
秋のGⅠシーズンの幕開けを告げる短距離GⅠレース。それがスプリンターズSだ。古くから『電撃の6ハロン戦』と称されてきた。
歴史あるこの賞を征した馬には、個性溢れる面々が集う。その中でも、私が書き残したいと強く思い立った馬が、ジャンダルムだった。
スイスのアルプス山脈にある難攻不落の名峰・アイガーの絶壁から名を採った彼の生涯。この名を反映したのか、それは困難の連続であった。距離適性に悩み、苦戦を重ね、どん底も経験した。戦績全30戦中1番人気になったレースはたったの3つ。1番人気からの1着は一度しかない。それでも、彼は希望を見失うことなく頂上を目指し、己の宿命という絶壁を登り続けた。
そんな古兵(ふるつわもの)、ジャンダルムの蹄跡をこれから綴ろう。これが彼への『はなむけ』になると願いながら。
約束されたはずの栄誉
後にジャンダルムと名付けられる仔馬は、2015年にアメリカで生を受けた。
ジャンダルムの母については有名だ。もしかすると説明不要かもしれない。短距離路線の双璧GⅠレースのスプリンターズSと高松宮記念を制した名牝ビリーヴである。牡馬混合のGⅠでは牝馬の活躍が現代ほど目立っていなかった時代に、ビリーヴは並み居る優駿を押しのけて、短距離界の頂点を勝ち取った。その栄光は今でも色褪せない。

父はアメリカの中距離レースで活躍した名種牡馬キトゥンズジョイ。種牡馬として二度も北米リーディングサイアーを獲得した実績を持つ。ジャンダルムはこれ以上ない超良血といってよかった。
だから、ジャンダルムは生まれながらにして、人々からの期待をその一身に受けた。馬主がビリーヴと同じ前田幸治氏で、新馬戦の鞍上も母ビリーヴがGⅠを初めて制覇した時の相棒であった武豊騎手だった所にも、それは現れている。幼少期から賢く大人しいと評判で、父譲りの鋭い末脚と、母から受け継いだ馬群をかわすフットワークが頼もしく見えた。17年の新馬戦をスムーズに勝ち上がり、デイリー杯2歳Sも制覇。年末のGⅠ、ホープフルSは2着、年明けの弥生賞でも3着と存在感を誇示し、クラシック戦線での活躍を期待させた。照準はもちろん日本ダービーでの優勝だ。


しかし、ここからジャンダルムの長い苦難の行軍が始まるとは、誰も思いもしなかった。
4番人気で臨んだクラシック一冠目の皐月賞は9着。二冠目のダービーではなんと17着のブービーという惨敗を喫してしまう。
のちの活躍を思えば、スプリント戦以外のレースでも好成績を収めていた2歳時の走りは、やはり彼自身の能力の高さを示すものだった。しかし、マイルや中距離を得意とするライバルが本格化を遂げてしまえば、太刀打ちできなくなっていった。
クラシックで結果を出せなかったジャンダルムは、新たにマイル路線へ活路を見出す。しかしジャンダルムはこの条件でも二桁着順を重ね、最下位も経験してしまう。この頃の彼はゲート難で、スタートで出遅れるのが多かった。なかなか成績も安定せず、馬自身の適性もいまひとつ掴みづらいという状況下となると、ターフを退いた馬も少なくない。1度低迷してしまうと、再び上昇するきっかけを得るのも難しくなることも多いのかもしれない。
だが、ジャンダルムは、実直に走り続けた。そのひたむきさに、母ビリーヴの面影が見えた。ジャンダルムの我慢強く動じない温厚な性格は、ビリーヴに似たのだろう。ひょっとすると、母から何かを学んでいたのではないか――そう思いたくもなる姿であった。
彼のマイル路線挑戦は結局、リステッド競走1着が一度のみ。そこから、ジャンダルム陣営は目先を変える。5歳秋からは主戦騎手を新進気鋭の荻野極騎手へ変えて、短距離路線を進む方向へと舵を切った。この決定には相当な覚悟が必要だったろう。なぜなら、ジャンダルムには2歳から5歳途中まで一度も、短距離レースを走った経験がない。けれど、母ビリーヴとの絆に、陣営は賭けたのかもしれない。
この勝負は当たる。短距離転向後の一戦目、信越Sでジャンダルムは見事優勝した。久々の勝利に手ごたえを感じたのか、ここから陣営は彼の残り少ない現役生活を短距離路線の出走へ集中させていく。6歳初戦の阪急杯で3着、続く春雷Sを勝利するなど、短距離戦線で存在感を高め、7歳時のオーシャンSでは4年4か月ぶりに重賞を勝利。古兵となったジャンダルムの長い苦闘の先に、ようやく頂が見え始めていた。

谷底で凍えた者だけが、山頂の素晴らしさを知る
さて、22年のスプリンターズSで私が注目していた馬は、メイケイエールであった。白状すると、私は彼女の大ファンである。前哨戦のセントウルSも快勝し、調子も上々。彼女のファンとしては、もう他に選択肢はなかったのだ。他にナムラクレアとナランフレグも有力馬として見ていた。しかし恥ずかしながらジャンダルムのことは、意識の外にあった。彼の苦闘も知っていたが、予想はしっかり無印であったように思う。
秋初めてのGⅠレースであるスプリンターズS。期待、緊張、焦燥、興奮、渇望。様々な情念が中山競馬場という坩堝の中で煮えたぎる。
そんな熱気が渦巻く中、この年の電撃6ハロンの火蓋が切られた。大方の予想通り、テイエムスパーダが先手を主張する。しかし、切れ味鋭くジャンダルムが一瞬だけハナを奪った。彼は直後に控えて、テイエムスパーダとファストフォースに先頭争いをさせ、己の体力を温存するように3番手へと下げた。
私はジャンダルムの走りを久々に見て、それほど前目の競馬をする馬だったかと不思議に思った。私のような競馬ファンがジャンダルムの存在を忘れている間にも、彼は5年もの間、試行錯誤して、戦術を研ぎ続けていたのだ。
道中でも逃げ馬を風よけにするかのように、ジャンダルムは好位を維持し続ける。電撃戦の名の通り、前半600mは32秒7というハイペースとなり、あっというまに馬群が第4コーナーを回り切り、直線を向く。有力馬たちが、我先に前進しようかという姿勢を見せる。
その時だった。
ジャンダルムが、テイエムスパーダをかろやかに避けて、先頭に立った。

その姿に、高松宮記念でビリーヴの魅せたあの走りが、私の脳裏に過ぎった。
そうだ。あの時のビリーヴも、2番手から華麗なフットワークで抜け出して、1着を勝ち取った…。血の覚醒に私は驚き、彼の行く末に固唾を飲んだ。
まさか──このまま行くのか。ビリーヴの子が。彼は後ろに残した馬群を、さらに突き放すように加速する。中山競馬場に集う観客のボルテージは、最高潮まで達する。
残り200m。
最終直線へ向けてグンと伸びる末脚に私は、君の母の若き日を思い出した。
そして知った。君の咲くべき場所はここだったのかと。
長い苦闘の果てに、母から受け継いだ才能がようやく花開く。
アルプスをはじめ、ヨーロッパの高山帯に咲くエーデルワイスという花がある。
この白く美しき花を、東欧のある国では『floarea reginei』と呼ぶ。意味するところは、女王の花。
女王ビリーヴが愛し育てた花は、やっと、ついに、ここに咲いた。力強く、誇り高く。
長い試行錯誤と転戦の中で、君はどれほど険しい道のりを歩んできたのだろう。
それでも君は、希望を見失わなかった。
若手の伏兵ウインマーベルと好敵手ナランフレグの猛追を振り切り、古兵ジャンダルムが第56回スプリンターズSを征した。間違いなく、彼と陣営の努力に裏打ちされた勝利だった。

長い歴史を持つスプリンターズSで親子制覇を達成したのは、ビリーヴとジャンダルムが史上初だ。ジャンダルムはもちろん、相棒である荻野騎手にとってもこれが、初のGⅠタイトルとなった。
ジャンダルムの辿った長く辛い回り道は、綺麗ではないかもしれない。けれども、その登攀劇に心を動かされたファンも少なくなかっただろう。彼の戦いに、私は敬意を表したい。
いつの日にか、めぐりあえることを信じて
その後の香港遠征はほろ苦い結果で終わったものの、ジャンダルムはGⅠ馬として晴れて種牡馬入りできた。栄光を勝ち取った彼の、今後の活躍に期待したかった。しかし2025年2月24日、ジャンダルム号は不慮の事故で左トモの大腿骨を骨折し、安楽死の処置が施された。享年は10歳。改めてご冥福をお祈りしたい。
大団円の後に、脈絡なく主人公は母よりも早世する。物語であれば、あまりに唐突な結末だと言われるかもしれない。だが、現実は物語のように整った結末ばかりを用意してはくれないのだ。
ビリーヴの血統はジャンダルム以外にも活躍馬を出しつつあり、途絶えることはないだろう。けれど、私はどうしても、願ってしまう。わずか数世代しか遺せなかったジャンダルムの産駒から、彼の後継馬が現れることを。苦難を乗り越えた彼の血統が、電撃の6ハロン戦へ舞い戻ってくることを。

今年も、GⅠ戦線の口火を切るスプリンターズSがもうすぐ始まる。今から期待が膨らむ中、私の瞼の裏に思い浮かんだのは、君の在りし日の姿だった。
母ビリーヴと同じ勝負服『水色、赤十字襷、赤袖水色一本輪』の騎手を背にして、黒鹿毛の雄大な馬体がターフを駆け抜ける。
絶壁の頂で見つけた、君だけの先頭の景色は、格別に美しかったはずだ。
どれだけの困難にぶち当たろうとも、揺ぎなく頂を目指し続けた崇高な魂。
偉大な希望の導きで、電撃の6ハロン戦を制した古兵。
その優駿の名は、ジャンダルム。
断崖に芽吹いた女王の花は、ここで枯れるほど弱いものじゃない。
秋風に願いを乗せよう。きっとまた、『希望』は叶うと信じて。

写真:Horse Memorys、s1nihs、Sarcoma、みき

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