2009年、長らく整備されてなかった中央競馬の3歳ダート戦線に新たな重賞が誕生。1996年のユニコーンS創設以来、実に13年ぶりとなる3歳ダート重賞の新設となった。
それが、ダート1800mという条件で施行されるレパードSである。
「ユニコーンと来て何故レパード(豹)なのか」と思って調べてみると、どうやら古代ローマでは豹の吐息には不思議な効力があるとされており、それに対抗できる唯一の生き物がユニコーンだと考えられていたのだという。
そういった意味ではユニコーンとレパードは「対」になっているというわけである。
いやはや、JRAのセンスには脱帽である。
夏前に施行されるユニコーンSは、デビューからダートに絞っていた馬たちが世代の頂点を目指すジャパンダートダービーの前哨戦として出走してくることが多い印象のレース。レパードSには、それらの馬たちに加えて、デビューの遅かった馬・芝から転向してきた馬・条件戦で経験を積んできた馬など、彩り豊かなメンバーが名を連ねる。
まだ歴史は浅くとも、過去の優勝馬にはGⅠ級競走最多勝のホッコータルマエをはじめ、JBCレディスクラシックを制したミラクルレジェンド、白毛馬として世界初の平地重賞制覇となったハヤヤッコなどの面々がいて、秋以降の飛躍を誓う若駒たちの登竜門としての地位を確立しつつある。
記念すべき第1回レパードSも、個性豊かな面々が顔を揃えていた。
前年の2歳ダートチャンピオンのスーニ、春のユニコーンS勝ち馬シルクメビウス、同2着のグロリアスノア、芝重賞2勝でオークスでも好走したディアジーナ、10歳まで現役を続けのちにGⅠ3勝をあげることになるワンダーアキュート、その他にも前走で古馬混合1000万下(現:2勝クラス)で好走した馬たちが出馬表に名を連ねていた。それらの馬を軒並み抑え込んで1.7倍の圧倒的1番人気に支持されたのが、ここまでダート3戦3勝、前走で古馬相手に2番手から抜け出して8馬身差の圧勝にレコードタイムのおまけ付きと派手な競馬をやってのけたトランセンドだった。
スタートが切られると各馬馬なりのままスタンド前での先頭争いが繰り広げられる。押していく馬も引っ張って下げる馬おらず、最内枠を利してアドバンスウェイがハナを叩き、中からスーニ、外からトランセンドが続いて前へ。無理に主張する馬はいないように見えたが、馬に任せたスピードのまま1コーナーまで流れた隊列は向正面に入っても緩むことがなく1000m通過が59.7秒という良馬場の3歳ダートではかなり早いペースで進んでいった。
3コーナーにかかったところで、レースが動く。
軽快に飛ばすアドバンスウェイをがっちりマークして2番手につけていたトランセンドが仕掛けて並びかける。それに合わせてスーニ、スタッドジェルランが手を動かして差を詰めにかかり、4コーナーを回った。後続各馬はハイペースに耐えきれず、脚が上がって後方で散り散りになってしまい、先頭争いは前につけていた4頭に絞られた──しかし、そう思えたのも一瞬のこと。
レースの主役は、トランセンドだった。
その背中で松岡正海が外の2頭の手応えを確認するようにチラッ、チラッと二度振り返り、追い出しのタイミングを待つ余裕を見せたのだ。レースの勝ち馬は直線の入り口でもうすでに決まっていた。
残り200mを通過したところで逃げたアドバンスウェイをあっさり交わして先頭に立ったトランセンドは、右鞭を一発入れられた以外、全て見せ鞭で勝利。2着に入ったスーニを3馬身突き放して、初代王者の座を手に入れた。ハイペースの2番目から楽に抜け出しての走破時計は1分49秒5。前走、稍重かつ斤量が2kg軽い中で記録した同条件のレコードタイの時計を、真夏の日差しが照り付けてパサパサに乾いた良馬場のダートでマークした。
そして2011年3月25日、ドバイのメイダン競馬場でヴィクトワールピザが日本馬として初めてドバイワールドCを制覇し、東日本大震災の悲しみにくれていた日本に勇気を与えてくれた日。
歓喜のゴール切ったそのわずか半馬身後ろに、トランセンドはいた。
レパードSを制した翌秋に本格化した彼はジャパンCダート、フェブラリーSと中央ダートGⅠを立て続けに勝利して「日本のダートチャンピオン」としてドバイの地に降り立った。
結果は僅差の2着。差が差だけに陣営にとっても悔しい2着だったことだろう。しかし、日本のために世界の頂点のレースで終始先頭を走り、最後の最後まで先頭を譲らなかった彼の走りは、ヴィクトワールピサとともに日本競馬の実力を──そして日本の魂を、世界に知らしめたことだろう。ヴィクトワールピサの快挙はもちろんのこと、このトランセンドの走りは日本競馬史上最もメッセージ性の強い2着と呼んでも良いのではないだろうか。ゴール後にヴィクトワールピサのミルコ・デムーロ騎手とトランセンドの藤田伸二騎手はお互いの健闘を讃え合い、晴れやかな笑顔で握手を交わした。ミルコ・デムーロ騎手の右肩、藤田伸二騎手の右腰にそれぞれつけられた喪章がドバイの夜風に吹かれていた。
さあ、次のレパードSはどんなレースになるだろうか。
出走メンバーの中から、GⅠの舞台へ……そして再び世界へ飛び出していく馬は出てくるのだろうか。
コロナ禍で疲弊する世の中に明るいニュースを届けてくれる馬がこのレースから出てくることを楽しみにしたい。真夏の新潟に、オリンピックにもパラリンピックにも負けない熱い砂の戦いがやってくる。
写真:Horse Memorys