[連載・馬主は語る]合流(シーズン2-31)

繁殖牝馬は買っておしまい、ではありません。そのことは誰よりも僕が分かっているつもりです。昨年は繁殖牝馬セールからわずか1か月後に、慈さんからダートムーアが流産してしまったとの電話がかかってきました。ひとときも気が休まることはないのです。スパツィアーレもまず社台ファームから馬運車に乗って、碧雲牧場まで運ばれ、新しい環境に馴染むことから始まります。

繁殖牝馬セールからの帰り際に、慈さんが「昨年のムーアは新しい環境に戸惑って、(お腹に子どもが入っているのにもかかわらず)動き回りすぎたのかもしれません」と漏らしました。「ですので、今年、近くに小さい放牧地を購入したので、まずはスパツィアーレとツキノサバクの2頭をそこに放し、落ち着いてきてから、本体に合流させようと考えています」と提案してくれました。

念のため書いておくと、碧雲牧場では今まで臍帯捻転による流産は一度もなく、一昨年の繁殖牝馬セールで購入したマンドゥラは何の問題もなく出産しています。ダートムーアがたまたま臍帯捻転を起こしてしまっただけのことですが、転んでもただは起きぬと言いますか、不運からも新しい改善策を思いつくのはさすが慈さんです。

馬という生き物は集団性が強いため、仲間意識が強い反面、どうしても仲が良い悪い、敵と味方(身内)というパワーバランスが牧場内でも生まれてしまいます。新しい環境に連れて来られた上に、扱う人間だけではなく、周りの馬関係までもが一変するのですから、馬にとってこれ以上のストレスはありません。そこで他馬を気にして逃げ回ったり、逆にじっとしすぎて運動量が落ちてしまったりすると、お腹の中の仔にとっても良くはありません。受胎中の繁殖牝馬を購入し、牧場を移ることになる繁殖牝馬セールのリスクはそこにあります。僕たちはできる限り同じ轍を踏まないように、いきなり牧場の群れの中に突っ込むのではなく、一旦放牧地を挟んで新しい環境に徐々に慣れさせるという段階的な作戦を取ることにしたのです。

数日後、「無事に放牧地入りしました!拍子抜けするほど何ごともなく、今のところ2頭とも落ち着いて過ごしています」と慈さんから電話がありました。スパツィアーレとツキノサバクが社台ファームから連れて来られ、一緒に放牧地入りしたそうです。下村獣医師も帯同してくれたようで、「スパツィアーレは無事に移動しています。毛艶も良く、ピカピカです!」と動画が送られてきました。僕の印象では、スパツィアーレもツキノサバクも気性の激しいところがありそうで、お互いに喧嘩してしまわないか心配していましたので、杞憂に終わって安心しました。

下村さん評としては、「スパツィアーレは気が強そうです(笑)人間を手こずらせるようなことはしない馬ですから、オンとオフがしっかりしているのでしょう」とのこと。たしかに、動画でも前を横切ろうとしたツキノサバクに耳を絞っている姿が見られて、微笑ましいというか心強いというか、ダートムーアとはまた少し違ったタイプなのかもしれません。兎にも角にも、まずは第一関門を突破しました。

第二の関門はダートムーアの合流です。ニューイヤーズデイの仔を受胎中であるダートムーアは、スパツィアーレとツキノサバクと同じく、現在仔(当歳)なし、来年出産予定組になります。彼女たちは同じ場所に放牧することになりますので、まずは同じ組同士で慣れさせておこうということです。こちらの合流の方がリスクは高いと僕は考えていました。気性の激しそうな若いスパツィアーレとツキノサバクの中に、大人しいお嬢様であるダートムーアが混じって、またストレスを感じて流産してしまうのではと心配でなりません。それでも遅かれ早かれ合流は避けられませんし、上手くやっていかなければならないので、とにかく手を合わせて願うしかありません。

後日、「無事に合流しました。3頭とも仲良くやっています。やはりムーアの方がお姉さんで、余計なことをしませんね。最後の関門は他の5頭の繁殖牝馬たちとの合流になるのでドキドキします」と慈さんからLINEをもらいました。僕は文字どおり胸を撫でおろしました。

最終関門も無事に通過し、今のところ何ごともなく過ごしているようです。不思議なのは、牧場の中でも2つのグループに分かれて行動しているようで、ひとつはダートムーアとスパツィアーレとツキノサバクのグループ、もうひとつは元からいた5頭のグループです。3頭が仲良くなってくれたのは嬉しいのですが、ベテラン組と新人組のように、馬の世界でも派閥争いのようなものがあるのは面白いなと思いました。ダートムーアはベテラン組としっくり行っていなかったのでしょうか、新人組についたということです。そして、その新人組の中でもスパツィアーレが断然のボスだそうです。スパツィアーレは身体がひと回り大きいですし、気も強いですからね。下村さんの言っていたとおりでした。

(次回へ続く→)

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