初めまして、カネミノブと申します。
このペンネームで、ライター業の他にも大阪で舞台の構成などを手掛けています。
名前の由来は単純に、本名の一部と被っているからです。名馬カネミノブが走っていた時代をリアルタイムで体験していたわけではございません(汗)
初めて競馬を観たのはイソノルーブルのオークスだったと記憶しています。
さて、競馬を愛する皆様からは怒られるかも知れませんが、私自身は競馬場に足を運んだ事がほとんどありません。基本的にはWINS(場外馬券売場)に通ってレース観戦をしています。
これは私の周りだけなのかも知れませんが、都会に暮らし都会で働く人間……そのなかでも特にサラリーマン以外の職業に就いておられる方々や、私のようにフリーランスで収入を得ている人種は休暇も不規則なものです。時間をかけて競馬場まで出向く余裕を作るのが難しい……という人も多いのではないでしょうか。そんな環境下でも、ほんの数分の空き時間を利用して競馬の空気に触れる事のできる……WINSという存在は、多忙な現代人にとって貴重な存在かと思います。
ご存知の通り、今はネットで馬券を購入できるの時代です。
予想を楽しむだけなら自宅でも可能なのですが、これは私の持論になりますけども、都市構造が激しい移り変わりを見せる昨今、繁華街の中に「競馬を体験する」という機能を持った空間が長年に渡ってしっかりと確保されている事が、重要なのではないかと考えております。
前置きが堅苦しくなりましたが、この記事では、WINSに代表される都市部の競馬関連施設と人々との関わりをテーマに記していきたいと思います。
今回は、大阪・道頓堀WINSの近くにある、競馬ファンが集うおすすめ酒場の紹介です。
道頓堀といえば関西人のみならず全国的にも有名な、大阪の食い倒れ文化を象徴する街です。グリコの看板や、かに道楽でお馴染みですね。そのメインストリートを東に進み、少し人通りが落ち着いた辺りに道頓堀WINSのビルがあります。
最近ではインバウンド(外国人の訪日観光)の影響もあって、ゆったりした空気が流れていたこの道頓堀東端も、外国人観光客の団体で道がぎっしり埋まっている光景をしばしば目にするようになりました。
それでも「爆買い」が流行った一時期の勢いからは少し落ち着いたようですが。
道頓堀WINSの東側をビル沿いに曲がり少し進むと、立ち食いそばやおでん屋など大小様々な飲食店が密集しているエリアに辿り着きます。
これが所謂「坂町」と呼ばれている、道頓堀の裏側で仄かに昭和風の空気感を残しつつも賑わっている歓楽街です。住所上では中央区千日前一丁目付近。「坂町」という地名の由来には諸説ありますので、ここでの歴史的な説明は省きます。
さて、その坂町の名前が入ったビル「坂町会館」1階奥にあるのが「居酒屋 きよ美」。土日は競馬客に合わせてお昼から営業しています。普段の平日でも15時から営業していて、仕事を定年退職された高齢者の方々から若いサラリーマン・私のような自由人まで幅広い客層に愛されているお店です。
カウンター約6~7席と2人掛けテーブル席のみの小さな店内。長年ねぎ焼き屋で修行を積んだ後に独立されたママさんが一人で切り盛りしていて、生ビールは300円、一品料理もほぼ300円前後と、非常にリーズナブルな価格が魅力です。そのため毎日のように通い詰める常連も多数いるようなお店です。
ちなみにママさんに「ネットで馬券を購入する人が増えた事による、WINS周辺の人の流れの変化」について尋ねたところ「うちは曜日関係なく常連のお客様に支えられてますからねえ」とニコリ。まさに当然の回答で、これは愚問でした。
さらに「高齢のお客様はWINSで購入する事自体が習慣になってますから」とも。
TVでは味わえない感動を求めて競馬場に通うファンと同じように、WINSに毎週通うファンも人との触れ合いや酒場の独特な雰囲気を味わいながらレースを観戦するのが人生のスパイスとなっているのでしょう。
「去年(2016年)のキサタンブラックとサトノダイヤモンドで決着した有馬記念は店内は超満員でしたか?」
「う~ん……覚えてへんわ(笑)。でも本命サイドやから当たってる人は多かったわ。ほとんどトリガミ(当てたけど赤字)やったみたいやけど」
「お店自体の知名度も上がってきてますし、今年(2017年)の秋競馬は更に盛り上がったのではないでしょうか?」
「そうやねえ。でも10月から11月にかけては、日曜日でも割とスカスカやったわ」
天候不順で泥んこ馬場が続いた時期だったので、単純に「外で飲む」層が家にこもっていたのかもしれません。「飲食店殺すに刃物はいらぬ、雨の3日も降ればいい」という外食産業の格言が頭に浮かびました。
更に、競馬ファンが集う酒場で最も興味のある疑問。
「滅茶苦茶強いお客さんっているものですか?明らかに『この人の予想凄いわ』っていう感じのお客さん」
「フフフ、それはねえ……結局ずっと長いこと賭け続けてたら、みんな大して収支が変わらんようになってくるわ(笑)」
ありとあらゆる自分なりの予想論を持った強者達を、カウンターの中から穏やかに眺めているママさん。まさに彼女ならではの、達観した感想である。
「あ、でもあれやで、さっきまでそこに座ってたお客さん覚えてるかな?あの人は競馬のプロやで」
「え、プロっていうのは?」
「競馬だけで食べてる人」
それは凄い。
「その人がいつも買ってる新聞とか分かりますか?」と間抜けな質問をしてみましたが、「いやあ、そこまで見てへんわ」との事。
「でも、平日も毎日勉強してはるわ。全ての時間を競馬に費やしてるみたいやで」
どのジャンルでも極めようと思ったら片手間では厳しいんやなあ……と、しみじみ感じながら盃を傾けました。
余談ではありますが、この「きよ美」がある坂町会館、建物の入口に看板を構える「田中屋本店」という酒屋さんが所有しているのですが、店主の高齢化や外装の老朽化などを含めた諸般の事情により、一時は取り壊しが決定していると聞いていました。
ところがお会計の時にふとその話題を出してみると、
「なんか、色々あるみたいで、立ち退かんでもええようになるかもやわ」
と、複雑な表情を浮かべながらもとりあえず安堵しているご様子でした。その件についてあまり深く追及するのは無粋なのでやめておいたが、やはり建物を解体するのにも予算がかかるのかもしれません。
道頓堀WINSを利用する競馬ファンの間でも坂町会館というのは馴染みのある名前だけに、少しでも長く存続する事を願うと同時に、仮に「きよ美」が数年後移転せざるを得なくなったとしても、やはりこの坂町エリアで営業を続けて、競馬ファンを母のような気持ちで見守っていて欲しいと……そう、望んでおります。
写真:カネミノブ