[連載]イーストスタッドブログ・第2回 種牡馬の快適な生活とは

ウマフリ読者のみなさま、こんにちは。
イーストスタッドのマネージャー佐古田直樹です。
前回、イーストスタッドの魅力の一つとして『広大なロケーション』を挙げました。
種牡馬がのんびりと快適に過ごす放牧地は、毎年見学期間を設けてファンの方々にも開放しています。放牧地見学は、種牡馬の日常が垣間見える貴重な機会となっています。

種牡馬は1区画に1頭ずつ放牧されており、ここはホッコータルマエ、そこはエイシンヒカリ…といった具合に放牧場所も決められています。毎日過ごす放牧地はテリトリーとも呼べるプライベートな空間となっていて、周囲の放牧地には見慣れた馬という安心感があります。長い時間を過ごす場所ですから、出来る限り快適な環境を提供したいものです。

馬の入退厩によって調整が必要となる放牧地の変更では、既存の組み合わせはできるだけ変更しないようにして、新しく入厩する馬に空いている放牧地を割り当てるようにしています。種牡馬は他馬の臭いに敏感で、放牧地では自分の糞の臭いを確認して同じところに糞を重ねるマーキング行為に励むような神経質な馬もいます。そんな馬はテリトリーへの執着も強く、見知らぬ馬が近づくと強く抵抗を示すので、注意しなければなりません。

種牡馬を初めての場所に放牧する際も、慎重に作業を進める必要があります。初放牧では、慣れない場所に興奮して駆け回ったり、勢いのあまり牧柵に衝突したりすることがあるからです。2021年に入厩した欧州最優秀2歳牡馬のヴァンゴッホは、日本へ入国する直前に滞在した英国の牧場で牧柵に激突して大怪我を負う事故がありました。その後、イーストスタッド入厩時の初放牧はとても慎重におこなっています。

また、初顔合わせとなる周りの種牡馬たちも、自らのテリトリーを主張するように鳴いたり走ったりして不安を煽ります。ですから、初めて放牧する前には引き運動で周りの環境に十分慣らしてから、各所に人を配置したうえで馬を放牧して見守ることになります。

広い放牧地に放たれることが久しぶりとなる引退競走馬などは、嬉しさも相まって全力疾走することになるケースが多いです。放牧した瞬間に重心を低くして躍動する姿は「さすがトップホース」と思わせる迫力ですが、見守る我々はヒヤヒヤすることにもなります。そうやって周囲の馬と挨拶を交わして軽く発汗すると、食欲に誘われて青草を食べ始め、徐々に平穏が訪れていくことになります。

ただし、その場所に馴染めない馬も稀にいて、放牧地の変更を余儀なくされることがあります。変更先は快適な生活を送っている誰かのテリトリーということで、それぞれの放牧地周辺にも再び騒ぎを起こすことになってしまいます。

近年でそのような事態になったのは2020年に入厩したエイシンヒカリでした。競走馬時代は破天荒なレースぶりが印象的ですが、今でもときおり我の強いところが見られます。そんな彼が放牧地に馴染めなかった原因は、その周辺環境でした。

イーストスタッドには隣の牧場で放牧される1歳馬が見通せる放牧地があります。正直、種牡馬の放牧に適しているとはいえませんが、1歳馬を眺めながらのんびりと過ごしている種牡馬の姿もあるのです。そこにエイシンヒカリを放牧したところ、当初は問題なく過ごしているように見えました。しかしそのうち、1歳馬を眺めながら柵沿いを30分以上ウロウロする日課が始まったのです。

エイシンヒカリは、興奮するわけでもなく淡々と歩き続け、納得すると何事もなかったように草を食んで過ごしています。判断に迷う状態でしたが、数週間が経つと蹄跡で放牧地の傷みが酷くなったので、1歳馬の見えない放牧地へ移動し、問題は解決しました。

草に覆われた放牧地は馬の蹄を健康に保つのに重要な役割を果しています。馬の快適な生活を守るためにも、放牧地のコンディションにも目を向けた総合的な判断が求められます。

写真:Horse Memorys

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