さらなる地平を目指して

そして2021年、明けて6歳になったインディチャンプは、その挑戦の歩みをまだ止めなかった。

それどころか未踏の境地であるスプリントGⅠに、矛先を向けたのである。

3月、重馬場の中京競馬場。

インディチャンプは、実にキャリア20戦目にして初めての1200m戦を、GⅠ高松宮記念で迎えた。

グランアレグリアに屈した後、阪神カップ・阪急杯と、インディチャンプは2戦続けて1400mを走ったが、いずれも道中やや後ろに置かれてからの直線伸びきれず0秒4差の敗退というもどかしいレースぶり。さらなる200mの距離短縮は、ひいき目に見ても好材料とは言えなかった。

さらに言えば、これまで芝のあらゆるカテゴリーでGⅠホースを輩出してきた父ステイゴールドにとっても、JRAのGⅠで唯一勝ち馬を送り込んでいない、もっと言うと馬券内にすら入っていない1200mは、鬼門といってよかった。

しかし、インディチャンプはひたむきに、そして懸命に駆けた。己の可能性をかけて、そして父の偉業の最後の1ピースを埋めるために。

道中はやはり前に置かれ加減。中段やや後ろをゆく向こう正面ですでに若干福永騎手の手綱が動いていた。

それでも3,4コーナーを内目をロスなく回って直線。馬場のいいところを求めて各馬が横いっぱいに広がる中、インディチャンプはそのまま内を立ち回る。

時々渋った馬場にのめりながらも、下がってくるレッドアンシェルとダノンファンタジーの間、一頭分の隙間を器用に抜けてきたインディチャンプ。

「ひょっとするかも……」

残り50m、逃げるモズスーパーフレアをかわした。いつもよりも福永騎手のアクションが大きく、必死に見えた。

刹那、インディチャンプが先頭に立った。

「そのままだ……!」

束の間だった。

外から併せ馬で上がってきたダノンスマッシュとレシステンシアが、インディチャンプをかわしていった。

勝ったのはダノンスマッシュ。

インディチャンプは0秒1差の3着。

それでも、父ステイゴールドに捧げるスプリントGⅠ初の表彰台を、インディチャンプはもたらした。

彼が走り続ける意味が、少しだけわかった気がした。


6月、安田記念。

11月、マイルチャンピオンシップ。

インディチャンプは再び主戦場のマイルに戻り、末脚を引き絞り、直線半ばで解き放ち、そしてともに4着に敗れた。グランアレグリアに一矢を報いることはかなわなかったが、いつも精一杯力を出し切り、負けても勝ち馬から3馬身を越えて離されることなく、とうとう日本国内では21戦して一度も4着を外さなかった。

そんな堅実さも、破天荒な荒武者ぞろいのステイゴールド一族の中ではまた「個性」だった。

そんなことを思い出しながら、SNSに刻一刻と入ってくる情報の洪水に目を奪われているうちに、あっという間に香港マイルの発送時刻となった。

インディチャンプの「ラストワンマイル」が始まった。

ゲートが開く。インディチャンプは立ち遅れる。

残り7ハロン、スミヨンがやや前に促す。中段やや後ろ。外目。

残り6ハロン、スミヨンが今度は手綱を抑える。インディチャンプが口を割る。位置が下がる。

残り半マイル、インディチャンプは外を回って位置取りを上げていく。

残り2ハロン、直線を向いた直後に、もうスミヨンの手綱は大きく動き始めた。

末脚は、溜まらなかったか……。

覚悟を決めた。

インディチャンプの最後の雄姿を一瞬たりとも見逃すまいと、私はただただ息をのんで、見つめるばかりだった。

そして最後の最後、インディチャンプは2番手の一線にくらいついてきた。

歓喜に迎えられる地元の英雄ゴールデンシックスティから遅れること僅か0秒5。併せ馬で共に上がってきたワイククを競り落とし、前をゆくヴァンドギャルドをかわしたところがゴール板だった。

──5着。

私には、王者が最後に見せた「意地の5着」に見えた。


120万円。

種牡馬として優駿スタリオンステーションにスタッドインしたインディチャンプの、初年度の種付け料である。

JRA春秋マイルGⅠを3年間にわたり走り続けて2勝2着1回3着1回4着2回。
スピードと成長力と持続力を見せつけ続けたマイル王にしては、やや安価にも感じる。
父系にステイゴールドを経てサンデーサイレンス、そして母父にキングカメハメハという、主流に過ぎる血を持つインディチャンプは、「配合できる牝馬の幅が限られる」、というのがその理由だそうだ。

それでも私は信じている。
次の戦いの舞台でも、インディチャンプが溜めに溜めた底力を次世代に注ぎ込むことを。
そして香港の地で、父の悔しさを晴らし、祖父の伝説を想起させる勝利が見られることを。

インディチャンプの戦いは、まだ、終わらない。

写真:Horse Memorys、かぼす

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