[大狩部だより番外編]サマーセール密着ルポ「大狩部牧場の長い一日・前編」

サマーセール3日目の競りがはじまったころ、そろそろ羽田空港の保安検査場を通過しようというときにスマホに一件の通知が入った。

「すみません、明日現地で入る馬房の設営準備等あり、競り場でバタバタしていると思うので、本日はお会いするのは難しそうです」

大狩部牧場代表・下村優樹さんからのLINEだった。事前の打ち合わせでは前日夕方から密着する予定になっていたが、よほどのことだろうと察し、了解する旨を返信した。北海道サマーセールは全6日間行われる国内最大規模のサラブレッドセールであり、馬房は日替わりで各牧場が使用する。連続開催である以上、馬房を準備する時間は前日に使っていた牧場が帰ったあとしかない。なにか手違いがあれば、上場馬の動揺を誘ってしまう。改めて一日密着する私も余計なことをやらかさないようにと肝に銘じた。2026年8月20日は大袈裟でもなんでもなく、大狩部牧場にとって勝負の一日だった。今回、私は主催者の日高軽種馬農業協同組合北海道市場に取材申請をし、間近でその一日を見守ることにした。

新千歳空港に降りたのは前日の午後。かなり強い雨が降っていた。天気予想はこの先、当日の午前中にかけて雨予報だったので、雨合羽を用意していた。競り当日の午前といえば、比較展示が行われる。せっかくの晴れ舞台なのに、ピカピカの毛艶をアピールできず、展示を見に来るお客さんにも影響があるのではないかと考えながら、日高道を東へ。馬産地に入る。下村さんとの予定がなくなってしまったので、かわりに門別競馬場へ。最近、治郎丸敬之氏の著書『馬体の教科書』(ガイドワークス刊)を読んだこともあり、ここはひとつ新聞を買わず、パドックで馬体だけを見て馬券を買おうと試みたが、甘かった。門別の直線は長い。

運命の日。平取の宿で目を覚ます。すぐにカーテンを開けて空を眺めると、雨どころか薄っすら日が差していた。有名な話だが、馬産地の天気予報はまず当たらない。太平洋に面した日高の南はちょっとした風の流れで空模様がコロコロと変わる。実際は雨合羽ではなく、帽子と日焼け止めが必要だった。午前7時、セール会場に入る。迎えに来てくれた下村さんは笑顔のなかに緊張感を湛えていた。

「競りは怖いです」

事前の打ち合わせから何度も口にしていた言葉だ。おそらく生産者としての本音だろう。競馬はどの視点から眺めるかでその姿形は大きく変わる。私たちファンから見えるのはその氷山の一角でしかない。それは競りも同じだ。購買者サイドの思惑も生産者の心境もライブ配信で楽しむファンも、同じ競りを眺めていても、まるで見える景色が異なる。これは競馬に限ったことではなく、世の中のあらゆる事象でも同じだ。対象に対する立ち位置によって見え方はまるで違う。そこを埋めるためには想像力が必要であり、その立ち位置の近くから眺めなければならない。今回、私が下村さんに取材をお願いした目的はこれだった。いったい生産者にとって競りとはなんなのか。ライブ配信されるのは上場馬が鑑定台の前に立ち、そこを立ち去るまでの数分間しかないが、いったい、生産者はその瞬間、なにを感じるのか。とかく生産者の世界は競馬ファンにとってリーチしにくく、それゆえに誤解を受けることもある。あえて積極的にYouTubeで配信する下村さんなら伝えてくれるにちがいない。私たちは生産者のことを知る必要がある。どんなに競馬が隆盛を極めようと、競走馬が高く売買されようとも、生産者がいなければ続けられない。競馬を支えている欠かせない土台だ。セール会場でご挨拶させてもらった増尾牧場の増尾秀樹さんも「馬づくりはどうしたって機械化できない。人がやらないといけませんから」とおっしゃった。日高の生産者にとって馬が売れるのは歓迎すべきことだが、解決しなければならない課題もある。私たち競馬メディアは競馬を題材にした生業である以上、問題解決への道筋を考えるべきだろう。

生産者が競りでもっとも表情を崩す瞬間はいつなのか。下村さんを観察していてわかった。それはハンマーが落ち、購入価格が確定したときではなく、最初の一声がかかった瞬間だった。一声かかり、競りが動き出すということは、落札が確定したことを意味し、主取りではないことが決まる。生産者は生産馬が生まれたときから競りや庭先取引といった販路のなかでこの瞬間を目指し、育てている。それは下村さん流にいえば「決してゴールではない」が、一つの大きな山を乗り越えた瞬間でもある。一声かかるかどうか。それは鑑定台の前に上場馬が立たなければわからない。セール当日の朝に感じた緊張感はここにあった。最低落札額を提示して行う競りにおいて、あの一声がすべて。だから、一声かかった瞬間に一気に緊張がほぐれる。セリ会場の中央にそびえる鑑定台は人と馬の運命の分岐点。鑑定台の左右にある入り口と出口は一本の通路ながら、その先の景色はまるで違う。

運命の朝を迎えるにあたり、大狩部牧場の4頭の上場馬たち(アッシュケーク2025、イリデッセンス2025、ヒメワカバ2025、マレンカヤ2025)はいつもと違う時間を過ごしていた。前日に悪天候が予想されたため、4頭は一晩、馬房で過ごした。大狩部牧場の生産馬は20時間の昼夜放牧が当たり前。夜は放牧地で過ごすが、この日は馬房で一晩を明かした。これだけで敏感なサラブレッドはなにかを感じ、予期せぬ動きをすることも、心が揺れ動くこともある。また当日は外部の馬運車を手配し、4頭同じ馬運車に乗った。これも練習していないはじめての経験であり、動揺の呼び水となりかねない。車内ではキョロキョロしていたものの、幸い目立った行動はなかった。これらすべては人との信頼感が土台にある。いつもと違うことをしていても、毎日顔を合わせる人が近くいるから、平静を保つことができる。この信頼は一朝一夕では得られない。生まれてから今日まで下村さんと職員のみなさんが生産馬に寄り添ってきた成果だ。毎日、30分以上、馬と一緒に歩く練習を積んできた。それもただ歩くわけではない。あらゆる場面を想定し、決して揺らがない信頼関係を築くためにやってきた。言葉を交わせなくとも、曳き手で会話する。目を見ればわかる。何百年ものときをかけ、サラブレッドと人間が築き上げてきた信頼はここに集約される。

午前8時。比較展示がはじまる。上場順に6組にわけておこなわれる展示はいわば参加者へのお披露目の場。ここで信頼関係を礎とし、上場馬が秘める資質をアピールできないと、話にならない。だが、大勢の人が縦横無尽に行き交う展示会場は普段、牧場で過ごす上場馬たちにとって混沌そのもの。いきなり小学生が渋谷のスクランブル交差点に立たされるようなものだ。それも大勢の人が自分に注目している。動揺して当たり前だ。それでも、落ち着かなければならない。横にいる人間を頼れないとなし得ないことだ。先陣を切ったのはアッシュケーク2025。下村さんはこの展示の約30分間で、いかに多くの人が集まるかで決まるという。購買者からは馬体重と最低金額を聞かれる。聞かれないということは興味がないということ。その上で「歩かせて」というリクエストは候補に入れてもいいと考えているととれる。もちろん、カタログを見ながら素通りする人もいる。参加者にもそれぞれ思惑があり、欲しい血統、理想とする馬体は違う。大狩部牧場の上場馬はお尻こそ自慢だが、決して馬体重は大きくない。アッシュも437キロ。ほかの上場馬は1歳で470キロを超える馬も少なくない。見た目の大きさは違う。だが、それも信念のひとつ。大狩部牧場はあくまで生産馬のナチュラルさ、自発的な成長にこだわる。アスリートにとってそれは欠かせない資質そのものだからだ。アッシュは展示が終わって馬房に戻ってからも参加者がもう一度見せてほしいと訪れていた。京成杯を勝ったクリスタルブラックの弟という血統背景もあったが、なにより人目を惹く馬体をしていた。

次はイリデッセンス2025。こちらは牝馬ということもあり、展示の30分間、決して落ち着いていられなかった。何度も立ち上がりかけ、落ち着いて歩くことも難しかった。曳き手を担当する職員は帽子を飛ばしながらも、懸命になだめようとする。アッシュほどの注目はなかったが、それでもある程度の人たちが足を止めてくれた。競りはギャンブルであり、究極の点だ。上場されるその日の挙動ひとつで評価を受け、その一点で決まる。そこまでの成長も未来の姿も関係なく、展示の時間だけで判断を下されると言っても過言ではない。もちろん、参加者は馬体から過去も未来も想像するわけだが、それも上場馬が落ち着いていないとそれも難しくなる。

イリデッセンスに限らず、ほかの上場馬も牝馬はパニックを起こしかけることが多かった。やはり敏感だ。それにつられて嘶き、騒ぎ出す牡馬もいる。そんな一頭になりそうだったのがヒメワカバ2025。普段、牧場で同い年の牝馬を見てはいるものの、それも生まれてから一緒にいる顔見知り。比較展示に向かう直前の練習で見ず知らずの牝馬を目にするや馬っ気を出しはじめた。「こんなところで男を出さなくていいぞ」下村さんはそう言いながら、カタログで前後に牝馬がいないか確認する。比較展示は基本、番号順に並んでおこなわれる。前後に牝馬がいるということは展示中、近くに牝馬がいることを意味する。自然な反応ではあるものの、究極の点である競りではマイナス材料になりかねない。集中力がないと思う参加者もいるだろう。だが、ワカバは決してそういう馬ではない。それは目を見ればわかる。その目からは真っ直ぐで集中力の塊のような強い意志を感じる。実際、展示では徐々に冷静さを全面に出し、力強いフットワークを披露した。カラヴァッジオ譲りの強靭な下半身に大狩部牧場の勾配のきつい放牧地での鍛錬が加わった歩きは目を惹くものがあった。私も自信を深めた。

自信という意味ではいちばん難しかったのはマレンカヤ2025だろう。セールに上場するにあたり、マレンは母譲りの気難しい面をみせた。2ヶ月ほど前は臆病で歩く練習もままならず、触らせてもくれなかったそうだ。下村さんは毎日、マレンの馬房の前に立ち、心を開いてくれるのをじっと待った。こちらからアプローチせず、あえてマレンから近づいてくるのを待った。やがて匂いを嗅ぎに来て、甘えるようになった。気難しいのではなく、人間の意志をくみとりたくても上手にできない馬だった。だから下村さんはマレンが受け入れるまで馬房の前に立ち続けた。私はちょうどそんな時期に大狩部牧場を訪れ、マレンカヤの立ち写真撮影に行き当たったことがある。なかなか立つことができず、動画は途中で終わってしまい、公開されなかったが、それは私との約束の時間を過ぎても終わらなかったからだった。おまけにマレンは5月後半の生まれで、馬体の成長が早生まれより遅い。といっても、私が撮影当時に見た馬体とは見違えるほど大きくなっていた。これは線で見ればわかることだが、点だとどうしても伝わりきらない。さらに上場番号は4日目の最後に近い。参加者が最後まで残ってくれるどうか、予算が残っているかどうかもわからない。上場順など運も必要な競りにおいて、マレンは運を引き寄せているとはいえない。いくつかの不安材料が重なるマレンが未来を切り拓いてくれるかどうか。こればかりは信じるのみ。気がつけば、「Life is…」で母マレンカヤの世話をするコノドの足立さんも比較展示を見守っていた。「Life is…」の会員でもある私も同じ。なんとかマレンにいいご縁があるように祈るしかなかった。

最後の組だったマレンの比較展示が終わると、職員たちは競りがはじまるまでの約30分間で昼食をとる。私が昔、働いていた築地の男たちと似た雰囲気を感じる。口数は少ないが、仕事はきっちり。できる男たちの集団であることはすぐにわかった。どの世界にもプロフェッショナルはいる。任せられる職員を抱える下村さんは羨ましい。スポークスマンとして馬主や調教師などに対応する代表と大番頭役の専務がいて、日々、作業に勤しむ職員たちがいる。絶妙なバランスを形づくる最高のチームは大狩部牧場の礎といっていい。そんな彼らが昼食を用意する間も参加者が4頭の上場馬をもう一度見ようと次々と訪れる。それは手応えそのもの。だが、休む時間がとれず、慌ただしくもある。そうこうしていると、いよいよ競り開始時刻がやってくる。アッシュの出番は3番目。直前まで馬見せを行いながら、男たちはアッシュの身なりを手際よく整え、美しい馬体をパレードリンクへと送り出す。そこは参加者にとって最後の歩様確認の場。運命の時間は刻一刻と迫る。

つづく

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