ドコフクカゼが示した「できなくはない」という事実〜片目のサラブレッド福ちゃんデビュー観戦記〜

川崎競馬場の駐車場は馬場の内側にある。3コーナーの奥あたりにある駐車場入り口からトンネルを潜って、敷地に出る。左手の向正面にはこの競馬場の名物のひとつドリームビジョンがそびえる。車を止めた場所にはC2と書いてある。川崎のC2ってだいたい1着賞金100万円ぐらいだろうか。そんなことを頭に浮かべながら日差しを避けるべくスタンド側へ渡る地下道に入る。しばらく進むと左手にエレベーター、正面に階段が見える。左に進みたい気持ちをこらえ、これも調教の一環だと階段を上がる。気がつくと楽な道ばかり選んでしまう。サラブレッドは毎日しんどい思いをしているというのに。

のっそりのっそりと階段を上がると、スタンドが見えてくる。真夏の競馬場、屋外にいる人は少ない。川崎はスタンドの下を通り抜けられる構造になっており、そこに入れば日差しを避けられる。そそくさと日陰を目指す。と、ここまではいつもの夏の川崎だった。だが、日陰でレースを待つ人々はみんな、見覚えがあるオレンジ色のタオルを身に着けており、普段の川崎競馬場とは明らかに違った。私もお目当てがあってここを訪れたわけだが、同じ馬を応援する人がたくさんいることを改めて実感した。オレンジ色のタオルにデザインされた文字は「ドコ福カゼ」。その上には小さく「片目のサラブレッド」とある。

ドコフクカゼ号こと福ちゃんの物語は馬主でもある治郎丸敬之さんの連載を読んでほしい。その前提として一般的な話をする。先天性の小眼球症というハンデを背負ったサラブレッドはほぼ競走馬になれない。サラブレッドが競走馬にならずに未来を切り拓く可能性は限りなく低く、つまり、未来は閉ざされてしまう。残酷な話ではある。しかし、生産者側の視点に立てば、それを責める気にはならない。生産者は大前提として競走馬になれるサラブレッドを育てなければ生きていけない。そして、競走馬が1勝をあげることは我々の想像の遥か上をいくほど難しい。立派な血統、立派な馬体だからといって勝てる世界ではなく、その勝ち筋というものは存在しない。競走馬はそんな世界を生きている。だから可能性は限りなく広くあってほしい。小眼球症のサラブレッドは生まれついた時点でその選択肢が狭まってしまう。勝ち筋がない世界に狭い選択肢となると、勝てる見込みは一段と低くなる。サラブレッドの小眼球症とは片側の目が見えないというハンデ以上に競走馬としての選択肢が狭まるというハンデを背負ってしまう。そんな状況を生産者に受け入れて育てろというのはあまりに酷というものだ。

人は「できない」という選択をすることが多い。それは決して責められない。自分だって「できない」と決断することは多い。あらゆることを考えて、「できない」を結論づけるわけで、それを軽々しく覆せとはいえない。一方で、「できる」と信じてあえて険しい道をいく勇気もある。それは決して確証があるわけじゃない。そもそも確証などというものはこの世の中には存在しない。まして競馬には勝ち筋という言葉はない。

福ちゃんに携わる人々は「できる」という計算式がない世界に挑戦してきた。生産した碧雲牧場、育成を担当したエクワインレーシング、川崎の長友豊厩舎をはじめ厩舎関係者、携わった人々がプロフェッショナルとして「できる」を実現すべくベストを尽くし、そして、福ちゃんも左側が見えない世界を生きていこうと一生懸命、考えて試行錯誤してきた。2024年2月29日、母ダートムーアのお腹の中からこの世界に飛び出してきてから約2年5カ月という歳月を過ごし、2026年7月31日第5回川崎競馬5日目第5レース「スパーキングデビュー2歳新馬」にて、福ちゃんはドコフクカゼ号として競走馬デビューを果たす。

あらゆるプロフェッショナルが知恵と愛情を注いできた結晶は多くの人々に勇気を与えてきた。競馬場のあちこちで揺れるオレンジ色のタオルはそんな人々の福ちゃんへのプレゼントだった。それは「みんながあなたのことを応援しているからね」というメッセージであり、ここまで物語を作ってくれた福ちゃんと携わったプロフェッショナルたちへの「ありがとう」という感謝でもあった。

4レースが終わり、パドックに足を向けると、そこはオレンジに染まっていた。同じグッズを手にした人々がパドックの一角を占めているのを目にしたことはあるが、パドック一周を囲む光景は長い間、競馬を見続けていてはじめてのことだった。パドックは馬券検討のために真剣に一頭一頭に目を光らせる場のはずだが、5レースだけは違った。これほど愛に満ちた競馬場のパドックを私は知らない。逆にほかの6頭に思いを託す人々に申し訳ないと思ってしまうほど、福ちゃんへの愛は大きかった。福ちゃんがドコフクカゼ号になるまでの間に大勢の人々を魅了していったことを改めて実感させられた。

やがてドコフクカゼは先頭でパドックに入場してきた。左目を保護するカップを装着していたこともあり、とてもハンデを背負っているとは思えなかった。普通にパドックを周回する姿におそらく予備知識なく、パドックで目を光らせる手練れたちも気がつかなかったのではないか。競馬を経験していない若駒らしく、すこしばかりリラックスしすぎてはいたものの、すっきり見せる馬体はまさに競走馬そのものであり、独特の品性すら漂う。さすがは母ダートムーア。日本競馬史にその名を刻んだダイナカール一族の血を感じずにはいられない。

やがて新原周馬騎手が騎乗すると、ドコフクカゼは明らかに戦う姿勢を見せた。周回中は切っていたスイッチを入れたようだ。2歳にしてオンオフを切り替えられる。やはり賢い。新原騎手を背にパドックから本馬場へ。運命のときは刻一刻と迫っていく。パドックを囲んだオレンジも後を追うようにスタンドに集まってくる。みんな、どこか緊張していた。競馬はなにがあるかわからない。勝ち筋がない世界どころか、無事に帰ってこられるかどうかもわからない。競馬を知るものはレースが終わるまで緊張の糸を緩められない。

いざ、ゲートが開いた。ドコフクカゼは少しゆっくりゲートを出た。新原騎手にとって想定内だったようで、落ち着いて外へ導いていく。いくら調教を重ねてきたとはいえ、実戦で浴びる砂はちがう。ドコフクカゼは前から飛んでくる砂を明らかに嫌がった。映像でしか知らない世界だが、おそらく目も開けられないほど痛いはずだ。その痛みに闘争心を削がれることは多い。だが、これに対処できないとダート競馬では勝ち抜けない。ドコフクカゼははじめての試練に立ち向かう。さらに1コーナー手前で外の馬が内に進路をとったことで、走るスペースが狭くなる場面もあった。これも調教では体験できないこと。決して露骨に狭くなったわけではないが、怯んでもおかしくない。競馬は序盤、特に最初のコーナーの入りが明暗を分けることを痛いほど知っているだけに、心配した。このまま後方でレースを終えても不思議ではない状況だった。

だが、ドコフクカゼには母から譲り受けた強い心があった。向正面半ばからまくり気味に動き、3番手付近まで挽回してきた。それに呼応するようにオレンジ色のタオルを握りしめた人々は叫び声をあげた。碧雲牧場の放牧地で気持ちよさそうに眠っていた福ちゃんが自らの力で先頭を目指している。その背中を押してあげたい。みんなその一心だった。4コーナー手前、ドコフクカゼは先頭をいくチャンピオンウルフのペースについていけないように見えた。たとえ川崎の難所4コーナーで外に振られながらも、ドコフクカゼはあきらめない。苦しくてももがいている。生きるために走っている。そして、直線でギアを上げようとしている。これこそまさに速く走るために生を受けた競走馬の魂だ。結果は4着に終わったが、ドコフクカゼは競走馬として欠かせない資質を見せてくれた。無事に戻ってきたことにも感謝したいが、そんな力の一端を示してくれたこともありがたかった。もはやそこにはハンデという言葉は存在しない。

小眼球症のサラブレッドが競走馬になったという事実は大きな一歩だ。これまであった「できない」を「できなくはない」に変えた。もちろん、並大抵のことではなく、みんなそうあってほしいなんて勝手なことは言えない。だが、「できなくはない」ことを証明したことは必ずどこかで未来の希望となるはずだ。

2026年7月31日第5回川崎競馬5日目5レース ドコフクカゼ 4着

ここまで尽力したすべてのプロフェッショナルたちに感謝したい。

写真:haru

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