
甲冑をまとった騎馬武者が行き交い、色鮮やかな旗指物が風に翻る。
相馬野馬追の景色には、遥か昔と現在がひとつにつながったような不思議な時間が流れている。勇壮な装束に身を包んだ武者と馬。沿道に集まった人々の熱気と喧噪のなかを、一頭一頭がそれぞれの役目を果たすように進んでいく。
その中に、祭礼馬となったブラックホールの姿がある。

競馬場を離れてからも、こうして人々のすぐそばにいる。声援を浴びカメラを向けるファンに囲まれながらも、慌てることなく、しっかりとした足取りで歩みを進める。甲冑武者を背にしたその姿は競走馬だった頃とはまるで違うけれど、小柄な馬体に宿る力強さに、競走馬を引退した今も「現役の馬」であることに気づかされる。
彼はいまも彼の地で、自分の役目を果たしている。
その誇らしげな佇まいに、彼が駆け抜けた札幌2歳Sを思い出す。
それは2019年、ゴールドシップの初年度産駒が競馬場へ送り出されたばかりの頃だった。現役時代に数々の名勝負を演じた白い個性派が種牡馬としてどんな子を送り出すのかは、まだ誰にも分からなかった。
種牡馬デビューから3ヶ月間で勝ち上がったゴールドシップ産駒は、わずか2頭。決して出足が早いとは言えないなかで迎えた札幌2歳Sには、その2頭、ブラックホールとサトノゴールドが顔を合わせていた。
結果はブラックホールの勝利。そしてサトノゴールドが2着。種牡馬として歩み始めたばかりの父にとって最初の勲章を、その2頭がワンツーで届けた。
道中は後方でじっくりと構え、勝負どころで大外から一気に進出する。4角で大きく外に振られながらも勢いは削がれず、深い緑の洋芝を蹴りながら長く、長く脚を伸ばしていく。
小柄でバネを感じる馬体から繰り出される走りは、決して器用ではない。優等生のように好位から抜け出すのでも、一瞬の切れ味で相手を置き去りにするのでもない。
それでも、自分のリズムを崩さず、気の強さを前面に出して突き進む姿に、父の面影が重なった。
白かった父とは、毛色も馬体の雰囲気も少し違う。けれどわずか420キロほどの身体に秘められた、どこまでも前へ進もうとする力に、確かに父から受け継いだものを感じた。
あの日、種牡馬ゴールドシップの未来にひとつのはっきりとした輪郭が生まれたように思う。

3歳になったブラックホールは、皐月賞、日本ダービー、菊花賞と三冠路線を完走した。無敗の三冠馬となるコントレイルの壁は高かった。それでも菊花賞では父譲りのスタミナで後方からしぶとく脚を伸ばして5着。コロナ禍で声援の消えた競馬場で、静かな意地を見せた。
思えば競走馬時代のブラックホールは、ゴールドシップの種牡馬としての第一歩を支える役目があったのだと思う。
豪快で不器用で、どこか愛嬌がある。父のような恵まれた馬体がなくても、最後まであきらめずに走る。完璧に整った優等生ではないけれど、どこか心に焼き付く黒鹿毛馬。ブラックホールはゴールドシップ産駒の「らしさ」を、最初にファンへ教えてくれた一頭だった。

その後、ゴールドシップからはさまざまな個性を持った産駒が登場した。大きなタイトルを手にした馬もいれば、ファンの記憶に残る走りを見せた馬もいる。そんな物語の原点のひとつとして、種牡馬としての第一歩を支えた孝行息子の姿が浮かんでくる。
明け4歳の1月の万葉Sを最後に脚部の故障でターフを去った。そして今、彼は競馬場ではない場所で、また人々の視線を集めている。
相馬野馬追。
甲冑をまとった武者を背に、歴史の中から抜け出してきたような馬たちが行き交う。舞台を競馬場から伝統の神事へと変え、彼はファンのすぐ目の前を堂々と歩いていく。
今もここにいるよ、と誇らしげに語りかけるようなその姿に、「らしさ」は引退しないのだと教えられる。
競走馬としての役目を終えたあとにも、馬にはできることがある。
誰かを乗せて歩くこと。人の歴史を支え、人の目を楽しませること。そして、かつてターフを沸かせた姿を思い出してもらうこと。
札幌の深い緑の中で見せた、あの豪快な走り。小さな身体いっぱいに秘めていた闘争心と愛嬌。それらは今も、相馬野馬追の風の中で息づいている。
ゴールドシップ産駒の物語が始まったあの日から、時は流れた。
ブラックホールは、今日も人々の前を歩いている。
人と馬がともに歩む物語を紡ぎながら。遠い昔から続く祭りのなかで、現在を力強く生きながら。

写真:笠原小百合、Horse Memorys、横山チリ子

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