[有馬記念]人生の道しるべ、有馬記念。ディープインパクトが負けた日、そして、飛び立った日──。

有馬記念は人生の道しるべだ。

その年最後の祭典・有馬記念がやってくると、私は自然とこの一年に思いを馳せる。だから、有馬記念を振り返ると、その年が自分にとってどんな年だったのか、そんな自分史も同時に甦る。

どこでどんな心境でその有馬記念を観戦したのか……。必ずしも明るい気分だけではない。大きな挫折を味わった年の有馬記念はほろ苦く、大切な人を失った年はその人を思い出し、幸せな出来事があった年は温かい。決して忘れられない一年を締めくくった有馬記念はさぞ特別なレースだろう。有馬記念を思い出すと、過去の扉も同時に開く。それぞれの心の中に大切な有馬記念がある。よくドラマチック有馬といわれるが、ドラマの主役は自分自身だったりもするのだ。

私にとって、有馬記念ほど胸の高まりを抑えられないイベントはない。世界一馬券が売れる有馬記念は、中山競馬場が一年でもっとも注目されるレースだからだ。中山は私がはじめて訪れた競馬場。いわば私の競馬の原点だ。その出会いから20年以上たった今でも中山開催開幕と聞くと、行きたいという気持ちを抑えられない。外回りの頂上付近から一気に駆け下りる芝1200m、スタート直後に2コーナーへ突入する芝1600m、芝スタートのダート1200m、さらに有馬記念前日、中山大障害が行われる大障害コースの大生垣、大竹柵。中山競馬場は私にとって愛すべき"クセスゴ"競馬場だ。最後の直線はたった310mだが、立ちはだかる急坂が見応えを何十倍にも増幅させる。

有馬記念は中山芝2500m。スタート直後に外回り3コーナーへ突入、スタンドの大歓声に迎えられ、その後は内回りに入る。コーナーは6回。中山でもっともトリッキーな舞台だ。なぜこのコースで有馬記念を行うのか、前身の中山グランプリをつくった有馬頼寧氏に聞けるものなら質問してみたい。

──そしてこの中山芝2500mは、あのディープインパクトの前にも立ちはだかった。

2005年、無敗でクラシック三冠を制し、英雄と称されたディープインパクトは3歳シーズンを締めくくるべく有馬記念に出走した。ファン投票16万票超、単勝オッズは1.3倍、スタンドには16万人を超える大観衆。そのほとんど全員が、ディープインパクトの勝利を確信していたにちがいない。

ところが、中山芝2500mを味方にハーツクライがそれを阻む。逃げる8歳タップダンスシチーはスローに落とし、かつてのようなロングスパートではなく、ギリギリまでペースを上げず、後続を金縛りにかける。ディープインパクトは、それまでよりはちょっと前の1コーナー11番手。武豊騎手は確かに中山を強く意識していた。だがハーツクライはさらに前、好位3、4番手。まさかのまさかの先行策だった。

淡々としたペースを嫌ったコスモバルクが動いた最後の第4コーナー。ディープインパクトは外目を進出し、勢いよく6番手へ。前をきっちり射程圏内に入れた場面、みんな飛ぶような末脚を想像した。だが、ハーツクライのC.ルメール騎手はその仕掛けを待っていた。ディープインパクトが並びかける寸前、ここしかないというタイミングでハーツクライにゴーサインを送る。先を行くハーツクライ、迫るディープインパクト。

インティライミやアドマイヤジャパン、クラシックで一矢報いんと奇襲を仕掛けたライバルたちをディープインパクトは外から必ず捕らえてきた。しかし、ハーツクライはそうはいかなかった。力強い末脚で激しく抵抗する。さらに高低差2.2mある中山の急坂がディープインパクトを待ちかまえる。早めにスパートしたからか、最後の急坂でディープインパクトははじめて武器である末脚を削られ、最後はハーツクライと同じ脚色に。わずか半馬身及ばずの2着。デビュー8戦目の黒星だった。

ハーツクライがディープインパクトに劣らない実力を持っていたことは、翌年ハーツクライが世界で活躍したことで証明される。つまり、ディープインパクト生涯初の敗因は、ハーツクライ自身の成長とルメール騎手の戦略が中山競馬場を味方につけ、プラスαを得たことにある。ディープインパクトは中山芝2500mだからこそ負けたのだ。

しかし、英雄はこのままでは終わらない。翌年、陣営は引退レースに有馬記念を選択。再び中山芝2500mに挑戦した。残念ながらハーツクライは喘鳴症のためジャパンCでディープインパクトに2.6差つけられ、その後引退。有馬記念での世紀の再戦とはいかなかった。

それでも舞台は中山芝2500m。なにが起こるかわからない。さあどうする、ディープインパクト。

前年、中山を意識した位置取りだったディープインパクトが今度は後方3番手を進む。末脚及ばずだった昨年を踏まえ、あえて下げるとは──。レースはアドマイヤメインが大逃げを打ち、好位にその年の二冠馬メイショウサムソンとダイワメジャー、ポップロックら実力馬がつける。

そして残り600m標識。ディープインパクトが静かに動きはじめる。前年のように好位を目がけ、一気にエンジンの回転数をあげない。まるで武豊騎手とディープインパクトが会話しながら、トップスピードに入るタイミングを計っているかのようだった。去年きつかったあの急坂を駆けあがるために、先頭でゴール板を駆け抜けるためにどこから羽ばたけばいいのか。そんな人馬の意見が一致したのが中山の第4コーナー、残り400m標識だった。

最後の雄姿をこれでもかとファンの目に焼きつけるように、その雄大な翼をターフいっぱいに広げたディープインパクトが先頭で踏ん張るダイワメジャーを飲み込んでいく。そして、前年立ちはだかった中山の急坂はいつの間にかディープインパクトが未来へ向けて飛び立つ滑走路になった。

あの日、ディープは中山競馬場から飛びたった。

私はそれを孤独なワンルームマンションの小さなテレビで目撃した。このとき、人生の迷いのなかにいた。進むべき道がぼやけていた私の目の前を英雄は力強く羽ばたいていった。私に未来へ歩み出す希望を残して。

写真:Horse Memorys

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