とにかく"逆をいく"馬。若駒時代の達観したゴールドシップの魅力を振り返る。

取材で厩舎関係者の話に耳を傾けると、自分が知らなかったこと、勘違いしていたこと、わからなかったことに気づき、競馬は、外ラチの向こうとこちらで見える景色がまるで違うことを実感する。共通の体験がない私たちは向こう側を想像する術がなく、多くは勘違いだったりもする。外ラチは単なる白い柵ではない。見えない結界のようなものだ。だからこそ、取材者として、謙虚に関係者の話を受け止めようと肝に銘じている。

本当は厩舎関係者だけではなく、馬にもマイクを向けたい。なかでもゴールドシップは恐る恐るだろうが、一度話を聞いてみたい。あっさり取材拒否されるかもしれないが、ゴールドシップに聞きたいことは山ほどある。

私が思うに、ゴールドシップは一般的な競走馬とは逆のような気がする。一般的にデビュー戦はまだ競馬がなんなのか理解しておらず、たとえばペースに応じて折り合うというのは馬からしたらよくわからない。思いっきり走りたいのに、走れないのはなぜか。若駒が折り合いを欠くシーンは数限りなく、みんな一度は反抗することで、折り合いを覚える。そんな人間と重なる部分があったりする。一方、ゴールドシップはデビュー戦・函館芝1800mの新馬戦をレコード勝ちするが、このレース、鞍上はずっと手綱を促しながら追走させている。1000m通過は63.3のスローペースでちょっとついていけないのは、たぶん、ついていかなかったんだろう。ゴールドシップのなんらかの意志を感じる。そんな前半であっても、レコードだったのは最後600m11.8-11.5-12.2と3コーナーから速くなる上がり勝負だったから。これをゴールドシップは余裕で抜けてきた。まるで最後の直線で1頭だけ前を行くコスモユッカを見つけたので、突如、闘志をむき出しにしたかのようだった。

私はデビュー当時のゴールドシップに不思議な印象をもった記憶がある。それはズブいのに、強いという若駒らしからぬレースぶりからきていた。まるで古馬のような、大人じみたところがあった。デビュー2戦目は実は競走馬にとって難関。最初の競馬でその激しさを経験し、勝ち抜いた若駒はデビューする前とは打って変わり、気が立った状態に陥ることが多い。また、クラスが上がることでレースの流れや肌感覚が変わってしまい、最初の競馬での経験が邪魔する形になり、競馬を崩すことが多い。そして、負けることでさらに気持ちを泡立たせる馬もいる。だから、デビュー戦以上に2戦目が難しいという声は関係者からよく耳する。しかし、ゴールドシップには当てはまらなかった。なんなら、デビュー戦よりも気分よく、いい形で2連勝を飾った。これほど短期間に競馬が上手になる馬はそう多くはない。

3戦目札幌2歳Sはもはや歴戦の古馬と見間違えるような立ち振る舞いだった。ゲートをゆっくり出て、最初のコーナーは最後尾。こんなところで速く走っても意味がないと、達観しているかのような追走。3、4コーナーで自分より前を行く馬たちが先行勢との差を詰めようと必死に食いしばってコーナリングするなかでも、ゴールドシップは余裕の構えを崩さない。「まだだろ。最後の直線だけでいいだろ」そんな風に呟いているかのように、最後の直線に入って、ギアを上げ、全速力。結果、札幌の直線は短かったという点とグランデッツァが強かったというゴールドシップ自身の誤算(?)により、先頭に立てずゴール板を迎えた。

2歳馬とは思えぬ肝の据わりようは、やがてズブさにつながり、ゴールドシップのパートナーは大型馬を動かす名人・内田博幸騎手へとスイッチする。古馬のような若駒時代を過ごしたかと思えば、古馬になって、突如、引っ掛かった阪神大賞典やようやく天皇賞(春)を勝ち、3連覇をかけた宝塚記念など、ゲートで立ち上がるなど悪さをするようになった。これは若駒に多く見られるもので、古馬になると収まってくることが一般的だ。やんちゃは若いうち。人も馬もそんなもののはずだが、ゴールドシップは逆を行った。言葉は古いが、チョイ悪オヤジ。競走馬史上、もっとも不良オヤジのバイブル「LEON」が似合う。

はてさて、ゴールドシップが歩んだこの道。いったい、ご本人はどういった意図があったのか。若いころはどういった心境で達観していたのか。なにがきっかけでゲートでイライラし始めたのか。聞きたいことが山ほどある。そのうち、ゴールドシップが、言葉を話しはじめはしないかと。興味は未だ尽きない。

写真:Horse Memorys


ゴールドシップの魅力や強さの秘密、ライバルたちにスポットをあてた新書『ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児』が2023年5月23日に発売。

製品名ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児
著者名著・編:小川隆行+ウマフリ
発売日2023年05月23日
価格定価:1,250円(税別)
ISBN978-4-06-531925-3
通巻番号236
判型新書
ページ数192ページ
シリーズ星海社新書
内容紹介

気分が乗れば敵なし! 「芦毛伝説の継承者」

常識はずれの位置からのロングスパートで途轍もなく強い勝ち方をするかと思えば、まったく走る気を見せずに大惨敗。気性の激しさからくる好凡走を繰り返す。かつてこんな名馬がいただろうか。「今日はゲートを出るのか、出ないのか」「来るのか、来ないのか」「愛せるのか、愛せないのか」...。気がつけば稀代のクセ馬から目を逸らせられなくなったわれわれがいる。度肝を抜く豪脚を見せた大一番から、歓声が悲鳴に変わった迷勝負、同時代のライバルや一族の名馬、当時を知る関係者・専門家が語る伝説のパフォーマンスの背景まで。気分が乗ればもはや敵なし! 芦毛伝説を継承する超個性派が見せた夢の航路をたどる。

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