[連載・馬主は語る]ノーザンファームミックスセール(シーズン2-25)

盛岡からとんぼ返りで東京に戻って来た翌日、ひと仕事終えた僕は、新千歳行きの飛行機に乗ることにしました。前泊して余裕を持ってノーザンファーム繁殖牝馬セールに臨みたかったからです。DJスティーブ・アオキのノンフィクション映画「I’ll asleep when I’m dead」(俺が眠るのは死ぬときだ)をネットフリックスで観て、世界中のフェスを飛び回って音楽を届ける、そのポップでロックな生き方に影響を受け、彼の音楽を聴きながらハイテンションで空港に向かいました。 好きなことをやっている人間のエネルギーは無尽蔵なのです。

変なテンションでチェックインしたせいか、シャワーを浴びて、明日に備えて早めに就寝しようとしましたが、うまく寝付けません。良い歳になって、胸が昂って寝られないなんて、本当に久しぶりです。少し気恥ずかしさを覚えつつも、気分を落ち着かせるためにお茶を飲んだり、違うことを考えるように工夫していると、ようやく眠りに入れたようです。

朝目が覚めると外は晴天でした。昨年の繁殖牝馬セールは雨にたたられましたが、今年は気持ちのよい2日間を過ごせそうです。空港まで碧雲牧場の慈さんに迎えに来てもらい、彼の車に乗り込み、互いの熱い気持ちは口にせずとも分かっていると言わんばかりに、僕たちは至って冷静を装いながらノーザンホースパークに向かいました。30分ほどで到着すると、すでにたくさんのホースマンたちが集まっていました。

今年からミックスセールとして当歳馬のセールも行われますので、馬主さんやジョッキーなど、これまでにはない客層の人たちもいます。武豊騎手や横山武史騎手の姿も見えました。果たしてミックスセールになったことが、繁殖牝馬セールにどのような影響を与えるのでしょうか。当歳馬を買いに来た馬主さんがついでに繁殖牝馬もと考えるのであれば、昨年よりも繁殖牝馬が高くなる可能性もあります。それは繁殖牝馬を購入することが目的である僕たち生産者にとっては、正直に言って望ましくないことです。いずれにしても、新しい顧客層を取り入れることができていることは、華やかな雰囲気を見れば明らかです。

下見が始まったので、今年はしっかりと繁殖牝馬を見ようと思い、まずは受胎馬のコーナーに行ってみました。土砂降りの中、馬を見るのもひと苦労であった昨年と比べ、今年は雰囲気に慣れてきたのもあってか、少し余裕を持って立ち回ることができそうです。とはいえ、さすがに全馬をじっくり見ることはできませんので、事前にピックアップしていたピエリ―ナとビットレート、カラミンサから優先的に回ることにしました。

まずはピエリ―ナです。先日、産駒のトウセツが3勝目を挙げたように、すでに産駒から重賞クラスの勝ち馬を出しているだけあって、客足は絶えないようです。本馬はそれほど見栄えのする馬体ではありませんし、慈さんいわく、母父チチカステナンゴは生産者にはあまり好まれていないようです。思っていたほどうるさくないなというのが僕の印象です。母父チチカステナンゴであっても、馬体が見栄えしなくても、走る産駒を出している事実はあるので、それらが嫌われて誰も手を挙げないようであれば面白いと思いました。

続いてビッドレートです。父スペシャルウィークにしては、首差しも短くガッチリしていて、全体的な馬体の雰囲気は明らかに母系のフレンチデピュティが出ています。ビットレート自身も短い距離で活躍した馬だけに、産駒にもパワーとスピードを伝えてくれそうです。馬体はしっかりしていますので、仔出しの良い、安定した繁殖牝馬になりそうです。たださすがにひと声では落ちそうにありませんから、僕の予算では手が出ないでしょう。

カラミンサは慈さんがこれは凄いですねと驚いたように、牝馬とは思えない雄大な馬格です。担当者に聞くと、現時点で670kgを超えているとのこと。いかにも父ルーラーシップらしい馬で、新潟競馬場の芝2400mで特別を2勝しているのも頷けます。小回りのコースや短い距離では、この馬の手肢の長さや馬体の大きさを生かせないでしょう。産駒は馬格に困ることはないでしょうし、ピリッとした種牡馬を配合してスピードを補えば良さそうです。血統的には他の繁殖牝馬たちと見劣りするので、もしかすると人気がないかなと勝手に考えていましたが、馬体を見る限りは買いたい人はいそうです。とはいえ、受胎馬の中ではこの馬がもしかすると買える可能性が高い馬ですね。

その他、勉強のためと他の繁殖牝馬も見て回りましたが、見れば見るほど良く見える馬が増えてしまいキリがないので、未供用(受胎したことのない)の繁殖牝馬のコーナーに行くことにしました。このあたりから、昨年と同様に下村優樹獣医師にも同行してもらうことに。真っ先に向かったのは、僕のキャロットの出資馬であったコントゥールです。目の前にいたのは、やや痩せていて、時期的なものもありますが毛艶も冴えないコントゥールでした。3年前の見学ツアーで見たときの輝きは失われていました。

下村獣医師も「首差しの長さや前躯のつくりは素晴らしいけれど、トモが弱いのが課題ですね」と指摘してくれました。ハーツクライ産駒あるあるですが、この馬体で1勝を挙げてくれたのですから、トモに実が入ってパンとしてくれる前に引退せざるを得なかったのは残念です。トモの非力さを補ってくれるような種牡馬を配合すべきでしょう。

その後、ついでと言っては何ですが、当歳馬のコーナーにも足を運びました。リザーブ価格が1000万円とか3000万円とかの世界ですから、僕に買えるわけがないのですが、こちらも後学のために1頭ずつ見て回りました。もしかすると、未来の名馬がいるかもしれませんので、写真も撮っておこうと思います。

まだ赤ん坊に毛が生えたような当歳馬ですから、ウトウトと眠そうにしている馬もチラホラ見られます。皆が良いという馬も数頭いて、その中でもアドマイヤキュートの22(父ニューイヤーズデイ)は、誰もが惚れ惚れとしていました。僕は当歳馬を見ても、可愛いと思うだけで、どの馬が走りそうとは全く思わない(分からない)のですが、ダートムーアが受胎している仔の父がニューイヤーズデイですから、ニューイヤーズデイ産駒の評判が良いことは嬉しくないわけがありません。しかもアドマイヤキュートはキングカメハメハ産駒の3勝馬ですから、クロフネ産駒の4勝馬であるダートムーアと何ら変わりありません。ニューイヤーズデイの力を借りれば、ダートムーアからも市場に評価してもらえる素晴らしい馬体を誇る当歳馬を出すことができるかもしれないと妄想を抱かせてくれます。

実はアドマイヤキュートは繁殖牝馬セールに上場されてもいます。産駒が当歳セールに出つつ、繁殖自身も繁殖セールに出場するという、まさにミックスセールならではの光景です。海外ではこのようなミックスセールは良くあるらしく、そのメリットとしては当歳を買うときにその母である繁殖牝馬も同時に見られること、その逆も然りで、繁殖牝馬を買うときにその産駒を間近で見られることです。今回のアドマイヤキュートのように産駒の評価が高ければ、それに応じて母親であるアドマイヤキュートのそれも上がるわけですから、これがミックスセールならではの相乗効果。どのような価格で取引されるのか楽しみです。繁殖牝馬と当歳馬を一緒に連れてくることができるので互いに安心する、というメリットが上場する側にはありますね。

10時半を前にして、上場馬たちが徐々に馬房に引き上げていきます。今年は当歳セールからスタートになりますので、僕たちの出番はもう少し先です。とりあえず、早めの昼飯を食べようということになり、無料で提供されているおにぎりやステーキ、サラダ、豚汁等をお盆に乗せてテーブルを確保しました。ひと息ついて、豪華なランチを楽しんでいると、後ろで当歳セールが始まりました。この時期の当歳馬は冬毛が生えてきて見栄えがしないため、初の試みが成功するのかどうか、皆が固唾をのんで見守っています。今年のダービー馬ドゥデュースの弟(父リアルスティール)やダノンファンタジーの弟(父ドゥラメンテ)などが上場され、8000万円を超えてもひと声ごとに値が上がっているのを背中で感じます。

当歳馬に関しては、38頭中38頭が売れて売却率100%、最高価格をつけたのはやはりダストアンドダイヤモンズの22(ドゥデュースの弟)で8600万円でした。購買者は誰もが予見したとおりキーファーズです。落札後、武豊騎手に「こちらでも日本ダービーをお願いします」なんて言ったのではないでしょうか。ノーザンファーム生産の当歳の値段や相場観がイマイチ分からないので、高いのか安いのか分からないのですが、当歳馬の平均価格が4981万円ですから、まずまずの活況と言えるのではないでしょうか。

しばらく休憩をはさんでから、繁殖部門の1番の馬がステージに登場しました。ここからはノンストップです。1000万、4400万、1600万、1000万、3800万と4桁万円の取り引きが続きました。ジョッキーはゲートが開いてからの数完歩で全体のペースが分かると言いますが、僕もこのあたりで今年のセリは昨年よりもハイペースかもと感じました。僕が最初に手を挙げようと考えているカラミンサまではまだ時間がありそうなので、手綱を緩めて、しばらくは静観することにしました。

(次回へ続く→)

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