
「非常に風変わりで、普通ではなく、ひどく不思議な様子」
これは「奇天烈」という言葉の意味である。少年時代、藤子・F・不二雄先生が描かれた「キテレツ大百科」という漫画を読んでいたから、この言葉の存在自体は知っていたが、意味まで深く理解しようと思ったことはなかった。なのになぜか「奇天烈」という言葉には強烈に興味を持っていたのを覚えている。
時が経ち、少年は大人になったが、気づけばそんな「奇天烈」じみた人生を歩み始めていた。大学は第一志望を不合格となり、別の大学に進学したのちに所属した部活は2年でやめ、直後にコロナ禍に巻き込まれる。そしてトドメは卒業に必要な単位数は圧倒的に足りているのに、なぜか必修の授業をたった1つだけ取り忘れているという大失態で留年。青春を夢見たキャンパスライフとは対極の位置にいた。
そこから1年で卒業することを条件に拾ってもらった飲食店の会社では、わずか半年で先輩・店長が常駐しない店舗に1人放り込まれてんてこまい。人間関係や目標数字への板挟みで精神をすり減らし、およそ自分が描いていた未来とはかけ離れた生活だった。
そんなことを続けていたら、丈夫だけが取り柄の体にも年末の激務でついにガタが来た。成人してから初めて40℃近い熱を出して仕事を休んで寝込み、目が覚めた15時頃、そういえば今日は今年最後の競馬をやっていたなとつけたテレビで、最初に映ったのがドゥラエレーデの姿だった。

ドゥラエレーデのデビューは6月の阪神芝1800m戦だったが、初勝利は札幌ダート1700m戦で挙げている。こうなれば全日本2歳優駿を目指すのが既定路線となりそうなものの、次走は芝のGⅡ、東京スポーツ杯2歳S。ここを4着としてホープフルSに臨んできた。単勝人気は18頭中14番人気とかなりの低評価だったが、芝での勝利がなく、重賞でも馬券圏内はなしというのに加え、鞍上はこの時点でJRAの芝で勝利がない、短期免許で来日中のB.ムルザバエフ騎手。人馬ともにコース実績が全くと言っていいほどないのでは、この評価になるのも無理はない。
しかしいざレースがはじまると、ドゥラエレーデは逃げたトップナイフの直後にすんなりつけ、勝負所で並びかけて先頭争いへ。後方から追い込んでくる人気各馬を寄せ付けず、そのまま2頭で叩き合いを繰り広げてゴールイン。最後はわずかにハナ差だけ、ドゥラエレーデがトップナイフを交わしてGⅠ初勝利を飾った。芝での初勝利がGⅠレースというのは、2014年のスノードラゴン以来。2歳GⅠに限るなら、13年の朝日杯フューチュリティS(当時は中山開催)でのアジアエクスプレスぶりの快挙であった。

会社を休んでこのレースを見ていた私は、トップナイフとキングズレイン(3着)の2頭軸3連複にドゥラエレーデが引っかかり、トップナイフから流した馬連もヒット。人生で初めてと言える、30万近い払い戻しを手にした。ボーナスがなかった当時、これは1年間頑張ってきた新卒の自分に対する競馬の神様からのご褒美かもしれない、と本気で思ったと同時に、これだけの偉業をやってのけてしまうドゥラエレーデという馬に対して、来年のクラシックはこの馬が中心になるのでは、と感じるほどの衝撃を覚えた。
しかし明けて3歳、ドゥラエレーデ陣営が初戦に選んだのは弥生賞でもスプリングSでもなく、なんとドバイのUAEダービー。ホープフルSの勝ち馬が緒戦でまたダートに再転向するなど、聞いたこともない。そしてこのレースをきっちり2着とすると、そのまま米国に飛んでケンタッキーダービーを目指すという報道が飛び込んできた。なるほど、この馬のスケールは日本のクラシックなどには収まらないということか。初の芝勝利をGⅠで飾っているだけに、その選択は妙に説得力があった。
だが球節の疲労で同レースは回避。ならばと目指してきたのは日本ダービーだった。全く、常識から外れたレース選択を見せてくれるものである。当日は無敗で皐月賞を制したソールオリエンスが断然の1番人気に推されるなか、ドゥラエレーデは8番人気。だが、ホープフルSを先行して粘り切ったあの二枚腰に強烈な感動を覚えていた私は、皐月賞馬を差し置いて堂々の本命を打っていた。不利と言われる8枠17番でも、忘れられない走りを見せて栄冠を勝ち取ってくれるはずと期待を寄せ、当日は現地に赴いた。

そしてドゥラエレーデは、たしかに忘れられない場面を作り上げた。スタート直後に落馬という形で。幸い、人馬共に大事には至らず、レース中に他の馬へ大きな迷惑をかけることはなかったが、私の応援馬券はゲートが開いた瞬間、紙屑となった。その姿を東京競馬場の内馬場から見届け、呆然としてしゃがみ込む私に「あんちゃん残念だったなぁ!!」と笑顔で声をかけてくれたおっちゃんのやさしさは忘れられない。
通常の3歳馬であればここでひと息いれるところだが、ドゥラエレーデにそんな常識は通用しない。同世代が夏休みに入るなか、宝塚記念に出走し10着。そして3か月後、9月のセントライト記念(8着)で実戦に復帰する。そこからは再びダートに矛先を変え、チャンピオンズC、年末の東京大賞典で3着に好走。芝からダートに主戦場を移して、いきなりこの成績である。これにより、年明けには「クラシックを目指すGⅠ馬」だった世間の評価は、すっかり「ダートチャンピオンを目指す馬」に変わっていったように思う。そんな3歳馬は、果たしてこれまでどのくらいいただろうか。型破りな一面をのぞかせるドゥラエレーデという馬に、私はどんどん惹かれていった。
そして翌年、ドゥラエレーデがフェブラリーS、ドバイワールドCとダートの大舞台を歩み続けるなか、私は会社を退職し、フリーのライター一本でやっていくことを決めた。収入が安定している会社員と違い、当然、不安定な道を進むことになる。上司や同僚、親からは行く末を心配された。
何より、現在、学歴社会の日本においては就職で比較的有利になり得る「大卒」というカードを捨ててまで、どこの会社にも属さないフリーランスとしてやっていくには、まだ社会経験も、ライターとしての実力も間違いなく足りなかった。だからいきなりそんな「奇天烈な道」を行くのではなく、もっと安定した会社員として社会人キャリアを歩みながらライターを続けて、機会があったら独立するべきだと諭してくれた知人もいた。
だが、当時の私にはそんなことを考える余裕はなかった。とにかく現状から逃げて、自分のしたいことに全力で取り組みたいという想いが強かったのだ。そのためなら、「奇天烈な道」でも構わないと感じるくらいに。だから、芝で結果を残しながらダートに転向し、そこでも奮闘している、通常の馬とは全く違うローテーションを歩んでいるドゥラエレーデには勝手な親近感を覚え、応援を続けていた。休養を終え、エルムSに出走して2着となった時も、またここから秋のダート路線を目指してくれるはずだと信じて疑わなかった。
まさかその感情を抱いた翌日に、中1週で札幌記念に出走すると発表するとは──。さすがにその報を知った時は、自分の目と耳を疑った。でも、ドゥラエレーデはそれでいいのかもしれない。常識という枠にとらわれていないからこそ、人々から「奇天烈」と思われるからこそ、誰かを惹きつけてやまない魅力があるのかもしれない。出遅れて10着に終わった同競走だったが、ドゥラエレーデを応援する声が札幌競馬場のあちこちから聞こえてきたのは、当時の私を元気づけるものだった。どんな道を歩もうとも、必ず応援してくれる人はいるのかもしれないな、と。
結局、ドゥラエレーデはホープフルS以降、勝利を挙げることは叶わぬまま25年の12月にJRAの競走馬登録を抹消。種牡馬入りを目指すという話であったが、そこからまた一転して大井に移籍し、8か月ほど現役を続けたというのも、本当にこの馬らしい生き方である。

現役時代に走った競馬場の数は12。跨ったジョッキーは15人にものぼる。出走のたびに「次はどこを走る」「誰が乗る」とニュースになったのも、ドゥラエレーデという馬が型にハマらない、オールラウンダーな才能を持ち合わせていたからなのかもしれない。
「奇天烈」は、とことん突き進めると「才能」になる──。漫画「キテレツ大百科」でも、江戸時代に周囲から「異端」と言われていたキテレツ斎が書き残した奇天烈大百科は、後年、天才発明家のノートとして主人公の木手英一に受け継がれることとなる。ドゥラエレーデのローテーションもまた、毎回1着という結果は残せなくとも、芝・ダートの双方で結果を残してきた。一つの路線で結果を残すことさえ難しい競馬の世界で、異なる条件で好走を見せたことは、それ自体が大きな才能に違いないだろう。
2026年、会社を辞めて3年目を迎えた私。様々な方にご助力いただいているおかげで、なんとかフリーのライターとしてやっていけている。そんな私はこれからも周囲から「奇天烈な奴だ」と思われ続けるかもしれない。それでも貫き通すことで、間違いなくそれは誰にも負けない才能に変わる瞬間が来ると信じている。私はドゥラエレーデから、そんなことを教えてもらい、同時にずっと、勇気づけられてきたような気がする。
ありがとうドゥラエレーデ。第二の馬生が良いものになるよう、心から応援しています。

写真:s1nihs、ぼん(@Jordan_Jorvon)
![[今週の注目]神戸新聞杯へ - ロブチェン&松山弘平騎手、三冠への始動!](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/09/0O9A2788-300x200.jpg)
![[大狩部牧場代表・下村優樹ブログ]愛すべき繁殖牝馬「ハナブショウ」~大狩部だより(第5回)~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/09/2026091601-300x225.jpg)