[牝系図鑑]アグネスフライト、アグネスタキオンを輩出。スピード、スタミナ兼備のイコマエイカン牝系。

サイアーラインや近親交配を中心に語られることが多い血統論だが、牝系を通じて繋がるDNAはサラブレッドの遺伝を語る上で非常に重要な要素だ。
この連載では日本で繁栄している牝系を活躍馬とともに紹介しその魅力を伝えていく。
今回取り上げるのはアグネスフライトやアグネスタキオンなどを輩出したイコマエイカンの牝系だ。

芝中距離で絶対的な存在感を放った名牝系。いざ再興へ。

代表馬
・アグネスフライト
・アグネスタキオン

イコマエイカン

英国で生産されたヘザーランズを明治牧場が輸入したのがこの牝系の始まりだが、その際にお腹の中にいた馬がイコマエイカンであり、勢力のほとんどはこのイコマエイカンを根幹とする馬が形成している。

イコマエイカンの3代母Light Brocadeは34年英オークス馬だ。100年近く前の馬となると血統表を素直に信じていいかどうかという問題はあるのだが(サンプルの中でファミリーナンバーと照らし合わせた際にミトコンドリア遺伝子の不一致例が散見され、遺伝子が合致する解析結果が出た馬は6割程度に留まったとの論文も発表されている)、ひとまず血統表が正しいという前提で話を進めるならば、勢いの差こそあれど長きに渡って活躍馬を輩出し続けているロマン派牝系と言えるだろう。

多くの分岐からG1級、重賞級のサラブレッドを輩出している牝系で、その根底に眠るイコマエイカンのミトコンドリアDNAの素晴らしさには目を見張るものがある。
一時期はファミリーから活躍馬が出なくなってしまった時期もあり、盛者必衰、終わってしまったかとも思われが、イコマエイカンを6代母に持つブレイキングドーンが19年ラジオNIKKEI賞勝ち、5代母イコマエイカンのアグネスフォルテが16年京都新聞杯で2着するなど、ここにきて名牝系再興の兆しが感じ取れる。

イコマエイカン牝系の特徴としてまず挙げたいのは、類まれなるスタミナと大舞台での底力だろう。
代表馬にあたるアグネスフライトやアグネスタキオンはスピード性能の高い馬だったが、これはイコマエイカンに豊かなスピードを持った種牡馬(ロイヤルスキー→サンデーサイレンス)を2代続けてつけたことによるものではないかと考えられる。

勢力を伸ばす3つの分岐。

繁殖として活力を継続した産駒はクインリマンド、アグネスレディー、ヤングサリーの3頭。
面白いことにこの3頭は全てがリマンド産駒。
これは恐らく馬主の意向もあったのだと思われるが、結果的にはそれが大成功だった。それぞれの特徴や活躍馬を紹介していこう。

牝系図
クインリマンド、アグネスレディー、ヤングサリー

①クインリマンド

まず1頭目はクインリマンド。
クインリマンド自身は重賞勝ちこそないものの、桜花賞2着やきさらぎ賞2着の実績馬だ。

産駒には91年スプリンターズS3着など芝ダート問わずスプリント戦で活躍したハスキーハニー(父ノーザンディクテイター)がいる。
ハスキーハニーの場合はノーザンディクテイターの米国的なスピードが全面に出ていて、迫力満点のトモから繰り出されるダッシュ力が武器の一頭だったから、イコマエイカン牝系としては少々異色の存在だった。

その後は重賞級の馬を出せずにいたが、ハスキーハニーの孫にあたるマイネルハニー(父マツリダゴッホ)が16年チャレンジCを勝利するなど芝中距離戦線で活躍。
マイネルハニーはハスキーハニー×ナリタブライアン→マツリダゴッホとつけられたが、ハスキーハニー、ナリタブライアン、マツリダゴッホのそれぞれの良いところを凝縮した一頭のように感じる。ダッシュ力があって先行してしぶとく、それでいてスタミナも豊富、道悪や時計のかかる馬場も得意だった。もちろん、ナリタブライアンやマツリダゴッホのエキスが注入されてのことではあるが、ハスキーハニーから2代経て、またイコマエイカン牝系らしい馬が出たなと感じたことは鮮明に覚えている。

②アグネスレディー

2頭目はアグネスレディー。
イコマエイカン牝系を名牝系に押し上げたのは間違いなくアグネスレディーの功績あってこそだろう。
自身は79年オークス馬であり競走馬としても一流。加えて繁殖実績も抜群。直仔のアグネスフローラが90年桜花賞勝ち、オークス2着とし、孫世代以降にはアグネスフライト、アグネスタキオンが並ぶ。
血統表だけで語るならばクインリマンドもアグネスレディーもヤングサリーも全て同じなわけだが、こうやって遺伝子の発現性がそれぞれ異なっていて、競走成績やその特徴に差が出るのが血統の面白さだと感じさせられる。

アグネスレディーからは前述のアグネスフローラに加えてアグネスシャレード、アグネスオーロラの計3頭が中心になって枝を伸ばしているので、それぞれ解説しよう。

②-1 アグネスシャレード
アグネスシャレード

イコマエイカン→アグネスレディー系の1頭目はアグネスシャレード(父ターゴワイス)だ。

間違える人はいないかもしれないが、実はアグネスシャレードという馬はイコマエイカン牝系に2頭いる。
14年産で父ディープブリランテ、5代母にイコマエイカンの「2代目」アグネスシャレードがいるのだが、今回解説するアグネスシャレードは84年産の「初代」アグネスシャレードであることは最初に断っておこう。

アグネスシャレード自身は現役わずか5戦でエルフィンS2着や紅梅賞3着の実績があるが、競走能力の全てを見せないまま早期引退してしまった。
繁殖としては優秀でJRA複数勝利馬をコンスタントに輩出していたが、アグネスシャレードの地位を確固たるものにしたのは、なんといっても産駒のアグネスパレード(父バンブーアトラス)だろう。
アグネスパレードは勝ち鞍こそ新馬戦とチューリップ賞の2つだが、94年オークス3着、同年エリザベス女王杯3着をはじめとして何度も重賞で馬券に絡む活躍を見せた。

アグネスパレード

アグネスパレードは自身の父がバンブーアトラスで、母父がターゴワイスという血統。
ターゴワイスといえばスピードがあって持続性能の高いタイプで柔らかさもある種牡馬。
父のバンブーアトラスは豊富なスタミナを有する産駒が多いのが特徴だ。
アグネスパレードに関してはターゴワイスが絶妙に良い仕事をして見せたように感じられて、スピード豊かで柔らかさのある芝中距離馬に仕上がった。
とはいえ、その根底にはイコマエイカン牝系の底力やスタミナ、バンブーアトラス由来のスタミナの下支えがあったのは間違いなくて、桜花賞よりもオークスでパフォーマンスを上げてきた理由はこのあたりにありそうだ。

そんなアグネスパレードは繁殖牝馬となって2頭しか産駒を残せず、99年に早々と亡くなってしまい、アグネスレディー系の中では目立たない枝になってしまった。ただただアグネスパレードの早逝が悔やまれる。

②-2アグネスフローラ
アグネスフローラ

イコマエイカン→アグネスレディー系の2頭目はアグネスフローラ(父ロイヤルスキー)だ。

イコマエイカン→アグネスレディー系の中で最も存在感を示している馬と言っても過言ではないだろう。
アグネスフローラは父がロイヤルスキーで、先ほどのアグネスシャレードないしはアグネスパレードと比べると、よりスピードに寄せた種牡馬がつけられていたと解釈できる。
それが功を奏したのか、アグネスフローラ自身も90年桜花賞勝ち、同年オークス2着の活躍をして見せた。
その後、屈腱炎を発症し6戦5勝の成績で引退したが、繁殖牝馬としては現役時代に勝る活躍を見せる。

直仔には「河内の夢か、豊の意地か、どっちだー!」でお馴染みの00年ダービー馬のアグネスフライト(父サンデーサイレンス)、その兄以上の逸材と言われた01年皐月賞馬「超高速の粒子」アグネスタキオン(父サンデーサイレンス)がいる。

アグネスフライト、アグネスタキオン

サンデーサイレンスという最高の種牡馬の遺伝子を獲得し、イコマエイカン、ないしはアグネスレディーのDNAは瞬く間に最高点に到達した。
アグネスタキオンは屈腱炎のためたった4戦で引退してしまったが、その4戦は全て危なげない勝ち方。
倒した相手(ジャングルポケット、クロフネ、マンハッタンカフェ等)を考えれば、怪我さえなければ伝説となっていたのではないかと、もしもの世界を考えさせられる一頭だ。
フライト、タキオン兄弟というのはスタミナや底力に寄っていたファミリーに2代続けてスピードを添加し、より奥行きのあるサラブレッドが出た瞬間だったのだろう。
ある意味ここで血統が完成してしまったというところもあったのかもしれない。その2頭以来アグネスフローラのファミリーは静かに枝を伸ばすに留まった。
しかし、フライトやタキオンの半姉アグネスセレーネ(父トニービン)のひ孫から19年ラジオNIKKEI賞勝ちのブレイキングドーン(父ヴィクトワールピサ)が出た。
これが名門再興の兆しなのか、この先が非常に楽しみなファミリーだ。

②-3 アグネスオーロラ
アグネスオーロラ

イコマエイカン→アグネスレディー系の3頭目はアグネスオーロラ(父イルドブルボン)だ。

アグネスオーロラの父イルドブルボンは前述の2頭、アグネスシャレード、アグネスフローラの父(ターゴワイス、ロイヤルスキー)に比べるとスピードでは一枚劣る種牡馬だったことは否めない。
それがアグネスオーロラが2頭の姉に見劣ってしまった一因だったのかもしれない。
とはいえひ孫世代に16年京都新聞杯2着のアグネスフォルテ(父ハービンジャー)が出た。アグネスフォルテはアグネスオーロラからダンスインザダーク→フレンチデピュティ→ハービンジャーという流れの血統背景の持ち主だが、スピード性能の高いフレンチデピュティが挟まったことが良かったのかもしれない。それでも芝中距離で持続性能を活かす競馬に落ち着いている。
今の日本の種牡馬情勢を考えればスピードタイプの上質な種牡馬はいくらでもいるので、今後イコマエイカン→アグネスレディー系の中で勢力を伸ばすのは、意外にもアグネスオーロラかもしれない。
個人的にはアグネスフォルテの半妹でカタオカファームにいるバージョンアップ(父エピファネイア)という繁殖に注目している。

③ヤングサリー

イコマエイカン→アグネスレディーの話が長くなったので、もはやアグネスレディーの回みたくなってしまったが、イコマエイカン牝系の回であることを今一度思い出していただきつつ、次はイコマエイカン牝系で勢力を伸ばす3頭目の繁殖、ヤングサリーをご紹介したい。

前述の通り①クインリマンド②アグネスレディーの全妹にあたる一頭。
競走馬としては1勝を挙げるに留まり、繁殖としても重賞級の産駒を出すことはできなかった。

ただ直仔マークプロミス(父トウショウボーイ)からは04年ファンタジーS3着のリヴァプール(父ダンスインザダーク)が出て、その半姉にあたるプロミストーク(父ジェイドロバリー)の産駒からは04年京王杯2歳S3着、05年アーリントンC2着の実績があるセイウンニムカウ(父カーネギー)が出た。
ヤングサリーの枝は代を経るごとに適性距離が短くなってきていて、ダート向きの産駒も多数出ている。
つけられてきた種牡馬の傾向がクインリマンド、アグネスレディーとは大きく違うことが要因だと考えられるが、イコマエイカン牝系らしい適性に振り戻して成功したパターンがまさにリヴァプールだった。
リヴァプールは芝の短距離で2連勝し、ファンタジーS3着の後、阪神JFでも8着とする。その後、降級を経て当時の500万条件で頭打ち。古馬になってから芝2500、2000、2400と長めの距離に伸ばして本格化し、3連勝でOP馬になった。
もちろん成長曲線が緩やかだったというのは3連勝の一つの要因かもしれないが、リヴァプールの走りを見ていると、やはりこのファミリーは距離はある程度長めを意識した配合を考えるのが面白いのではないだろうかと感じる。

今後も芝中距離を舞台に一族再興を期待して。

今回は3頭の牝馬から伸びる枝を中心にイコマエイカン牝系の魅力をお伝えした。
どの枝からも芝の王道路線で戦えるだけの適性を感じ、同時多発的に重賞級が現れてきていることを見ると、今後もう一度アグネスフライト、アグネスタキオンのような光り輝く活躍馬が出てくることを期待したくなる。
イコマエイカン牝系の繁殖は社台グループ以外の牧場で血を繋いでいる馬が多く、2022年にもユニオンOCに1頭ラインナップされていた。
一度勢いが落ちてしまったこともあり、セリ市場や一口馬主クラブでは牝系が持つポテンシャルよりお買い得に購入、ないしは出資することが可能となっている印象だ。
優れた下地があるにも関わらず、世間の評価が低いのであれば、狙いはまさしく今なのかもしれない。

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