史上初のG1レースで1着同着!漫画のような決着に心躍った2010年オークスの思い出。

競馬では時として長い写真判定の末に、わずか数cmの差で明暗がはっきり別れてしまうレースがある。
中でも特に有名なのが1999年の有馬記念ではないだろうか。ゴール前でテイエムオペラオーが一瞬先頭に立ったところで、外からグラスワンダーとスペシャルウィークが差してきて、最後はこの2頭が鼻面を合わせてゴールイン。その着差はわずか4cm。ゴール後にスペシャルウィークに騎乗していた武豊騎手は勝ったと思ってウイニングランを始め、逆にグラスワンダーに騎乗していた的場均騎手は負けたと思ってそそくさと引き上げていった。……が、結果は両騎手の思いとは裏腹にグラスワンダーが勝利しており、乗っていたジョッキーでさえも勝ち負けを間違えたこのレースは、今も伝説として語り継がれている。

また2008年の天皇賞・秋においてもウオッカとダイワスカーレットが着差わずか2cmの名勝負を繰り広げているし、1996年のスプリンターズステークスで勝敗を競ったフラワーパークとエイシンワシントンの着差はなんと1cmであった。

こういった数々の名レースを見ているうちに、“G1レースは大接戦でも必ず決着はつくもの”という先入観が自分の中に出来上がってしまっていたのだろう。そのことに気づかされてハッとさせられたのが、2010年のオークスであった。

史上初のG1レースでの1着同着

これまで数々の名勝負でも写真判定の結果で必ず明暗は別れていたので、私はG1レースの1着同着は漫画の中でしか起こり得ないことだと思い込んでいた。

かつて週刊少年ジャンプで連載していた「みどりのマキバオー」という漫画では、主人公のミドリマキバオーと、その最大のライバルであるカスケードが、激闘の末に日本ダービーで同着となるシーンが描かれていた。最後の直線の攻防ではどちらが勝つんだと心躍らせ、その後の展開で胸を締め付けられるような思いをさせられた「ミドリのマキバオー」屈指の名場面。当時中学生だった私は、このシーンが大好きで何度も貪るように読んでいたものだが、これと同じようなG1レースでの1着同着が、まさか現実で起こるとは。しかもマキバオーとカスケードが死闘を演じたのと同じ東京競馬場の芝2400Mの舞台で。

その2010年のオークスで1着同着となったのが、アパパネとサンテミリオンであった。

アパパネはご存知の通り2010年に史上3頭目の牝馬クラシック3冠を達成した馬で、美しい顔立ちと白いシャドーロールを揺らしながら走る姿が何とも印象的な馬であった。前年の阪神ジュベナイルフィリーズを勝利し2歳女王となり、さらには桜花賞も制して1番人気でオークスの舞台へと駒を進めてきた。

一方のサンテミリオンはクラシックの王道路線を歩まずにフラワーカップ3着、フローラステークス1着というローテーションで、G1レースはこのオークスが初出走。

アパパネとサンテミリオンはこのオークスが初対戦。当日は雨が降りしきる中、稍重という馬場コンディションでスタートが切られた。

まず勢いよく先頭に立って逃げていくのがニーマルオトメ。アグネスワルツとショウリュウムーンがそれに続いていく。大外18番枠に入ったサンテミリオン、17番枠のアパパネは揃って中団外目からレースを進めていく展開。

最後の直線に入ると外を回ってきたピンクの帽子2頭が、まるで併せ馬でもしているかのように並んで追い込んできた。前哨戦のフローラステークスでは先行2番手から押し切ったサンテミリオンは打って変わって素晴らしい差し脚を披露する。アパパネもレース前は「血統的に2400Mは長いのでは?」と距離不安が囁かれていたが何のその。直線に入っても脚色は鈍ることなくサンテミリオンに負けじと猛然と追い込んでくる。これはもう完全に2頭の一騎打ちだ。双方とも決して譲ることなく、最後は全く並んでゴールイン。

買った馬券が外れたことなんて関係ない。そんなものは観戦料だ。歴史に残る名レースをリアルタイムで観られた感動と興奮が身体中を駆け巡る。敢えて言うなら現地で観戦していなかったことだけが心残りといったところか。

レースが終わって15分ほど経過した頃、掲示板には「同着」の文字が映し出され、レースは確定した。

憧れの2人が並んで勝利ジョッキーインタビュー

騎乗していたジョッキーにも目を向けると、アパパネには蛯名正義騎手(現調教師)、サンテミリオンには横山典弘騎手がそれぞれ騎乗していた。2人並んで嬉しそうに勝利ジョッキーインタビューを受けているシーンを覚えている方も多いだろう。

そもそも私が競馬を見始めたのが1997年だったのだが、当時は後に競馬黄金世代と呼ばれることになる1998年にクラシックを迎えた馬たちが丁度デビューし始めた時代であった。前述したグラスワンダーやスペシャルウィークに加え、最近ではウマ娘のキャラクターとしても有名になっているエルコンドルパサー、セイウンスカイ、キングヘイローといった錚々たる名馬たちがひしめき合っていたこの世代。当時中学生だった私もこの名馬たちを夢中になって追いかけていたものだ。

その中でエルコンドルパサーの手綱を取っていたのが蛯名正義騎手。3歳時のジャパンカップではスペシャルウィークやエアグルーヴを破って優勝し、4歳の時には長期に渡りフランスへと赴き、凱旋門賞では惜しくもモンジューに敗れはしたものの2着となる活躍を見せてくれた。横山典弘騎手もセイウンスカイに騎乗して、皐月賞や菊花賞ではスペシャルウィークの猛追を凌いで見事に2冠を達成した。両名とも私にとっては憧れの存在だ。

その関東のトップジョッキー2人による叩き合いだったという面も、私にとって思い出深いレースとなった一因であった。

いつの日かまたG1同着が見れる日を信じて

馬券が当たった外れたで一喜一憂するのも競馬の楽しさのひとつではあるのだが、手に汗握る名勝負に心踊らせるのが私は何より大好きだ。時として、こういった名勝負に出会えることがあるから競馬はやめられない。

いつの日か、またG1レースで1着同着という劇的なレースを見られる日はやってくるのだろうか。もしかしたら私が生きているうちには見ることができないかもしれない。それでも、また見られる日が来ることを信じて、今週も競馬観戦を楽しみにしているのである。

写真:Hiroya Kaneko、Horse Memorys

あなたにおすすめの記事