー出走への道

札幌2歳ステークス後、トラストは栗東の中村均厩舎に移籍し、ダービー出走を目指す道を歩み始めた。東京スポーツ杯(5着)を皮切りに朝日杯フューチュリティステークス(5着)、シンザン記念(4着)、毎日杯(5着)と、クラッシック戦線に向けて4走したものの全て善戦止まり。札幌2歳ステークスで見せた、スタートダッシュから強引に先頭に立って押し切るようなレースができず、好位から直線で伸びそうで伸びないまま雪崩れ込むレースの繰り返してしまう。

クラッシック第1弾、皐月賞は大外18番枠からのスタート。ゲートからポンと飛び出したトラストは、柴田大知騎手が押して逃げる構え。1コーナーで内から飛び出してきたアダムバローズに先頭は譲ったが、アルアイン、クリンチャーを従えて2番手をキープする。直線入口で沈んでいくアダムバローズに替わり先頭に立ったものの、見せ場はそこまで。結果は13着と、デビュー以来初の着外に終わったが、久々にトラストらしい気迫を見せてくれた。

連戦の疲れも見せず出走してきたNHKマイルカップは、勝ったアエロリットと並走するも直線で突き放され8着。そして、ようやく念願の日本ダービー出走にたどり着いた。

 2017年5月28日、第84回日本ダービー。

夢舞台の18本の馬柱の中に「⑧トラスト」の名が記された。16番人気、騎乗は丹内騎手。初秋の札幌競馬場で夢を見た、3歳馬の頂点を目指す決戦に参加できたこと──同世代の最上位18頭に入れたことを誇りに戦って欲しいという願いを込めて、トラストの単勝馬券を購入。これまでに買い続けた応援馬券は、札幌2歳ステークスの払戻金を既に掃き出している。それでも、ここにたどり着けたトラストを応援してあげたい……そんな気持ちでいっぱいだった。

ゲートが開き、好スタートを切ったトラストは最初のコーナーを2番手で回る。横山典騎手のペースで逃げるマイスタイルに、食らいつくトラスト。1000m通過直後、後方にいたルメール騎乗のレイデオロがスパート、3コーナー手前では2番手まで上がってきた。それでもトラストは内で3番手、最後の直線に勝負をかける。

残り400m、レイデオロが先頭に立つ。トラストもマイスタイルに続いて先頭集団の一角。最後は外からの追い込み勢に飲まれたものの、先頭集団の塊の中でゴール板を通過した。

トラストは0.6秒差の8着。世代のベスト8にその名を刻むことが出来た。負けても清々しい気持ちで、私はレイデオロのウイニングランを見ていた。

第2ステージへの転機

ダービー後のトラストは、燃え尽きてしまっていた。

メンバーが楽になったオープン特別でも結果が出ず、翌春に準オープンへ降級しても惨敗が続いた。降級後ペースも楽になると思っていたのに、先頭に立つこともできず好位追走から馬群に沈んでいくレースぶり。

中央に見切りをつけて地方転出するのかなと思っていた2018年10月。新潟競馬場の障害未勝利戦にトラストの名前を発見した。

予想していなかった障害への挑戦に、何となく複雑な気持ちでTVを見ていると、1周目のホームストレッチで先頭に並ぶとそのまま8馬身差の楽勝。2戦目秋陽ジャンプステークスを4馬身差、3戦目の春麗ジャンプステークスは大差で、半年で3連勝達成する。一気に、注目の障害馬に昇り詰めた。

春の中山グランドジャンプはパスして休養後、秋の障害重賞・東京ハイジャンプにチャレンジ。軽快に飛ばして最終障害まで先頭だったものの、最後はシングンマイケル、メイショウダッサイにつかまり3着に敗れる。

その後は、脚部不安もあり休みを挟みながらの障害戦出走。中山のペガサスジャンプステークスに勝って4勝目をマークしたものの、重賞では善戦止まりだった。

ラストランとなったのは2021年5月の重賞京都ジャンプステークス。2番人気で向正面では先頭に立つ勢いも、そこからいつもの伸びが見られない。先頭を行く、これがラストライドとなる三津屋騎手のマーニがそのまま押し切ってゴールイン。結局トラストは離された2着に終わった。

これが現役のトラストを見る、最後のレースとなった。

エピローグ

2022年春、3年ぶりに行った阪神競馬場でトラストと再会した。

現役引退後、トラストは阪神競馬場の誘導馬として第2の馬生をスタート。メインのG1大阪杯も先頭に立ってポタジェやエフフォーリアをアテンドしていた。

久しぶりにパドックで見たトラストの姿。すっかり白くなった馬体と、現役時代とは異なるやさしい瞳。夢を追った蹄跡の後の、やり遂げた満足感さえ漂ってくるパドックで出走馬を先導する姿。

北の大地にトラストが描いた未来予想図の終着点は、この姿で良かったのだと思いたい。

写真:I.natsume

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