![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]時間こそが体験を深める(シーズン2-8)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/03/2026031603.jpg)
船橋競馬場は大型モニターに能力試験の様子を映してくれないため、どの馬がどのようなスタートを切ったのか、ルリモハリモがどんな位置にいるかも全く分かりません。もしかすると先頭に立っているのかもしれないし、最後方をトコトコ走っているのかもしれない。最高と最悪のパターンが行ったり来たり僕の頭に浮かんでは消えます。最終コーナーを回った時点でも、肉眼では全く見分けがつきません。少しずつ迫ってくる馬群の中から赤い帽子を探すので精一杯です。
ゴール前100mぐらいの時点で、ようやく見分けがつくようになりました。赤い帽子は馬群の中にいます。良かった!ちゃんとレースになっている(どん尻じゃない)、と思ったのも束の間、僕の目の前をルリモハリモがわずかに先頭に立って駆け抜けて行くではないですか。1着だと思った瞬間にはすでにゴールしていて、2着の馬とは首差ぐらい、それから他の馬たちも続々とゴールしています。
勝った!能力試験は能力試験とあれほど自分に言い聞かせていたのに、まるで実戦で勝ったときのように喜びがこみ上げてきました。たとえ新馬6頭の集まりだとしても、先頭でゴールできたのです。やっぱり走る力はあったのだ。それがこの目で確認できただけでも心が震えました。
コースから戻ってくるルリモハリモと所騎手の様子を撮りたいと、僕は馬場入口に近づいて行きました。他の馬と騎手たちも戻ってきて、調教師や厩務員さんに報告をしています。「道中でバカついて止まるかと思ったけど、3馬身しか離されなかったのであれば御の字だ」と大きな声で言っていた厩務員さんもいました。僕だけではなく、それぞれが様々な想いを抱えて、能力試験に臨んでいるのです。ルリモハリモは汗をかいて息遣いが荒いのですが、所騎手は笑顔で戻ってきました。撮影しながらも「ありがとうございます!」と会釈をすると、所騎手も馬の上から「ありがとうございます!」と返してくれました。

せっかくだから、下馬したあとの所騎手に感想を聞いてみようと近づくと、僕がルリモハリモのオーナーだと知ってくれていたのか、それともカメラを向けていたのでレポーターか何かと勘違いされたのか(笑)、こちらから聞く前に、「良い走りでしたよ。納得しないと動いてくれない面はありますが、レースに行くと真面目に走ってくれます」とコメントしてくれました。
「そうなのですよ。環境が変わると難しくなる面があって、セリの時も立ち上がってひっくり返ったりして大変でしたよ」と返すと、「そうなんですか」と苦笑いしていました。所騎手のこうした短いコメントだけで、ルリモハリモの特性や性格を分かってくれていると僕は感じました。
恥ずかしながら、所騎手のことをあまり詳しく知らなかったので調べてみたところ、2023年にデビューして3年目の若手ジョッキーでした。どうりで若々しいですし、その中にも芯の通った強さと大人っぽさがあります。成績を見てみると、デビュー年に比べて2024年は勝率(3.8%→7.6%)も連対率(8.0%→14.4%)もジャンプアップしましたが、今年(2025年9月時点)は苦戦しているようです(勝率2.4%、連対率6.1%)。
騎手免許取得後5年未満のジョッキーは、30勝以下は▲3kg減量、31勝~50勝は△2kg減量、51勝~100勝以下は☆1kg減量となります(女性騎手は50勝までが★4kg減量、51勝~100勝以下が▲3kg減量)。所騎手は2025年9月18日現在で44勝を挙げていますので、△2kg減量です。さすがに1kg減量がなくなったことが原因とは思えませんので、馬の巡り合わせや3年目の壁に当たっているのでしょう。いずれにしても、ルリモハリモのことを分かってくれている騎手であることに違いはありません。張田調教師から「所蛍でデビュー戦は行こうと思っている」と言われても、「分かりました」と素直に僕は言えるはずです。
ルリモハリモが無事に引き上げていったのを見届けて、僕も船橋競馬場をあとにしました。関係者入口から出た瞬間、僕は思わず小さくガッツポーズをしました。2021年に初めて購入した繁殖牝馬(ダートムーア)から初めて生まれた産駒(ルリモハリモ)が紆余曲折あったものの競馬場で走って、能力試験とはいえ先頭でゴールできたのです。昨日買ってきた馬が今日走ったのではありません。ここまで来るのに4年の歳月がかかったのです。
僕はダートムーアが1年目に流産をしたとき、リン・スクーラー氏が書いた「待つこと、できるだけ長く」の文章を引き、「できるだけ長く待つことで、それだけ多くのことが見えてくる。この空白の1年間をじっと待つことで、僕に何が見えるのか楽しみです」と締めました([連載・馬主は語る]待つこと、できるだけ長く。(シーズン2-1)より)。
あのときは翌年にルリモハリモが生まれてくるまで待つという意味でしたが、生まれてからもずっと待ち続けた気がします。さらに1年待ってセリでは主取りになり、そこから1年待ってようやく能力試験まで辿り着きました。(生産を事業にしようと考えていた僕にとって)決して望んだ形ではありませんが、嬉しくないはずがありません。
たしかにこの4年間で多くのことが見えてきました。そのほとんどはネガティブなことであり、成功ではなく失敗や困難ばかりでしたが、だからこそ見えた光もあります。ルリモハリモの能力試験合格はそのうちのひとつです。自腹を切って生産した馬が、今こうして競馬場に立っているのです。そして待った時間が長かったからこそ、喜びもひとしお。
それは時間をかけて小説や物語を読むのに似ています。作者の言いたいことやテーマが込められた一文だけを読めば事足りるはずなのに、なぜ僕たちは時間をかけて読むのかというと、その世界に没入していた時間こそが体験を深めるからです。頭で分かっているのと身体や心で分かっているのとの違い、他人事として知っているのと自分ごととして理解しているのとの違いは、そこに費やされた時間と密接な関係にあります。コスパやタイパが求められる時代ですが、無駄とも思える膨大な時間の中にしか得られない何かは、今も昔も確実に存在するのです。競馬における生産はその最たるものではないでしょうか。
喜びを噛みしめながら帰宅し、NO,9ホーストレーニングメソドの木村さんにLINEで報告しておきました。木村さんは今、セプテンバーセールの最終日で大忙しのはずですが、「良かった。同期生の馬に(調教で)遅れたと聞いて心配していたのですが…、このままデビューまで無事にですね!」と返してくれました。
碧雲牧場の慈さんからも夕方になって電話がかかってきて、「木村さんから聞きましたよ!1位だったそうですね。すごいじゃないですか!2週間後にデビュー戦かなと木村さんがおっしゃっていましたよ」と喜んでくれました。「今ちょうどLINEしようと思っていたところです。パドックから気負い気味でしたし、返し馬も1頭でやっていたので課題は残りますが、ルリモハリモは頑張って走っていましたよ。走る能力があることは分かったので良かったです!」と報告しました。まだ能力試験に受かったばかりなのに、ルリモハリモにたずさわってくれた人たちが喜んでくれていて、僕も嬉しい限りです。

ところが、家に戻ってから、主催の船橋競馬場が公表している能力試験結果を改めて確認してみると、第6レースで一緒に走った6頭の中に、ルリモハリモよりタイムが速い馬が1頭いるではないですか。ルリモハリモの50秒4に対し、アルフェルグという名前のモーリス産駒は50秒3となっています。僕の位置からは競り合いに勝ったと見えていたけど、実は内の馬に負けていたのだと思い、船橋競馬がYouTubeで公開している能力試験の6Rの映像を観てみました。
やはり内の馬に差し切られています。しかもこちらは鞭を入れて一杯に伸びているのに対して、向こうはほぼ馬なり。本番で普通に走ったら全然敵わないだろうなと思わせる力差がありました。少し落胆しつつも、アルフェルグの馬体重を見てみると538kgもあるではないですか。しかも驚いたのは、2歳馬ではなく3歳馬なのです。えっ、なんで2歳馬の能力試験に3歳馬が混じっているの?と思い、これまでの経歴を調べてみると、一度もレースで走ったことはなさそうです。2と3の誤植かなと疑いつつ生まれ年を見ると2022年となっていますから、れっきとした3歳馬です。つまり、アルフェルグもこれからデビューする未出走馬ということなのです。何らかの事情があって、3歳の9月までデビューすることができなかった、僕たちよりも待った馬なのです。さすがにひとつ年上の牡馬の538kgもあるモーリス産駒には敵わなくても仕方ありません。
それよりも気になったのは、441kgの馬体重です。たしかNO,9ホーストレーニングメソドを出るときは456kgだったので、長距離輸送や育成牧場、厩舎でのトレーニングを経て15kg減らしてしまった計算になります。できれば460kg台でデビューさせたかったので、減っているのは良い傾向ではありません。ここから先のルリモハリモの体調次第では、450kg台まで戻すこともできるかもしれませんし、もしくは440kgを割って出走することになるかもしれません。
せっかく能力試験に受かったのだから、このままデビュー戦に臨む方が良いのか、それとも一旦、身体と心を緩めて、立て直してから臨むべきか。僕は慌てる必要はないと思っているので、調教師から後者の提案が出ても受け入れることができます。ただ、ここまで持ってくるのが大変だったでしょうし、上手く立て直せるか保証はなく、もしかするとガクンと調子が落ちてしまう可能性も考えると、ギリギリの状態であってもこのままデビューさせる方が良いと考えるのが普通でしょう。
そのあたりは週末に張田調教師に挨拶に行った際に、話し合って決めることにします。こうしたコミュニケーションが取れるかどうかは、馬主と調教師にとって大事ですし、何よりも馬の未来を大きく決めるものでもあります。馬にとって最善と思える選択を人間は常にしなければいけません。
(次回へ続く→)
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