「名馬」を語る オグリキャップ 1989年秋の激闘 2020年10月30日 日本競馬史上最高のスーパースターといえば、オグリキャップをあげる人は多いのではないだろうか。 オグリキャップを語る上でよく『伝説』という言葉が用いられるが、何十万、何百万の人々が実際に目撃したその数々の『伝説』は、言うまでもなく現在からそう遠くはない過去に実際に起きた『事実』だった。 まずは、その数々の『伝説』であり『... 齋藤 翔人
「名馬」を語る イクノディクタス〜鉄の女と呼ばれた名馬〜 2020年8月15日 アスリートにとって、怪我は宿命的に付きまとうものである。連続2215試合出場を果たし「鉄人」と称えられた広島東洋カープの衣笠祥雄選手も、その活躍の陰で大きな怪我を経験している。将来の飛躍を期待されながら、致命的な故障に見舞われてその前途を奪われた者の、なんと多いことか。ましてや、長く現役を続ければ続けるほど、その後半は... 首都羅臼
「名馬」を語る 世界を駆け抜けたニッポンのダート王、トランセンドの冒険 2020年8月9日 芝とダートの関係はどうあるべきか──。日本の競馬は、この国らしい発展を遂げた。クラシックレースをはじめ、八大競走はすべて芝。距離体系も含め基本設定はヨーロッパ競馬を模範としているが、競馬場のつくりは自然の地形を活かし、大草原に柵を巡らせたヨーロッパとは異なり、人工的に整地した、いわゆる「速く走れるトラック」を作るアメリ... 勝木 淳
「名馬」を語る ドゥラメンテ〜ダイナカール一族のプリンスが抱える“力と心と強運”〜 2020年7月22日 「うわぁ、それかぁ」「あー、取られたぁ」POGドラフトシーズンには、こんな嘆き節が競馬ファンの間でしばしばあがる。そしてどのドラフトでも注目の的になる血統、牝系がいくつかある。そのひとつにあがるのが、ダイナカール一族。ダイナカールではピンとこない若者もエアグルーヴ一族と記せば合点がいくだろう。 1980年代の社台ファー... 勝木 淳
「名馬」を語る アグネスワールド〜世界を席巻したスピードスターの原点〜 2020年7月16日 2歳戦最初の重賞である、函館2歳S。芝1200mという施行条件、2歳戦開始からわずか2ヵ月という時期もあるのか、歴代の勝ち馬には早熟タイプが多い。近年はダービー前日に重賞の葵Sが新設されそこで復活する馬も出てきてはいるものの、総じて古馬になっても活躍するような馬が少なく、忘れられがちなタイトルでもあった。 フランスのア... 勝木 淳
「名馬」を語る ミヤビランベリ〜究極の道悪巧者〜 2020年7月12日 あなたにとって「この競馬場、このコース、この馬場では絶対この馬!!」と心に決めている馬はいるだろうか?俗に言う、「〇〇巧者」という馬だ。 ある条件では馬の適性に合わず、凡走ばかりしていても、その馬の適性に合ったコースで走ると突如一変して、好成績を叩きだす。そのような馬は、もどかしさと頼もしさが同居して、どうしてだか無性... かんちゃん
「名馬」を語る ヒガシウィルウィン〜勝利へ向かって〜 2020年7月8日 2017年7月12日。この日、とある一頭の地方馬が、並み居るJRAの強豪を振り切り世代の頂点に立った。 その馬の名は、ヒガシウィルウィン。 7年振りに誕生した、地方所属馬でダートの世代最強の座を射止めた馬だ。 父は2017年に亡くなった2003年JBCスプリント覇者のサウスヴィグラス。全姉に名古屋競馬所属のワンダフルタ... KOBA
「名馬」を語る 非サンデーの雄・ビッグバイアモンと、蛯名騎手 2020年7月4日 1996年、競馬界には「サンデーサイレンス旋風」が吹き荒れていた。クラシック前哨戦はことごとくサンデーサイレンス産駒が上位を占め、クラシック第一弾皐月賞もサンデーサイレンス産駒・イシノサンデーが制した。私はこの時「競馬界に凄いことが起き始めている」と痛感した。そんな皐月賞が終わった翌週、新潟競馬場でひっそりと「4歳未出... もん
「名馬」を語る 未完の大器シャイニングレイ~多くの困難を乗り越えた復活劇~ 2020年7月3日 ノーザンダンサーの血の一滴は1カラットのダイヤモンドより価値があると賞賛され、サンデーサイレンスの血は日本の競馬界を変えたと言われた。 サンデーサイレンスの血を引くディープインパクトはクラシック三冠を制覇し、ディープインパクトの子供は何度もダービーを制している。 競馬は血を繋ぐスポーツ。ドゥラメンテ、リアルスティール、... 例の元上司
「名馬」を語る 今日も涼しい顔をして〜私にとっての永遠のヒーロー・ビワハヤヒデ〜 2020年6月28日 2017年11月6日、私は北海道で1頭の年老いたサラブレッドを眺めていた。ビワハヤヒデ。1993年のJRA賞年度代表馬である。彼のおかげで競馬を知り、のめり込んでいった私にとってそれは初めて目の当たりにする『永遠のヒーロー』の姿であった。 10年ほど前、当時中学生だった私はとあるゲームがきっかけで競馬に興味を持ち始めた... ひでまさねちか