[連載・馬主は語る]コンサイニングはどこまで必要か?(シーズン3-31)

ダートムーアの出産を1週間後に控えてソワソワしていると、慈さんから電話がかかってきました。出産にはまだ少し早いし、スパツィアーレの種付けのゴーサインかと思って電話を取ると、「セレクションセールの申し込み受付が始まりました。ムーアとスパツィの仔はどうしますか?」という質問でした。申し込むに決まってるだろ! と心の中では思いつつ(笑)、もう少し慈さんの話を聞いてみることにしました。

慈さんいわく、セレクションセールに申し込み、審査を経て出場することが可能になったとしても、いくつかのリスクがあるとのこと。ひとつは主取りになると、9月に開催されるセプテンバーセールまで待たなければならないこと。かつては10月に行われる最後のセリであるオータムセールまで待たなければならなかったのですが、今年からその規制が緩和されたそうです。セレクションセール→サマーセール→セプテンバーセール→オータムセールと売却率も売却額も下がっていくのが常なので、セレクションセールで買い手がつかなかった場合、一気に状況が苦しくなるということです。

セリごとに客層や求められている馬質も異なりますから、芝馬を中心に探しているお客さんが多いセレクションセールに未完成のダート馬が出場して、主取りになってしまうと、本来はダート馬が中心に求められているサマーセールに出していれば高く買われていたにもかかわらず、その機会を逃してしまうことになりかねません。セレクションセールは血統や馬体などを含めた審査があり、相応しい馬が選ばれるため、余計な心配をすることはないのかもしれませんが、何がなんでもどんな馬でもセレクションセールに出せば良いわけではなく、適材適所を考える必要があるということです。

もうひとつは、最低価格で買われてしまうこと。セレクションセールは600万円からスタートするので、ひと声で落ちてしまうと600万円で売れてしまいます。競り上がることもあれば、ひと声で落ちてしまうこともあるのがセリの魅力ではありますが、生産者にとっては命懸けの闘いです。欲しいと思ってくれる人がひとりしかいないか、もしくは二人いるかで、600万円で終わるか数千万円まで跳ねるか大きな差が生じるのです。

同じお金と労力をかけて育ててきた馬が、セリ当日の雰囲気や魔力といったものの存在によって、収入が月とスッポンほど変わります。今さらスッポンで精力を強壮しても仕方ないので、できればお月様を手に入れたいものです。サマーセール向きの馬をセレクションセールに出して競られないよりも、サマーセールまで待って競ってもらった方が高値で売れる可能性があるということですね。

もうひとつ、こちらが慈さんの伝えたかったことだと思いますが、碧雲牧場からも2頭、セレクションセールに申し込みをする馬がいて、その2頭が受かるとコンサイニング(セリに向けて馬をつくること)が手一杯になってしまうとのことです。その点については前々から聞かされていたので、他のコンサイナーにお願いしなければいけないとは知っていました。

碧雲牧場からの2頭のうちの1頭であるトウカイファインの23は兄弟も走っていますし、アドマイヤマーズ産駒の牡馬ですから受かる可能性は高く、もう1頭のツキノサバクの23は母の産駒実績こそありませんが、母の弟にべラジオボンド(新馬勝ち→共同通信杯6着)がいる良血ですから、アドマイヤマーズ牝馬ですがこちらはギリギリのラインではないかとのこと。

もちろん、碧雲牧場からの2頭と僕の2頭が全てセレクションセールに出場できるのが理想であり、その際は僕の2頭は外に出さなければいけません。僕としては、コンサイニングも碧雲牧場にお願いをして、コンサイニング費用も碧雲牧場に払いたい気持ちで一杯なのですが、慈さんの手が一杯なのであれば仕方ありません。

コンサイニングにかかる費用については、ちょうど先日、知り合いから情報を得ていたところでした。僕と同じように牧場に預託して生産をしている方によると、ある有名なコンサイナーに1歳の1月から預けたところ、サプリメント等を含めて平均30万円/月の預託費が請求され、その上で成果報酬として売り上げの10%を払ったとのこと。結局その馬は1300万円程度で売れたので良かったのですが、合計するとコンサイニング費用として300万円ぐらいかかったと教えてくれました。何となくイメージしてはいましたが、実際にかかった金額を見て、僕は目の玉が飛び出るかと思いました(笑)。ここまでくるのに2000万円近くかかっているのに、セリに行くまでに1頭300万円かけてセリ映えを良くしなければならないのです。

慈さんにその話をすると、「さすがにそれは最高金額ですよ。実際はセリに出場するのが決まってから預けると2か月ぐらいの期間ですから、僕の知り合いのコンサイナーですと月10万円ぐらい×2か月、そして成功報酬も3%ぐらいです」となだめてくれました。ただ、馬が高く売れる時代になると、より高く馬を売るためのコンサイナー費用も高騰している現状があることはたしかです。馬券は敗者のゲームであり、馬主も道楽であり、生産だけは唯一、競馬の世界の中でも勝者になれるポジションだと思っていますが、そのさらに上にコンサイナーという最強の仕事があるわけです。ゴールドラッシュに沸いて金を掘りに行く人たちにシャベルを売ろうとする人に対して、シャベルの素材となる鉄や木の柄を売る商売ですね。ミイラ取りだったつもりが、僕がミイラになっていくのではと不安になってきました。

そもそも、コンサイニングはどこまで必要なのでしょうか。コンサイニングをしっかりとしてもらうことによって、その馬が将来、競走馬として走る可能性が高まるのであれば、僕は意味のある投資として考えます。高く売れることだけが目的ではなく、やはりその馬が競馬で走って、碧雲牧場の生産馬として活躍し、慈さんと一緒に喜ぶことが夢だからです。ただ、聞くところによると、コンサイニングはセリで馬を見栄え良くするためのものであって、たくさん食べさせ、機械的な運動をさせて、ムチムチの馬体に仕上げる。実際に馬が買われたあとは、もう一度、自然な状態に馬体を戻し、そこから育成が始まっていくという流れですから、むしろ将来走ることに向けては余計な修飾であるとも言えるのです。見た目の良い馬が高く売れる以上、必要悪とも言えるのかもしれません。

僕は小中高と公立に通っていたこともあり、早期教育にどちらかというと否定的です。また、学習塾で講師をしていたこともあるので、中学受験を強いられて、遊びたいときに遊べない子どもの歪みも知っています。超難関の中学に合格したものの、精神を病んでしまった小学校時代の友人もいます。塾はあくまでも商売ですから、少しでも早い時期から通わせようとしますし、とにかく実績を上げるために詰め込み教育を施します。その先にある、その子たちの人生については考える必要がないのです。

もちろん、僕自身も塾には通っていましたし、周りの友人が受験していたので中学受験もしました。残念なことに(幸いなことに?)、受験した中学は落ちてしまい、そのまま地元の中学に通い、高校は都立に行くことになりましたが、あのとき合格していたら今どうなっていたかは分かりません。僕は自分の人生しか体験したことがなく、N=1でしかない経験に基づいて語っているにすぎないのも分かっています。それでも、本人の望まない形の早期詰め込み型教育は一利なしだと思いますし、かといってゆとり教育が良いとも思わないので、要するにバランスだと思うのです。

そういう意味では、コンサイナーに300万円を払って高く売るために馬をつくってもらうのは、僕にとってはアンバランスに映ります。最難関の中学に入ったらそれがゴールではなく、その先の人生の方が圧倒的に長いのです。ゴール設定を間違えてしまうと、最終的に苦しむのは子どもや馬であり、損をするのは親であり、生産者やその馬を買う馬主さんであったりするのではないでしょうか。さすがに塾に通わせない、コンサイナーにお願いしないわけにはいかないのが現実だと思いますが、できれば子どもの将来を見据えてくれるコンサイナーにお願いしていきたいと思います。

慈さんの話を聞き終えて納得した僕は、「それでもセレクションセールに申し込みたいです」と伝えました。「それじゃあ、血統登録書が必要になりますので送っておいてください」と言われましたので、以前送られてきた書類を引っ張りだし、ダートムーアの23とスパツィアーレの23の血統登録書を大切に郵送しました。

(次回に続く→)

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