コントレイルは種牡馬としても飛び立てるのか?

あの可愛かったモシモシ君が、3冠馬になって、種牡馬入りする日が来るとは思いも寄りませんでした。当歳時にノースヒルズ清畠で初めてコントレイルを見たときのエピソードは、あちこちのメディアで書いていますので割愛しますが、実はこのときの写真がかなりレアみたいですね。テレビ番組のコントレイル特集では使わせてくださいと依頼がありますし、なんとコントレイルの引退式の映像としても使ってもらいました。ノースヒルズ清畠に招待してくれた前田幸治オーナーに、わずかながら恩返しができたかなと安心しました。

これだけの名馬でも、幼少時の写真や映像が残っていないことに驚かされます。当時は数いるディープインパクト産駒の1頭に過ぎなかったのでしょうし、父ディープインパクトも幼少時はほとんど目立たない存在だったように、コントレイルもごく普通の馬だったのでしょう。最近、僕の最愛の馬ヒシアマゾンのドキュメンタリーDVDを見ましたが、ヒシアマゾンもデビューするまでは兄ヒシアリダーの影に隠れて並みの馬だと思われていたそうです。名馬というものは、競馬場で走ってみて初めて名馬と分かるのだと思います。シェイクスピアの「ヴェニスの商人」の中で「All that glitters is not gold.(輝くもの全て金ならず)」という名言がありますが、逆もまた真なりということですね。全ての金が輝いているとは限らないのです。

さて、僕にとって思い入れのある馬となったコントレイルについて、最後は種牡馬としての未来や価値について語って締めくくりたいと思います。ディープインパクトの直仔であり、無敗の3冠馬であり、古馬になってジャパンカップを勝って引退したという事実だけで、種牡馬としての未来は約束されていると言っても過言ではありません。ちょうど父ディープインパクトが亡くなった後に種牡馬入りできたことも、コントレイルにとっては幸運でした。これまでは父の配合相手となっていた、国内外のサンデーサイレンスの血を持たない超一流の良血繁殖牝馬が回ってくることは確実です。また、種付け頭数制限のない日本においては、毎年200頭前後の産駒をターフに送り出すことが可能です。父に比べると馬体的にはコロンとして、母系が米国血統ですから、スピードとパワーを強調する種牡馬になる可能性は高いのですが、繫殖牝馬から馬体の伸びやスタミナを補強されつつ、スプリンターから中長距離馬まであらゆるタイプの馬が誕生するはずです。これで産駒に走るなと言う方が無理な話でしょう。

セレクトセールを中心として、コントレイル産駒は億の値をつける馬も出てくるでしょうし、たとえ牝馬であっても種付け料(初年度1200万円)以上の価格で取引されることはほぼ確実ですから、生産者たちも喜んで自らの牧場の1番の繫殖牝馬を連れてくるはずです。そして何よりも、生産者にとって、コントレイルがディープインパクトの最大の後継者として待ち望まれていた理由は、その血統構成にあります。

ざっと母系を見渡してもらうと、それほど日本の競馬に多く見られる馬たちではないことが分かります。今でこそ父ディープインパクト×母父Unbridled's Songは黄金配合だとされていますが、実はそれほど多くみられる血統構成ではありません。

同じく2021年のジャパンカップを走った、日本ダービー馬であるワグネリアンやマカヒキの血統表を見てみてください。ワグネリアンであれば母父がキングカメハメハであり、マカヒキは母父がフレンチデピュティ、その父はDeputy Ministerと日本の競馬に数多く入り込んでいる血で構成されていることが分かります。サンデーサイレンスの血をクロスさせないように、非サンデー系の良血の繫殖牝馬を配合しようとしても、その繫殖牝馬にキングカメハメハやフレンチデピュティの血が入っているため、そちらがクロスしてしまうという悪循環になってしまいます。これがマカヒキやワグネリアンが日本ダービー馬であるにもかかわらず、現役を続けざるをえない理由のひとつです。

たとえば、キングカメハメハ肌のアパパネにディープインパクトの後継者を配合しようとしてワグネリアンをかけた場合、次のような血統表になります。

せっかくサンデーサイレンスの血が一滴も入っていないキングカメハメハ肌にもかかわらず、ワグネリアンが母系にキングカメハメハを持っているゆえに、キングカメハメハの3×2という強いクロスが発生してしまうことになります。

同じく、クロフネ肌のカレンチャンにディープインパクトの後継者であるマカヒキを配合すると、以下のような血統表ができあがります。

こちらもせっかくサンデーサイレンスの血が全く入っていないクロフネ肌にもかかわらず、マカヒキが母系にフレンチデピュティを持っているがゆえに、フレンチデピュティの3×3という強いクロスが発生してしまうのです。

先々のことを考えて、できる限りサンデーサイレンスの血をクロスさせないよう思いを巡らせている生産者にとって、せっかくキングカメハメハやクロフネ肌の非サンデーサイレンス系の優秀な繫殖牝馬を持っていても、マカヒキやワグネリアンを種付けするとサンデーサイレンスではない血が濃くなってしまうという矛盾が生まれるのです。実際には、サンデーサイレンスの血を持たない繁殖牝馬よりも、サンデーサイレンス×キングカメハメハやサンデーサイレンス×クロフネの組み合わせの優秀な繫殖牝馬はかなりの数がいて、それらの繫殖牝馬にとってサンデーサイレンスもキングカメハメハもクロフネも、全てが濃くなりすぎてしまうため、種牡馬としてのマカヒキやワグネリアンは避けられてしまいがちということです。

2021年12月時点のブルードメアサイアーランキング(総合)を見てみても、2020年に引き続きキングカメハメハが1位、そして2位はディープインパクト、3位がクロフネと並んでいますから、マカヒキはランキング2位と3位、ワグネリアンは1位と2位の優秀な繁殖牝馬群に種付けをしにくいということになります。これは質的にも量的にも大きなディスアドバンテージですね。さらに言うと、マカヒキは7位のフレンチデピュティ肌にもつけにくいという四面楚歌です。

母父がストームキャットであるキズナは、ディープインパクト直仔の日本ダービー馬として、種牡馬としても成功を収めつつありますが、コントレイルの競走実績の方が圧倒的に上である以上、種牡馬としての評価や実績は逆転されてしまう可能性が高いです。シャフリヤールも母系がしっかりしていて、しかも日本にそれほど馴染のある血ではないため、今後の競走成績次第ではコントレイルに近づく存在になるかもしれませんが、コントレイルを超えることは難しいかもしれません。

ちなみに、先ほど例として挙げたアパパネやカレンチャンにコントレイルを配合してみると、以下の血統表になります。

実にきれいなアウトブリードですね。インブリードが悪いということではなく、せっかく非サンデーサイレンス系の優秀な繁殖牝馬を抱えているのに、わざわざ非サンデーサイレンスの血をインブリードさせる必要はなく、子どもだけではなく孫やその孫の未来も見据えて、ごく自然なアウトブリードの形で優秀な血の多様な発現を待つ方が良いと考えるのは当然だと思います。そういう意味でも、コントレイルの血はひこうき雲が大空に残るように2代、3代先にも繁栄してゆくのではないでしょうか。

もちろん、ステイゴールドのように凄まじい遺伝力を示して自らの力で種牡馬の勢力図を塗り替えるような馬もいますので、上記のディープインパクト直系の種牡馬たちがそれぞれに大物を出して血を繋げてゆく可能性はありますが、サラブレッドの半分は牝馬の血統に影響される以上、繫殖牝馬の質と量、それにまつわる経済や人間の力学を覆すのは簡単なことではありません。

なんて理屈っぽいことを書いてしまいましたが、僕が言いたいことは、コントレイルには種牡馬としても成功してもらいたいし、成功するだろうということです。もし自分で繫殖牝馬を持って生産を手掛けるとしたら、真っ先に種付けしたい種牡馬なのですが、逆立ちしても小銭が落ちてくるぐらいで、1200万円なんて種付け料は到底出せません。幼少の頃から知っているコントレイルが大きくなって3冠馬となり、種牡馬としても大成功を収めるのを指をくわえながら見守るしかないのです。あのとき、モシモシ君に、「きみが大きくなって立派な種牡馬になったときには特別割引料金で種付けしてね」と指切りゲンマンしておけばよかったなあ。


追伸
おかげさまで、「ROUNDERS」vol.5がAmazonでもベストセラーになり、増刷の運びとなりました。これまでの「ROUNDERS」シリーズの中で最も速いスタートダッシュです。まさかこのような難解な血統本が現代の日本でこんなにも買ってもらえるとは。誤解を恐れずに言うと、売れる本ではなく歴史に残す作品としてつくったので、嬉しい誤算です。ありがとうございます。

競馬評論家であり血統研究家の山本一生さんが、メルマガ「もきち倶楽部」にて、こんな風に書いてくださいました。

競馬雑誌『ROUNDERS』の第5号が刊行された。立派な雑誌である。30年ぐらい前に、日本短波放送から刊行されていた雑誌『馬劇場』で、のちに『競馬学の冒険』に収録するエッセイを連載したことがあった。最初の号を佐藤正人さんにお送りすると、「短波ともあろうものが、もっと立派な競馬雑誌を作らなくてはいけない」と、なぜか私がお小言を頂戴した。競馬の雑誌や本について、佐藤さんは次のような名言を遺されている。

「一国の競馬の質は、その国でいかに競馬に関する雑誌や単行本が出版されているかによって判断できる。競馬に関する立派な本が出版されている国の競馬は、質の良い競馬を行なっている」(エイブラム・ヒューイット『名馬の生産』「あとがき」)

競馬の雑誌や本は立派でなくてはいけないというのが 、「日本の競馬文化の先覚者」 ともいわれる佐藤正人さんの信条であった。 『ROUNDERS』第5号は、その名に値する雑誌と言える。


立派な競馬の雑誌や本をつくらなければならないと言われると、僕もそう思って取り組んできましたので嬉しい限りですし、身が引き締まる思いがします。こんなこと言うと怒られるかもしれませんが、売る(売れる)ためだけの本は書きたくありませんし、雑誌もつくりたくありません。そうはいっても、売れない本や雑誌はつくり続けることができませんので、逆説的かもしれませんが、こうして売れたことで、これからも自分が読みたい本や雑誌をつくり続けていくことができると思っています。まだお買い求めになっていない競馬ファンの方はぜひAmazonやお近くの書店にて購入していただき、三が日にゆっくりとお読みください。

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