![[札幌記念]エアグルーヴ、ハープスター、ソダシ。札幌記念を制した名牝たち](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/08/2026081203-1.jpg)
数あるGⅡの中で最も賞金が高い札幌記念。GⅡ昇格後はもちろん、ダート(1988年まで札幌競馬場には芝コースがなかった)のハンデ重賞としておこなわれていた時代から旧八大競走勝利馬が出走することも珍しくなかった。古くは、当年の皐月賞馬マーチスとダービー馬タニノハローモアが再戦した1968年のレースや、同じく皐月賞馬トウショウボーイとダービー馬クライムカイザーが再戦した76年など、グレード制導入前から実力馬は出走していた。ただ、メンバーレベルが飛躍的に向上したのは、やはりGⅡに昇格した97年以降ということになるだろう。
また「夏は牝馬」の格言どおり、牝馬の好走が目立つのもこのレースの特徴といえる。とりわけ、GⅡ昇格後は勝率、連対率、複勝率とすべての指標において牝馬が優勢で、幾多の名牝が強豪牡馬を撃破してきた。
今回は、夏競馬最大のレース札幌記念を制した名牝を振り返りたい。
■1997、98年 エアグルーヴ

83年のオークス馬ダイナカールの4番仔でトニービン産駒の良血エアグルーヴは、栗東の名門、伊藤雄二厩舎からデビュー。初戦は、7月札幌・芝1200mの新馬戦で2着に惜敗するも、2戦目は5馬身差で圧勝した。ただ、その名が広く知れ渡ったのは、なんといっても3戦目のいちょうSだろう。
このレースの直線半ばで完全に進路を塞がれたエアグルーヴは、鞍上の武豊騎手が大きく立ち上がるほどの不利を受けた。しかし、すぐさま立て直されて鞍上が再び追い出すと、そこから驚異的な巻き返しをみせ、ゴールでは逆に1馬身突き抜け快勝。クラシック候補に躍り出た。
その後、阪神3歳牝馬S(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)で2着に惜敗し、翌年のチューリップ賞を5馬身差で圧勝したエアグルーヴは、桜花賞を熱発で回避したものの、仕切り直しとなったオークスを快勝。レース史上2組目となる母仔制覇を達成し、世代最強牝馬の座に就いたかと思われた。
ところが、それ以来の実戦となった秋華賞のパドックでフラッシュ撮影に反応してパニックに陥り激しくイレ込むと、結果10着に大敗。レース後には骨折も判明し、休養を余儀なくされた。それでも、復帰戦となった翌年6月のマーメイドSを快勝し、そこから中7週で臨んだのが、この年GⅡに昇格した札幌記念だった。
このレースで単勝オッズ10倍を切ったのは、エアグルーヴとジェニュイン、前走の函館記念を制したアロハドリームの3頭で、中でもジェニュインは皐月賞とマイルCSを勝利した実力馬だった。
一方、この時点でエアグルーヴが秋にどのようなローテーションを歩むのか、まだ正式には決まっていなかった。ただ、伊藤雄調教師は、一流牡馬のジェニュインとどれくらい勝負になるかでその後のローテーションを決める、具体的には、好勝負できれば天皇賞(秋)へ向かうつもりだった。
レースは、好スタートを切ったメジロスズマルを制してウインドフィールズが逃げた。エアグルーヴも五分のスタートを決め、先頭からおよそ5馬身差の中団7番手を追走。ジェニュインは、意外にも後ろから4頭目に控えていた。
レースが動いたのは3コーナー過ぎで、アロハドリームが仕掛けると、次いでエアグルーヴとジェニュインも進出を開始。とりわけエアグルーヴの手応えは良く、4コーナーで先行集団を射程に捉える中、直線を迎えた。
直線に入ってすぐ先頭のアロハドリームに並びかけたエアグルーヴは、本格的に追い出されると、残り200m地点で単独先頭に躍り出た。追ってきたのはエリモシックとジェニュインで、これら2頭が粘るアロハドリームに迫りはしたものの、後続を一気に突き放したエアグルーヴが接戦の2着争いを尻目に悠々とゴールイン。最高の形で4度目の重賞制覇を成し遂げた。また、接戦の2着争いを制したのはエリモシックで、5歳(旧馬齢表記)牝馬によるワンツー決着となったが、同馬はこの年の秋、エリザベス女王杯を勝利している。

その後、エアグルーヴは天皇賞(秋)へ直行した。待ち受けていたのは前年覇者バブルガムフェローで、直線では文字通り一騎打ちとなったものの、エアグルーヴはこの争いをクビ差制し優勝。牝馬として17年ぶりの天皇賞制覇を成し遂げ(2000mに短縮された84年以降では初)、さらにジャパンCが2着、有馬記念でも3着と好走したことが評価され年度代表馬にも選出された。牝馬の受賞は、トウメイ以来26年ぶりの快挙だった。
そして、翌98年はGⅠでこそ惜敗が続いたものの、シーズン初戦の大阪杯(当時GⅡ)を勝利すると、札幌記念は2着に3馬身差をつける完勝で連覇達成。年末の有馬記念5着を最後に引退し、繁殖入りを果たした。
繁殖となってからもエアグルーヴは超一流の成績を残した。直仔からはアドマイヤグルーヴとルーラーシップがGⅠを制し、それ以外にも2頭の重賞ウイナーを輩出。さらに、アドマイヤグルーヴは2015年の皐月賞とダービーを制したドゥラメンテ(種牡馬としてもリーディングサイアーを獲得)の母となるなど一族から数多くの重賞勝ち馬が誕生したことで、エアグルーヴは日本競馬を代表する名牝となった。
97年にGⅡへ昇格した札幌記念はそれ以来、多くのGⅠ馬が出走し、夏競馬最大のレースとしてその地位を確固たるものとした。エアグルーヴが97年に歩んだ札幌記念から天皇賞(秋)へ直行するローテーションは革新的で、その後ヘヴンリーロマンス、トーセンジョーダン、モーリスがこの臨戦過程で天皇賞を制した。その契機となり、札幌記念の価値向上に大きく寄与したのはエアグルーヴであると断言していいだろう。
■2014年 ハープスター
競走馬としてはもちろん、種牡馬としても超一流の成績を残したディープインパクト。その4世代目の産駒で、母の母に二冠牝馬ベガがいるハープスターは、ベガと同じ栗東・松田博資厩舎からデビューを果たした。

初戦は7月中京・芝1400mの新馬戦で、2着に1.3/4馬身差をつけ快勝。初陣を飾ったが、そのはるか上をいくパフォーマンスを披露したのが新潟2歳Sだった。
このレースで、道中は18頭立ての18番手。しかも17番手のウインフェニックスからやや離れた最後方を追走していたハープスターは直線、なんと残り300mだけで17頭をごぼう抜きし、ゴールでは逆に3馬身突き抜けるという離れ業を演じてみせたのである。しかも、2着イスラボニータは翌年の皐月賞を勝利するほどの実力馬。レベルの高いメンバー相手の完勝だった。
その後、ハープスターは阪神ジュベナイルフィリーズでレッドリヴェールの2着に惜敗するも、翌春のチューリップ賞を勝利すると、桜花賞ではレッドリヴェールに雪辱するかたちで末脚比べを制し快勝。ビッグタイトルを手中に収めた。
ところが、単勝オッズ1.3倍と圧倒的な支持を集めたオークスで、先に抜け出したヌーヴォレコルトを捕らえられず2着に惜敗。確実視されていた二冠達成を逃してしまった。それでも、陣営は秋の大目標を凱旋門賞に置き、その前哨戦として出走したのが札幌記念だった。
夏競馬最大のレースらしく、この年の札幌記念には4頭のGⅠ馬が出走していた。1番人気に支持されたのは、前走の宝塚記念で連覇を達成したGⅠ5勝馬ゴールドシップ。ハープスターがこれに続き、両馬の一騎打ちというのが事前の見立てだった。また、興味深いのは2頭の脚質で、ともに追込脚質に分類されるものの、ゴールドシップは長くいい脚を使うタイプ。一方のハープスターはキレで勝負する、典型的な瞬発力タイプだった。
そしてこれら2頭以外にも、前年の皐月賞馬ロゴタイプや、2年前のヴィクトリアマイルを制したホエールキャプチャなど素晴らしいメンバーが参戦。この年、新装された札幌競馬場には歴代3番目となる46,097人のファンが詰めかけ、場内は大いに賑わっていた。
レースは、揃ったスタートから前年の札幌記念を逃げ切ったトウケイヘイローが飛び出し、ロゴタイプとムーンリットレイクが続いた。これに対し、五分のスタートを切ったハープスターはスッと下げて後ろから2頭目に位置し、ゴールドシップはそこから5馬身ほど離れた最後方に控えていた。
2番手を4馬身ほど離して逃げるトウケイヘイローは、前半1000mを58.4秒のハイペースで通過。最後方ゴールドシップまでは20馬身近い差があったものの、これら2頭以外の12頭は10馬身ほどの圏内に固まっていた。
レースが動いたのはこの中間点付近で、早くもスパートを開始したゴールドシップが前との差を詰めはじめると、この動きを察知したか、ハープスターも上昇を開始。すると、馬群は一気に凝縮しはじめた。そして、続く4コーナーでゴールドシップがハープスターに並びかけようとする姿がターフビジョンに大写しになると場内からは大歓声が上がり、名勝負の予感が一気に高まる中、レースは直線を迎えた。
直線に入ると、前を一気に飲み込んだハープスターが単独先頭に立ち、内ラチ沿いへと進路をとった。追ってきたのはゴールドシップただ一頭で、直線半ば、一度は2頭の馬体が合わさったようにも見えた。それでも、もう一踏ん張りをみせたハープスターがわずかに差を広げると、最後は3/4馬身先んじて1着ゴールイン。絵に描いたような一騎打ちにゴール後、場内からは再び大きな拍手と歓声が上がり、真夏の大一番に相応しい名勝負は最高の形で幕を閉じた。
ハープスターはその後、ゴールドシップやジャスタウェイとともに凱旋門賞に出走。その中では最先着となる6着に健闘したものの、以後、それまでの凄まじい追込みは影を潜め、帰国初戦のジャパンCと年明けの京都記念は5着に敗れた。そして、R.ムーア騎手とのコンビで出走したドバイシーマCも8着に敗戦。帰国後の検査で、繋靭帯炎と種子骨靭帯炎を併発していることが判明し、関係者間で協議がなされた結果、引退となった。
結果的に、ハープスターにとってこの札幌記念が最後の勝利となった。ケガが原因とはいえ、新潟2歳Sや札幌記念のレースぶりから歴史的名牝になる可能性もあっただけに、非常に惜しまれる幕引きだった。それでも、ゴールドシップと演じた一騎打ちはGⅠに優るとも劣らない名勝負で、10年以上が経過した今なお多くの競馬ファンの脳裏に焼き付いている。
■2021年 ソダシ
日本で誕生した36頭目の白毛馬ソダシは、栗東・須貝尚介厩舎からデビューを果たした。初戦は7月函館・芝1800mの新馬戦で、2着に2.1/2馬身差をつける完勝。続く札幌2歳Sは従来のタイムを0.1秒更新する2歳コースレコードで連勝し、白毛馬として初めて芝の重賞を制した。
ソダシの快進撃はその後も続き、アルテミスSで重賞2勝目をあげると、年末の阪神ジュベナイルフィリーズではサトノレイナスの追撃をハナ差凌ぎ優勝。白毛馬として世界初のGⅠウイナーとなった。さらに、そこから4ヶ月の休養をはさんで出走した桜花賞では、3歳牝馬が春にマークしたと思えないほどのスーパーレコードで制し、デビューからの連勝を5に伸ばした。
ところが、二冠を目指したオークスは距離の壁に阻まれ8着に敗戦。生涯初の黒星を喫し、そこから3ヶ月の休養をはさんで出走したのが札幌記念だった。
このレースで、同じくGⅠ2勝の牝馬ラヴズオンリーユーに次ぐ2番人気に支持されたソダシは、13頭立ての大外枠から好スタートを決めた。そして、いつもどおり好位を確保すると、逃げるトーラスジェミニを2馬身前に見るかたちで2番手を追走。一方、ラヴズオンリーユーはそこから5馬身ほど離れた中団7番手につけていた。
1000m通過は59.9秒とミドルペースで、先頭から最後方ディアマンミノルまでは10馬身ほどの差だった。そして、レースが動いたのもこの中間点過ぎで、一気にまくりをかけたブラストワンピースが3番手まで上昇すると、これに呼応するようにソダシもスパート。トーラスジェミニを交わして早くも単独先頭に立った。さらに、続く4コーナーでウインキートスやラヴズオンリーユー、ペルシアンナイトといった実績上位馬がこれら2頭を追いかける中、レースは直線勝負を迎えた。
直線に入ってすぐ本格的にスパートを開始したソダシは、ブラストワンピースとの差を2馬身に広げた。ペルシアンナイトとラヴズオンリーユーがこれを追い、ゴール前100mでその差は1馬身に詰まるも、もうひと踏ん張りをみせたソダシが最後は大きな拍手に迎えられながら先頭ゴールイン。ゴール寸前でペルシアンナイトを交わしたラヴズオンリーユーが2着となり、結果的には単勝オッズ10倍を切った二強牝馬による順当な決着だった。

その後、ソダシは秋華賞で10着に敗れ、初めてダート戦に出走したチャンピオンズCでも12着と2戦連続で大敗を喫してしまった。それでも、年明けのフェブラリーSで3着と巻き返して復調の兆しを見せると、素晴らしいメンバーが揃ったヴィクトリアマイルを完勝。桜花賞以来、久々となるビッグタイトルを獲得した。そして、翌年の同レースでも2着に好走し、続く安田記念7着を最後に引退。故郷のノーザンファームで繁殖入りした。
25年に誕生した初仔は牝馬、2番仔は牡馬で、ともに白毛ではない(黒鹿毛と鹿毛)ものの、父は世界ナンバーワンホースに輝いたあのイクイノックスである。初仔のデビューは早ければ27年夏で、このきょうだいが、母ソダシの素晴らしい勝負根性とアイドル性、父イクイノックスの傑出したスピードとスタミナを併せ持つスーパーホースになることを期待せずにはいられない。
写真:かず、Horse Memorys、@pfmpspsm
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