![[今週の注目馬]オークスへ——今村聖奈騎手とジュウリョクピエロが描く、「挑戦」への軌跡](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/05/0O9A0959-scaled.jpg)
5月の日曜日。府中競馬場の15時半を過ぎる時間帯は、独特の緊張感が漂う。初夏の太陽が射しこむ芝コース。その美しさとは裏腹に、GⅠの舞台での熱い戦いが毎週展開される。
今週はオークスだ。15時40分にゲートが開く。オークスというレースは、牝馬にとってはどこまでも過酷だ。3歳牝馬にとって未知の2400メートル。スピードだけでは辿り着けず、気性、折り合い、体力、そして騎手との呼吸——あらゆる要素が噛み合った馬だけが、最後の直線で光を浴びる。だからこそ、この舞台には特別な意味が宿る。それは単なるGⅠではない。3歳牝馬が未来へ向かうための「通過点」であり、競走馬と騎手が、自らの可能性を証明する場所である。
今年のオークスの舞台に、女性騎手として初めて今村聖奈騎手がジュウリョクピエロで挑む。まさしく「挑戦」という言葉がよく似合うオークスである。
■デビューからの飛躍——「女性騎手」ではなく「今村聖奈騎手」として
今村聖奈騎手が中央競馬デビューを果たしたのは2022年。初年度から51勝という鮮烈な数字を残し、一気に競馬界の注目を集めた。だが、彼女の存在感は単なる「女性騎手の話題性」だけでは語れなかった。柔らかな手綱さばき。馬のリズムを崩さない追走。そして、勝負どころで迷わず踏み込める胆力。減量制度の恩恵だけでは説明できない「勝てる技術」が、そこにはあった。
デビューイヤーの象徴的な勝利と言えば、やはりCBC賞のテイエムスパーダだろう。超高速決着となった夏の中京芝1200メートルを果敢な逃げで押し切った。勝ち時計1分05秒8。当時のレコードタイムである。このレースで印象的だったのは、単に逃げ切ったことではない。「怯まなかった」ことだと思う。重賞の舞台で、強気に、自分のリズムを信じ切って乗った。若い騎手には珍しいほど腹が据わっていた。

その後も彼女は勝ち星を積み重ね、2025年秋には中央競馬通算100勝を達成。減量騎手を卒業してからも騎乗依頼は減らず、GⅠの舞台(2022、2023ホープフルS)の出走も経験した。それは数字以上に、「今村聖奈」という騎手が、競馬界に必要な存在として認められてきた証なのだと思う。
もちろん、その道のりが平坦だったわけではない。期待が大きい騎手ほど、勝てない時期には厳しい視線を向けられる。騎乗判断への批判もあった。結果が出ない日々もあった。
だが、彼女は逃げなかった。レース後の悔しそうな表情も、インタビューで言葉を選びながら前を向く姿も、多くのファンは見てきたはずだ。華やかな勝利の裏側で、彼女は何度も負け、そのたびに立ち上がってきた。だからこそ、今回のオークス初騎乗には、単なる「若手騎手の挑戦」以上の重みがある。
■ジュウリョクピエロ——才能と転機を併せ持つ三歳牝馬
今村聖奈騎手のパートナーとなるジュウリョクピエロもまた、興味深い軌跡を辿ってきた一頭である。
2023年2月26日生まれの栗毛の牝馬。父は三冠馬オルフェーヴル。気性の難しさと爆発力を併せ持った名馬の血を受け継ぐ。母ハッピーヴァリューは1戦のみで引退、繁殖牝馬としてジュウリョクピエロを出すまで5頭を競馬場に送り出したが、目立った産駒はいない。
デビュー戦は阪神ダート1800メートル。今村聖奈騎手とのコンビで臨んだレースは、先行して押し切る内容で勝利しセンスの高さを感じさせた。しかし、その後に挑んだダート重賞やオープン特別では結果を出せずじまい。JBC2歳優駿、ポインセチアSと連続7着。能力不足というより、どこか噛み合わない印象が残った。
転機となったのは、芝への路線変更だった。
2026年1月の京都芝2000メートル。1勝クラスで初めて芝を使われると、ジュウリョクピエロはまるで別馬のような走りを見せる。道中はリズム良く運び、直線では上がり34秒0の切れ味で快勝。それまでのイメージを一変し、クラシック路線への伏兵として名乗りを上げた。
そして、勝てば収得賞金を積み上げ、オークス出走が近づく忘れな草賞。ここでも彼女は強かった。後方待機から、長くいい脚を使って差し切り勝ち。しかも着差以上に余裕を感じさせる内容だった。その芝2戦とも手綱を取っていたのが、今村聖奈騎手である。

■今村聖奈騎手とジュウリョクピエロ——「手が合う」理由
ジュウリョクピエロは、普段は落ち着いている一方で、競馬へ向かうと気持ちが前に出るタイプだという。だからこそ、騎手には絶妙なバランス感覚が求められる。抑え込みすぎればリズムを失う。かといって、行かせすぎれば2400メートルは持たない。その難しさを考えると、5戦中4戦のレースで手綱を取っている、今村聖菜騎手とのコンビが噛み合っている理由もよく分かる。
彼女の騎乗には、「馬に走らせてもらう」感覚がある。無理に支配しようとするのではなく、馬の呼吸を感じながら、一緒に流れへ乗っていく。1勝クラスでは、行きたがる気持ちを我慢させすぎず、直線で自然に加速へ導いた。忘れな草賞では、折り合いを重視しながらも、勝負どころでは迷わず外へ持ち出した。どちらのレースにも共通していたのは、「馬の良さを消さない」騎乗に見える。
今村聖菜騎手がレース後コメントで何度か語っている、「乗りやすかった」というコメントは決して派手ではない言葉だ。しかしその端々からは、ジュウリョクピエロへの信頼が伝わってくる。
人馬の関係には、数字では測れない相性がある。手が合うコンビには、独特のリズムが生まれる。今回の二人には、確かにそれが備わっていると思う。

■オークスという2400m——その「挑戦」の先にあるもの
もちろん、オークスは簡単な舞台ではない。2400メートルという距離は、多くの三歳牝馬にとって未知の世界だ。折り合いひとつ、位置取りひとつで、最後の200メートルの脚色が変わる。まして、東京競馬場の長い直線には、「ごまかし」が利かない。
しかし、それでも思いたい。この舞台は今村聖奈騎手に似合う。なぜなら彼女は、ずっと「挑戦者」として走ってきた騎手だからだ。女性騎手という肩書きで語られること。過剰な期待も、時に心ない言葉も浴びてきたこと。それでも前を向き、自分の競馬を探し続けてきたこと。
その積み重ねがあるからこそ、今回のオークス初騎乗は、単なる話題では終わらないはずだ。ジュウリョクピエロとともに走る2400メートルは、彼女自身の「これから」へ続く道でもある。
大切なのは、特別なことをしようとしないことかもしれない。ジュウリョクピエロの呼吸を感じ、リズムを守り、最後の直線へ向かう。これまで積み重ねてきた競馬を、そのまま大舞台で表現すればいい。
22歳の若き騎手と、芝で才能を開花させた栗毛の牝馬。
その挑戦の結末がどんなものになるのか、今はまだ誰にも分からない。しかし、結果以上に胸を打つレースというものは、確かに存在する。
だから願わずにはいられない——。
どうか、胸を張って走ってほしい。風を切り、東京の長い直線を駆け抜けてほしい。オークスという大舞台で刻まれる一歩が、きっと今村聖奈騎手とジュウリョクピエロにとって、未来へ繋がっていくはずだから——。

写真:かずーみ、I.Natsume
![[重賞回顧]2強激突!連綿と続く勝利への路~2026年・ヴィクトリアマイル~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/05/202605191-300x200.jpeg)