[インタビュー]「競走馬の引退後には多くの選択肢があることを知ってほしい」太田篤志さん(Yogiboヴェルサイユリゾートファーム)の語る想い

かつて競走馬として活躍した馬たちが、引退後に穏やかに幸せな日常を過ごすYogiboヴェルサイユリゾートファーム。
宿泊施設やカフェの併設や、Yogibo社とのネーミングライツ契約、さまざまなグッズの販売など、国内でも稀有な観光型養老牧場として知られ、2025年12月28日に募集を終了した「新厩舎プロジェクト」のクラウドファンディングでは、目標金額を大きく上回る支援を集めた。

そんなYogiboヴェルサイユリゾートファームで人気を集めるのが、スタッフの太田篤志さんだ。

穏やかに過ごす引退馬の日常を伝える、太田さんのSNS投稿には多くのファンからの注目が集まる。
そんな太田さんに、牧場での日常、そして引退馬への想いを伺った。

■「ウイニングチケットと重なって…」 年長牝馬・スカーレットレディへの想い

「ヴェルサイユリゾートファームについては、入社する前から縁があり、何度も足を運んでいました。ただ、初めて訪れた時には現在の厩舎もまだ建っていなかった頃でしたから、正直なところ『ここが“ヴェルサイユ”?』という印象。豪華な名前と実際の牧場の見た感じとの間にギャップがあって(笑) それが、訪れる度に新しい建物ができていて、スピード感がすごいな、という驚きに変わっていきました」

太田さんがYogiboヴェルサイユリゾートファームに入社したのは、2025年4月。
そこから8か月ほどが経過したが、その『スピード感がすごい』という印象は変わらないどころか、むしろさらに深まった。

「入社して、そのスピードは思った以上でしたね。社長(岩﨑崇文代表)が常に新しいことを考えていて、自分の知らないところで工事が進んでいたりしますし、グッズ展開もはやい。直近だと、ラニやトランセンド、エポカドーロたちが新たに牧場にやってきたのですが、来る前からすでにグッズができて、先行販売をしているんです。こうした積極的なチャレンジには、普通はリスクやネガティブな予測などを考えたりするものですが、社長はそうではなく『迷わない』。ここにスピード感の原動力があると思います。いい意味でリスクを怖れないというか、とりあえずやってみて突き進む、という感じです。行動に移すまでに、時間をかけないというか…もし自分だったら、どこかで立ち止まっていると思います(笑)」

そう語る太田さんだが、それだけ変化の速いYogiboヴェルサイユリゾートファームの魅力をリアルタイムに伝えられているのは、紛れもなく太田さんの情報発信の力であり、その人柄である。子どもの日にはウォーリーに扮した太田さんを牧場で探すイベントを開催されたりするなど、飾らずに牧場を訪れるファンとの接点を大切にしているところが、多くのファンの支持を受ける理由の一つなのだろう。

そんな太田さんを含め、厩舎スタッフは5名。
併設のホテルやカフェは別のスタッフが担当しているが、この厩舎スタッフ5名で50頭以上にのぼる引退馬や繁殖馬たちの世話をしているのだから、少数精鋭である。
太田さんが関わっている引退馬の中で印象深い馬について伺うと、その目尻が緩んだ。

「平取の分場(別邸ビラ・ウトゥル)を担当しているんですが、スカーレットレディが好きですね。レディは年が明けると31歳になるんですが、接していると、以前に(別の牧場で)世話をしていたウイニングチケットを思い出すんです」

スカーレットレディは、現役時代は16戦1勝の戦績を残した牝馬。母として、ダートGⅠを多数勝利したヴァーミリアンをはじめ多くの活躍馬を輩出し、繁殖生活を引退したのちにYogiboヴェルサイユリゾートファームにやってきた。

そしてウイニングチケットは、言わずと知れた1993年のダービー馬。柴田政人元調教師の騎手時代に、悲願のダービー制覇を叶えた名馬であり、サラブレッドとしては長寿の33歳まで生き、2023年にその生涯を全うした。

「スカーレットレディはのんびりさも含めて、良い歳の取り方をしているな、と感じます。30歳を超えて生きる馬は少ないですが、そういう馬ならではの食べ方・動き方、という感じを受けます。アドマイヤジャパンが、いつもレディのことを気にかけていて、良い関係を築いているようです。レディは他の牡馬にもモテるんですが、近寄ってくる牡馬たちをジャパンが追い払ってくれたりして、ボディガードのような感じなんです。執拗に追いかけまわされると、転倒したりして怪我をするリスクがあるので、ありがたいですね」

そう語る太田さんの目には、サラブレッドというよりも、生そのものを慈しむような愛が感じられる。
X(旧Twitter)でのポストをはじめとした情報発信にも、その慈愛が乗るからこそ、多くの人に届くのだろう。

「スカーレットレディがアドマイヤジャパンに守られている感じは微笑ましいですし、ジャパンはレディがいることが、生きがいになっているようにも見えるんです。ジャパンのおかげで、レディはここで安心して過ごせているんです。種牡馬なんかはリスクもあるので1頭での短期放牧が多いと思うんですが、引退馬の場合は多頭数の放牧がメインになります。それによって『群れの動物』としての馬の姿を見られるのが、引退馬牧場の魅力の一つだと思います」

■牧場の敷地内に響き渡る『パーン』という爆発音…

Yogiboヴェルサイユリゾートファームの魅力は、それだけではない。
サラブレッドを繋養するには、多くの資金が必要となる。引退した馬が穏やかな余生を過ごすという理想を叶えるために、Yogiboヴェルサイユリゾートファームは多くの試みを行ってきている。その中でも話題になったのが、「破壊王」タニノギムレットが壊した牧柵を再利用したグッズの販売である。

「タニノギムレットは、独特の雰囲気というかオーラを纏っている馬ですね。集牧のときに手綱を引いていると、心の中で『ファン目線』になってしまうというか、ベタベタできない気持ちになってしまいますね(笑) 佇まいや動作、表情ひとつをとっても、まさに『格好が良い』馬なんです。ダービー馬だからなのか分からないですけれども、ウイニングチケットも身体が小さいのに、独特のオーラがありました。他の馬との違いは言葉ではなかなか表現が難しいですが、自分にとっても特別な馬です」

2002年に第69代ダービー馬の栄誉に浴したタニノギムレット。多くのファンの心をそうしたように、太田さんの心も魅了したようだ。

ダービーを制したその豪脚が破壊した牧柵をリサイクルしたグッズを販売すること、そして「破壊王」の現場については、太田さんはどう見ているのだろうか。

「壊した牧柵を再利用する話を聞いたときは、まだ別の牧場で勤めていたのですが、『そうきたか!』というのが、正直な感想でした。その後、この牧場に来て、何度も現場を見ています。隣の放牧地にローズキングダムがいるんですが、お互いに近づき過ぎてリアクションをしあって興奮することで破壊する場合もあれば、乗馬のリトレーニング中の馬が通るなど普段と違うことがあったりしたことで破壊する場合もあります。牧場の敷地内に乾いた『パーン』という…破裂音というか、爆発音が聞こえるんです。すぐに『ああ、またやったな…』と思います。最初に聞いたときは、『これがウワサの…』と感じました(笑)」

馬が興奮した時に出る仕草は、立ち上がる、寝転がる、走り回るなど、それぞれに異なる。
ローズキングダムの場合は、右往左往して走り回るそうだが、タニノギムレットの場合は「蹴る」という行動に出るようだ。

ただ、この「蹴る」ことでタニノギムレットが怪我をしたところを見たことは無いと言う。

「牧場内の馬は、基本的に蹄鉄を履いていません。引退馬もそうですし、種牡馬もですね。ですが『破壊後』も、蹄にダメージはないようです。それに、蹴る際に脚が牧柵の間などに入ってしまうと擦り傷になるのが普通ですが、そうした外傷もありません。ということは、つまり、ピンポイントで牧柵の板の部分に当てているということになります。感情は昂っているけれど、どこか冷静なんでしょうね。興奮した中でも、賢さがあるというか…」

そんなタニノギムレットだが、牧柵の破壊行為は抜きにしても、やはり人気だそうだ。

「個人的には、タニノギムレットが人気No.1だと思います。牧場のかなり初期の頃からいた馬ですし、ヴェルサイユFは『タニノギムレットに会える牧場』として最初に名前が広まった部分も大きいと思いますから。それに、競馬をよく知らない人が見ても『カッコいい』馬だと思います。グッズの売上を見ても、ギムレットの売上は高いですね。いまのヴェルサイユをつくってくれた、本当に大きな存在です」

■探してみると色々な選択肢がある 引退馬のセカンドキャリア

そんなタニノギムレットの引退後の関係者への取材が掲載されたのが、『もうひとつの引退馬伝説2~関係者が語るあの馬たちのその後』(以下、『引退馬伝説2』)である。タニノギムレットをはじめとした、全28頭の競走馬の引退後を追った、競馬ノンフィクションである。その『引退馬伝説2』について、太田さんの感想を伺った。

「いろんなジャンルの舞台で活躍する引退馬たちの姿が載っていて、読んでいて楽しかったです。『競走馬の引退後には、こういうルートがあるんだ』ということを幅広く知ることができる本ですね。僕自身、以前は乗馬クラブのインストラクターをしていた時期があるのですが、乗馬経験者としても、記事の合間に林さんの乗馬・馬術の紹介ページがあるのは嬉しかったですね。引退後の競走馬の行き先として、乗馬クラブや、そこでのリトレーニングなどが描かれていたのも推したいポイントです」

『引退馬伝説2』には、様々な引退馬たちが関係者インタビューとともに描かれる。
ドウデュースやコントレイル、レモンポップといった種牡馬たちも取り上げつつ、誘導馬として活躍を開始したディープボンドの姿なども紹介されている。

馬術の世界で活躍するダンビュライトやブラストワンピース、ヴェロックスの姿もそこにはある。

「(メイショウナルトのページで)ホースセラピーという分野が取り上げられていたのも印象的でした。一部には『サラブレッドは繊細だったり気性が荒かったりしているためホースセラピーに向いていない』と言う人もいます。ただ、全ての馬ではないけれども、実際にセラピーホースとしてセカンドキャリアを過ごして活躍する馬もいるんです。競走馬として現役を退いた馬たちのその後の選択肢が数少ないわけではなくて、探してみると色々な選択肢がある、ということが読んでいて分かるのは嬉しいですね」

近年はJRAが引退馬支援に向けて動き出すなど、変化の兆しも見える引退馬支援。色々な選択肢については、『引退馬伝説2』においても描かれている部分である。

それは、現役時代に活躍した馬だけではなく、活躍できなかった馬たちにとっても、同じであると太田さんも強調する。

「競走馬時代に活躍できた馬だけではなくて、活躍できなかった馬たちにも、等しくスポットが当たってほしいです。以前に勤めていた乗馬クラブでは、重賞を勝った馬もいてリトレーニングをしていましたが、まだ引退馬支援にスポットが当たる時代ではありませんでした。『引退馬』というジャンルも、それほど浸透していなかったですよね。だから当時は『知ろうとしない方がいいのかな』という、いわゆるグレーゾーンだと思っていました。いまは、『引退馬』というジャンルも認知されてきたことで、透明化が進み始めたと思っています」

太田さんの言うように、まずは引退馬のその後を知ることが、その支援の始まりなのだろう。
そしてそれは「競馬が好きな人だけではなく、馬が好きな人みんなに知ってもらいたい」のだと、太田さんは言う。

「この『引退馬伝説2』は、競馬が好きな人だけなく、単純に『馬が好き!』という人にも手に取っていただきたいです。ヴェルサイユのお客様も、『馬が好き!』という方が多いですし、競馬場に馬を観に行く、という人も増えているようですね。有名馬もいいけれど、そうではない馬の方がずっと多い。そういった馬たちが、競走馬としてのキャリアを終えた後について知ってもらいたいです。『引退馬伝説2』を通じて、こういうキャリアを積み上げる場所があるんだということを知ってほしいですね」

引退馬の過ごす場所としての太田さんの話は、馬事文化としても貴重な相馬野馬追や、血統にまで及んだ。

「相馬野馬追も、引退馬が多いですよね。以前は僕も『そういう品種の馬を使っているのかな』と思っていたんですが、実際はほとんどが引退した競走馬たちです。今回の書籍でもライオンボスの活躍が描かれていましたよね。そんな風に、どこかへ行ったときに出会う馬が『引退馬かな?』と思えるようになると、また楽しみも出てくると思います。そうすると、『お父さんは、もしかしたら知っている馬かもしれないな』とか、『現役時代はどうだったのかな』とか、そんな感じで楽しめたりもする。血統でいえば、ヴェルサイユにはステイゴールド産駒として、オジュウチョウサン、エタリオウがいますし、孫の世代のエポカドーロ、オセアグレイトがいますが、みんな同じような動きをするんですよ(笑) こういった馬たちの魅力や素顔を知って、広められる一冊として、ぜひ読んでみてほしいなと思います」


惜しまれながらターフを去ったあの競走馬たちはどうしているのか?
競走馬たちの第2・第3の馬生に迫り、馬と人との絆を追った競馬ノンフィクション

マイクロマガジン社の競馬書籍「もうひとつの競馬伝説シリーズ」第4弾にして、2024年9月に発売され、競馬ファンを中心に大きな反響を呼んだ『もうひとつの引退馬伝説~関係者が語るあの馬たちのその後』の第2弾! 前作に引き続き、現役を引退後、種牡馬や繁殖牝馬になった馬の他、乗馬、伝統神事、リードホース、ホースセラピーなど新たな役割で活躍している馬、功労馬としてゆったりと余生を送っている馬、生を全うした馬など総勢28頭をピックアップ。それぞれの関係者の証言をもとに、現役時代とは異なる新たな一面や魅力を盛りだくさんで紹介していきます。

また、長く引退馬支援に取り組まれているJRA調教師・福永祐一氏とTCC Japan代表取締役・山本高之氏のスペシャル対談や、馬場馬術東京オリンピック日本代表・林伸伍氏のスペシャルインタビューも収録。さらに特別寄稿として、西山茂行氏によるニシノデイジー記事も掲載された、読み応えたっぷりの書籍となっています。

書籍名もうひとつの引退馬伝説2~関係者が語るあの馬たちのその後
発売日2025年10月9日
価格定価:1,980円(本体1,800円+税10%)
ページ数A5判/オールカラー/144ページ
あなたにおすすめの記事