2019年夏、新しい地方競馬のオーナーズクラブが誕生した。

ハッピーオーナーズクラブ。

『打倒中央』『ダートグレード制覇』を掲げるそのクラブは、その初年度に3頭の競走馬を購入し、虎視眈眈と中央馬撃破を狙っている。

今回はそんな「ハッピーオーナーズクラブ」の代表に、クラブ設立の理由や今後の展望を伺ってきた。

感動の共有が原動力。ハッピーグリンの”熱”を、今度は仲間たちと。

「この仕事を、ライフワークにしていきたいと思っています」

そう語るのは、ハッピーオーナーズクラブ代表の会田裕一さん。

競馬ファンには「ハッピーグリンの馬主さん」と言えば伝わりやすいかもしれない。

事業で成功をおさめ、馬主としても成功をおさめている同氏があえて共有馬主クラブ運営を「ぜひ、ライフワークに」と語るのには、理由がある。

「感動の共有がしたいんです。私はハッピーグリンとの出会いで、本当に多くの感動を経験しました。ホッカイドウ競馬に所属する『地方馬』でありながら、ジャパンカップへの挑戦、さらには海外遠征までやれたのですから。そんなハッピーグリンで得られた”熱”を他の人にも体験してもらいたいというのが、ハッピーオーナーズクラブ設立の理由であり、私の原動力です」

厳しい審査基準が設けられている中央競馬とは違い、地方競馬は所謂「超お金持ち」でなくとも馬主資格を取得できる。『共有馬主』になることのハードルも、決して不可能な高さではない。それでいて、共有馬主では一口馬主よりもさらに深い形で馬と関わることができる。

感動の共有をするなら、地方競馬で共有馬を所有していく形態が理想だと考えた。

そもそもハッピーオーナーズクラブのメインミッションとして掲げられた「感動の共有」は、会田さんが競馬に惹かれたきっかけでもある。

遡ること十余年、2007年の東京競馬場。自社でアルバイトをしていた従業員に誘われて訪れたその場所で、ウオッカのダービー制覇を目撃した。64年ぶりの牝馬によるダービー制覇。当時の皇太子さまや内閣総理大臣、そして何万人もの観衆とともに、戦後初となる牝馬のダービー馬誕生を祝福した。

「あの感動は心に刻み込まれました。子供の頃にはダビスタきっかけで競馬に興味をもった時期もあったんですが、競馬場ではそれ以上の熱を感じました。それからすぐに競馬にのめり込んで、一口馬主ではアーモンドアイやリオンディーズ、ストロングタイタンといった名馬とも巡り会いました。でもどこかで、それらの勝利が、大手牧場さんの偉業の一部であるような思いが拭えなかったんです。もっと自分自身で関われている感覚を持って競馬を楽しみたい……そう思って、個人馬主を始めました」

そうして始めた馬主生活は、開始してすぐに、ハッピーグリンと出会うという幸運に恵まれる。

そのあとの活躍は、ご存知の通りである。そこで味わった『個人馬主としての感動』を、もっと広く共有して『共有馬主クラブとしての感動』へと昇華させていきたいという気持ちがわいてくるまで、時間はかからなかったのだという。

会田代表が掲げる「ハッピーオーナーズ」のこだわりとは?

「大手クラブだと、休養時にも結構費用がかさむんですよね。大手は休養時に自前の牧場を使うんですが、そのせいで厩舎にいるより預託料が高くなる場合が多いんですよ。使い詰めるのは馬に負担だから休ませてあげたいところだけど、少し休ませるだけですぐ賞金分くらい持っていかれてしまう。もちろん外厩もピンキリ。多種多様なクラスの外厩があるだけに、そうした一辺倒なやり口は少し疑問を抱いてしまいます。ハッピーオーナーズクラブでは、レベルに応じた外厩を使用することで、手頃な価格での管理を心がけていきたいと思います。共有馬主を続ける上で大切なことのひとつに『納得感』があると思いますし」

こうした金額的な配慮はハッピーオーナズクラブの持つ魅力のひとつだ。怪我をした馬の休養など長期間の放牧が必要な場合、そうした配慮がオーナーサイドの金銭的喪失を抑えることになる。高い外厩使用料から早期の復帰を願うよりも、手頃な価格でのんびりと復帰を応援できるような心持ちでいられるのは大きいはずだ。さらに、大手クラブの移籍先はほとんどが南関東であるのに対し、ハッピーオーナーズクラブでは賞金・手当で預託料を賄える事を大前提として、馬のレベルに応じた全国各地の地方競馬を対象に移籍先を模索するという点も心強い。

また、金銭面だけでなく、こまめな情報発信もこだわりにあがる。

ハッピーオーナーズクラブHPのトップページには「大手クラブ並の情報提供を目指します」という文字が並ぶ。公式ホームページの更新頻度からも、その情熱は伺える。


  • 育成場にいる場合

 育成場にいる場合は、入厩前の育成段階では月に1度更新します。入厩後、休養などで在厩する場合は月に2回更新します。その他入退厩時や、特別な治療を行う場合は臨時の更新を行う事があります。

  • 厩舎在厩の場合

 基本的に週1回の更新になります。その他入退厩時、能力試験やゲート試験の前後、出馬登録時、出馬確定後、出走後に臨時の更新を行う事があります。

ハッピーオーナーズクラブHPより引用)


大手クラブよりも切り詰められるところは切り詰め、良いところは同様のレベルを目指すという姿勢だ。TwitterやFacebookだけでなく、公式サイトのコラムでも競馬の楽しさを解説・共有。

さらには面倒な馬主資格取得のフォローも実施することで新規参画者にとっての敷居を低くするなど、幅広い層との「感動の共有」を目指している。過去に実績がある人でなくとも気軽な参加が可能だ。

そしてなによりの特色は、所属馬全てを「ホッカイドウ競馬デビュー」させるという公約だろう。(注:怪我や仕上がり状態の都合により、新馬戦のある時期にデビュー出来ない場合を除く)

あえて「ホッカイドウ」から中央を目指す理由とは?

「金沢以外、全部の地方競馬に預けたことがあるんです」

地方競馬のコネクションについて尋ねると、会田さんはそう言って笑った。

「ハッピーグリンの馬主ということで、周囲からは北海道と結びつけて見られることが多いみたいなんですけど、私自身は東京在住なんですよね。ただ、ハッピーグリンのおかげで各地の調教師さんや牧場さんとの繋がりができました。その繋がりを大切にしていきたいと思っていますよ」

しかし、ハッピーオーナーズクラブ所属馬は、上述の通りすべて「ホッカイドウ競馬デビュー」という公約を掲げている。そこには、各地方競馬を知る会田さんがたどり着いた、一つの結論があった。

「ホッカイドウ競馬は、2歳馬にとって最も魅力的な環境です。1番は、坂路調教ができることでしょう。(2012年に)門別の屋内調教用坂路が出来てから、道営所属馬のレベルが一変したと感じています。あれほど立派な坂路があるのは、今現在の地方競馬では、門別(ホッカイドウ競馬)がほぼ唯一と言って良いかと思います。2歳戦でも中央勢相手に善戦しているのは道営所属馬。もちろん古馬になってからはそれぞれの力量や適性に応じた進路を探していくことになると思いますが、滑り出しがホッカイドウ競馬からというのはベストな選択のはずです」

門別競馬場の坂路は全長900メートルで、高低差は21メートル。平均斜度3.5度という非常にレベルの高い施設になっている。建設にかかった費用は約7億円というシロモノだ。

その投資に応えるように、近年の札幌開催では道営2歳馬がこれまで以上の活躍を見せている。

2018年コスモス賞で勝利し札幌2歳Sでも2着に食い込んだナイママ。
2017年のクローバー賞ではダブルシャープがタワーオブロンドンに勝利し、さらに札幌2歳Sでも3着。
さらに2019年クローバー賞では道営のヨハネスボーイ・リヴェールブリスが2,3着に食い込む活躍をみせる。

ハッピーグリンと同じ新馬戦でデビューし、4歳ではエリザベス女王杯への出走も叶えたミスマンマミーアも、コスモス賞ではステルヴィオにクビ差迫る2着と好走しているように、活躍馬を列挙すればキリがないほどだ。

その中で、道営の各陣営も「どういう馬が中央でもやれるのか?」「芝に強い馬はどんな馬か?」という知識を積み上げてきた。

「夏には古馬も北海道に放牧されたりしますが、やはり夏の涼しさは大きいですね。それだけ負担もかからないし、馬に可哀想な思いをさせずにいられます。それも後押ししてか、道営馬はデビューがはやいのも魅力です。坂路調教が始まるタイミングも早いですし、他の地方から一歩抜きん出たスタートが切れると思います。驚くほど早くに馬が仕上がり、遠征先で活躍をしてくれます」

実際ハッピーグリンもそうして2歳の5月にデビューすると、8月には4戦をこなした上で早くも中央・コスモス賞に挑戦している。そこで早い時期に芝レースを試せたことで、その後の可能性がひらけた。

若駒のうちに才能を見抜き、開花させていくことができるのも、ホッカイドウ競馬の魅力だそうだ。

さらに各馬はホッカイドウ競馬を代表する厩舎に入厩。

初年度の3頭は、名門・田中淳司厩舎への入厩が決まっている。

田中淳司厩舎といえば、ハッピーグリンをはじめ、全日本2歳優駿・東京ダービーなどを制覇したハッピースプリントや兵庫ジュニアグランプリを制覇したローズジュレップらを管理。さらにホッカイドウ競馬年度代表馬の3歳以上部門を2012年モエレビクトリー・2013年レオニダス・2015年グランプリブラッドで受賞し、2014年〜2019年まで5年連続でリーディングを獲得している、ホッカイドウ競馬を代表する調教師だ。名伯楽との強いコネクションは、道営所属という条件下で最高の援護射撃となるはずだ。

いつの時代も、ルールを変えるのは馬と人だった。

ハッピーオーナーズクラブが目指す最初の目標は、ダートグレード競走制覇。
リエノテソーロやグレイスティアラを輩出した、エーデルワイス賞。
古くはダービー馬・ダイゴホマレや有馬記念馬・オンスロートを輩出し、以降もアグネスデジタルやラブミーチャン、ルヴァンスレーヴらを輩出した名門・全日本2歳優駿。
そして、2020年に新設されるJBC2歳優駿。

こうしたレースを目指し、会田代表に選び抜かれた優駿たちが、日々北の大地で鍛錬を積んでいる。

その未来ある若駒たちの目指す道は、ハッピーグリンの歩んできた道でもある。

快進撃が続いたハッピーグリンの中央挑戦ではあるが、一方で多くの不自由さを感じることもあった。

その理由の一つに「JRA特別指定競走」の対象範囲があった。2歳・3歳シーズンであれば地方馬のまま中央への挑戦の機会も多かったが、古馬に門戸は開かれていなかったのだという。

古馬になり日経賞で4着となったハッピーグリンだが、その後地方馬として参戦できる適鞍がなく、香港の地へ渡ったということもあった。その遠征も、地方馬による海外遠征という異例の事態であり、検疫など制度の面で様々な障壁を乗り越える必要があった。

しかしそうしたハッピーグリン陣営の奮闘もあってか、JRAは同年にJRA特別指定競走の対象を4歳末へと延長。ハッピーグリンの試行錯誤が、JRAという巨大組織を動かしたかのように感じられる。

「安藤勝己さんやオグリキャップ、コスモバルク。いつの時代もルールを変えるのは、活躍する馬や人です。今回のJRAの制度変更も、とても大きいことだと思います。これでまた地方馬が夢を持てるようになりました。これからもそうやって問題提起ができるほどの馬と巡り会えると考えていますし、とても楽しみですね!」

そう語る会田代表の声にも、力がこもる。

これから現れるであろう地方発の超名馬もまた、ハッピーグリンたちが歩んだ道を歩き、そしてその先を目指すのだろう。そう思うと、名馬たちの紡いだロマンに胸が高鳴ってくる。

「やはり1番に掲げたいのは『打倒!中央競馬』ですね。地方競馬から中央勢を撃破する──そんな夢を見ていきたいです。ぜひ皆さんも、ハッピーグリンの切り拓いた道を、一緒に歩んでいきましょう!」

打倒中央を目指し、道営競馬から中央を目指してみるのも、面白そうだ。

写真:三木俊幸

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