ディープインパクト。
自身が競走馬としてデビューした2004年から産駒最終世代オーギュストロダンの活躍まで、その名を競馬メディアで目にしない機会はない。正真正銘のスーパーホース、英雄は死してなお、その名を歴史に刻み続ける。
そこで問題をひとつ。
ディープインパクト産駒は2023年11月12日現在、JRAのGⅠを72勝していますが、世代別の最多は3歳34勝ですが、最少は最高齢6歳で、2頭います。その2頭の馬名と共通点を答えてください。(答えは文末へ)
ディープインパクトの初年度産駒
ディープインパクト産駒の初年度のことを覚えているだろうか。2008年生まれの血統登録数は147頭いた。桜花賞マルセリーナ、安田記念リアルインパクトと3歳春にGⅠを2勝した。とりわけ古馬相手に安田記念を勝ったリアルインパクトはまさに大きなインパクトを残し、ディープインパクト産駒、マイラー説も飛び出すほどだった。ほかにも古馬になって関屋記念を勝ったドナウブルーもいたが、ダートのレパードSを勝ったボレアス、エプソムCのトーセンレーヴ、目黒記念スマートロビン、AJCCダノンバラードと守備範囲の広さを証明する産駒も出てきた。決してマイラーとくくりがたいが、もっとも得意なのはマイルで間違いない。トーセンラーのマイルCSはそんな思いを抱かせた。4コーナー14番手から上がり最速33.3の切れ味はまさにディープインパクト譲り。スマートに、そして美しく華麗に躍動する武豊騎手の地方、海外含むGⅠ100勝目が印象に残る。マイルを中心に多様な舞台で活躍する。初年度産駒はそんなディープインパクトの未来を示した。
ディープインパクト産駒のもう一つの特徴が3歳春というもっともかけがえのない時季に完成域に達せられることだ。GⅠ勝利数最多は3歳34勝。日本ダービー7勝、桜花賞5勝、オークス4勝、皐月賞3勝、秋も秋華賞5勝、菊花賞5勝と三冠ロードでの強さは歴代屈指だ。成長のピークを3歳で迎えられる仕上がりの早さもまた、世界中のホースマンがその血を求めるゆえんだろう。その分、古馬になると勝てなくなるのもディープインパクト産駒の傾向だった。だが、「3歳をピークにその後、下降傾向に」というテンプレートだけではディープインパクトは語れない。初年度産駒のなかにそれを物語る馬がいた。
それが6歳でマイルCSを勝ったダノンシャークだ。
徐々に強くなるダノンシャーク
2歳10月にデビューしたダノンシャークが初勝利をつかんだのは4戦目の未勝利戦。3歳冬のことだった。連勝で2勝目を手にするも、その後は勝ち星から遠ざかり、同期が輝きを放つ3歳春にGⅠへ出走することはなかった。条件戦から出直しになった3歳秋を経て、4歳春は京都金杯、マイラーズC、エプソムC2着と重賞で結果を残せるようになった。そして4歳秋、ついにGⅠ出走のチャンスをつかむ。6番人気で迎えたマイルCSは6着と壁にはね返されるも、これを機にダノンシャークはさらに成長曲線を上昇させていく。
5歳正月の京都金杯で重賞初勝利をつかむと、マイラーズC、安田記念3着と惜敗のニュアンスが明らかに変化した。昨年よりワンランク上の舞台での好走は晩成型の典型であり、ディープインパクト産駒の型には決してはまらない。おそらく母系に入るカーリアン、ニジンスキーとミルリーフの血が成長を鈍化させ、遅ればせながらそのポテンシャルを花開かせたのだろう。母系の血に染まるのもディープインパクト産駒の奥深さというものか。
この秋は富士Sで重賞2勝目を獲得。これを評価されたマイルCSは1番人気に支持された。5歳秋、ようやくダノンシャークに出番は巡ってきたように思えた。だが、このレースでは同期のトーセンラーと武豊騎手に見事に差し切られてしまう。トーセンラーもまた、期待されながらGⅠに届かない歯がゆさを抱えていた。坂の下りで上手に加速したダノンシャークだったが、結果的に少し仕掛けが早くなったようだった。京都の下り坂は難しい。ペース次第ではこれ以上ない仕掛けどころにもなり、アダにもなりかねない。これは結果論でしかなく、ダノンシャークは1番人気馬の競馬をGⅠで実行できた。同期にさらわれる形になってしまったが、堂々たる戦いだったといっていい。
しかしながら、5歳秋のGⅠを勝つ絶好機を逃したのは痛かった。6歳シーズンは掲示板を外す競馬が増え、夏の関屋記念2着こそあったが、明らかに成績のニュアンスは変わっていった。ピークはすぎた。カーリアン、ニジンスキーの血があるとはいえ、6歳まで成長を続けるのは常識的には難しく、実際、そんな成績ではあった。
3度目は8番人気の低評価
3回目のマイルCS出走はそんな状況で迎えることになった。3歳下のディープインパクト産駒ミッキーアイルはNHKマイルCまで5連勝し、秋はスワンSで古馬勢を一蹴した。同期で前年かっさらわれたトーセンラー、一つ下でマイラーズC2着、スワンS3着のフィエロやワールドエースと上位4番人気をディープインパクト産駒が独占するなか、ダノンシャークは8番人気と一気に人気を落とした。
「同じディープインパクト産駒でも、ダノンシャークは別だ」
周囲からそんな声が聞こえる。「なぜ、俺だけが」ダノンシャークの闘志は再び燃え始めたのではないか。前年、1番人気にふさわしい正攻法の競馬で3着になったのを忘れたのか。そう叫びたかったかもしれない。産駒がレースに出走すれば、たちまち話題の中心になってしまうディープインパクト。その初年度産駒の一頭としてのプライドがダノンシャークに力を与える。
外枠からスタートしたダノンシャークは岩田康誠騎手に導かれ、馬群の中へ入っていく。前年のように外は通れない。一発にかけるなら、これしかなかった。レースは若いホウライアキコが飛ばし、1番人気ミッキーアイルがついていく。前半600m33.7は上り勾配を含む京都マイルとしては速かった。3コーナーにある丘の頂点にあたる前半800m通過は45.3と飛ばしていた。下りに切り替わる残り800m標識を過ぎると、ダノンシャークは馬群のなかで前に行く
馬について行く形でナチュラルにピッチをあげる。勝ちに行った前年より明らかにゆっくり坂を下っていった。ゴールまで駆け抜けられるだけの末脚は溜まった。さあ仕掛けるぞ。そんな4コーナーから直線入り口、馬群に入ったダノンシャークの目前に先行勢の壁が迫る。ラストスパートがかけられない状況下にあっても、人馬ともに慌てることはなかった。序盤のペースがたたり、脚を失くしたミッキーアイルとフィエロの間。ここしかない。フィエロが抜け出せば、必ずスペースが生まれる。残り200m、満を持してフィエロが先頭に躍り出ると、それを待っていたかのようにダノンシャークがインへ飛び込む。ラチ沿い強襲は今も昔も岩田康誠騎手の得意技。溜めこんだエネルギーとステッキと手綱さばきで解放させ、最後のひと脚を促す。外からやってきたトーセンラーは差を詰められない。驚異の粘りで食い下がるフィエロ。ゴール板まで続く競り合いは、まるで永遠に終わらない決闘かのようだった。写真判定の結果は内のダノンシャークがハナ差、前に出ていた。
6歳秋にしてダノンシャークはGⅠタイトルを獲得した。マイルCSは3度目、GⅠ出走は5度目のことだった。スピードと持続力、そんな総合力を問うマイルGⅠを6歳で勝つ馬はそうはいない。2000年以降、6歳以上がマイルCSを勝ったのは02年トウカイポイント、07年ダイワメジャー、09年カンパニーそしてダノンシャークの4頭しかいない。さらにダノンシャークを最後に2022年まで出ていない。晩成はもちろん、年齢を経ても底力と活力を保ち続けていないとなし得ない。ディープインパクト初年度産駒ダノンシャークは、この血統の奥行きを広げた一頭だ。やはり、サラブレッドも十頭十色。なるほど、人生は競馬の比喩でもある。没個性などど卑下せず、競走馬の個性を見抜くように、自分に対しても問い続けたいものだ。人生も競馬のごとく数限りなく答えは点在する。1枚の馬券を買うように、散らばった答えを探していこう。
クイズの答え
2頭。ダノンシャークとサトノアラジン(17年安田記念)※2023年11月12日時点
写真:Horse Memorys