[東スポ杯2歳S]コントレイル、ワグネリアン、イスラボニータ……クラシックの登竜門を駆け抜けた名馬たち。

「膺は声明をもって自らを高しとする。士有り、その容接を被る者は、名付けて登竜門となる」
これは後漢書の李膺伝に残された故事である。
多くの人間の中から才能が認められたならば将来が約束される──ということを意味する。

そのため、そのサバイバルゲームを勝ち抜くさまを、「中国黄河上流の竜門山にある竜門を鯉が登り切れば竜になる」という言い伝えになぞり「登竜門」という言葉が誕生した。

競馬界にもそんな登竜門の一つがある。
「東京スポーツ杯2歳ステークス」である。

近10年間でこのレースを勝った4頭がクラシックホースとなり、その他にもGⅠ勝ち馬を輩出している出世レースだ。
今回は、その「東スポ杯」から誕生したクラシックホースを振り返ってみたい。

ディープブリランテ(2011年)

勝ちタイム「1分52秒7」。前の年にコディーノが同レースを制した時は「1分46秒0」。実に前年の勝ちタイムよりも「6秒7」も遅いタイムでの決着だった。

この年はダートには水が浮き、止むことのない雨の影響でゴール板にはライトが灯るくらいの暗さだった思い出がある。
そんな不良馬場の異質なコースで、ディープブリランテは圧勝した。
しかし、この時の私はこのレースがクラシックに繋がるとは到底考えもしなかった。
それくらい馬場が異様なほどまでに悪化していたのだ。

だが、このレースのレベルの高さは後に結果で証明されている。
1着 ディープブリランテ(2012年 日本ダービー)
4着 ジャスタウェイ(2013年 天皇賞(秋) 2014年 ドバイDF、安田記念)
9着 マイネルロブスト(2011年 朝日杯FS2着)
13着 クラレント(デイリー杯2歳Sを含む重賞6勝)
他にも、その後重賞戦線に名を連ねるメンバーが多々いる様な好素材が揃っていたレースだった。

レースを振り返ると、道中は2番手につけながらしっかりと逃げ馬を見る形の横綱相撲。
直線に向くと、各馬インコースを開けながら大きくコーナーを回る中、動じる事無く自分自身の走りたい場所を確保しつつラスト200mで力強く抜け出す内容。名前にディープがついていなければとてもディープインパクト産駒とは思いもしないような力強い走りだった。

後に、共同通信杯、スプリングS、皐月賞と苦杯を舐め続けた本馬。
だからこそ、ダービー制覇を成し遂げた際の岩田康誠騎手の嬉し涙が全てを物語っていた。

イスラボニータ(2013年)

「まるでカメラが自身を撮影している事を分かっているのではないか?」
そんな錯覚さえ覚えさせるくらい、イスラボニータはパドックで客席を見渡していた。
カメラが向けられる。気になって顔を向ける。別のカメラを見つける。今度はそちらを見る。
好奇心の旺盛なその性格と、額から鼻先まで一直線に伸びる白斑が特徴的な愛くるしいそのルックスは、ファンの心をつかんで離さなかった。

この年のメンバーも、実に豪華だった。
1番人気はデビュー戦を圧勝した後の安田記念馬サトノアラジン。2番人気が皐月賞を後に制する本馬イスラボニータ。4番人気にはコスモバルク以上と評価されていたプレイアンドリアル。6番人気にラジオNIKKEI賞を制するウインマーレライがいて、8番人気に翌年の日本ダービー馬ワンアンドオンリーだった。

レースは淡々とした流れの中、先にあげたウインマーレライが2番手につけ、プレイアンドリアルとイスラボニータが3番手で折り合う展開。人気のサトノアラジンは道中は中段待機の展開となった。
直線を向くと1番枠という事もありインコースにつけていたイスラボニータの進路が狭くなる中、プレイアンドリアルが反応良く抜け出し、直線でも芝の良い所を走る「これぞ先行馬の王道パターン」で決まったかに思えた。
しかし、一瞬の隙間を見つけ、芝が荒れている最内をイスラボニータが差し返すという離れ業を見せ、逆転勝利を果たす。

生涯成績は[8-6-4-7]でGⅠ制覇は皐月賞のみだったが、掲示板を外したのはわずかに3回のみ。
安定感抜群の操縦性能はこのレースで垣間見えていたのかもしれない。

ワグネリアン(2017年)

「父ディープインパクト×母ミスアンコール」そして「祖父キングカメハメハ×祖母ブロードアピール」
ここに登場するすべての馬が金子真人さんの所有馬である。まるでゲームの世界の様な感覚に陥るが、自身の愛馬をこれだけ並べられるという事はもはや奇跡に近い。

デビュー戦ではシルバーステートの全弟ヘンリーバローズとの叩き合いを制し、2戦目の野路菊ステークスは雨降る重馬場の中、全く気にすることなく直線でグングン加速し快勝。3戦目の東京スポーツ杯2歳Sでは少頭数とは言え単勝1.4倍に支持されたのも頷ける。

レースはアイビーSの勝馬コスモイグナーツが7頭立てながら前半の1,000mを58.5秒で逃げる展開。ラスト200mからは自力勝負となり、ワグネリアンが上がり3ハロン34.6秒の脚を披露し快勝。翌年のクラシック候補へ名乗り上げた。2着にはモーリスの全弟でシルクレーシングにて総額1億円で募集されたルーカスが入線。馬連で170円しかつかない程の本命決着となった。

このレースの後、福永祐一騎手へ19度目の挑戦で初めてのダービー制覇をもたらす本馬。
この東京コースでの経験が悲願達成をもたらしたと言っても過言ではないだろう。

コントレイル(2019年)

時として人間はとんでもない光景に出くわすと思考が停止する事がある。
例えばアーモンドアイの2018年のジャパンカップのレコードタイム。ホーリックスとオグリキャップが伝説的な叩き合いでマークした「2分22秒2」、そしてアルカセットが約20年かけて歴史の扉をこじ開けた「2分22秒1」という数字。しかし、アーモンドアイが入線した際に電光掲示板には「2分20秒6」という従来のレコードタイムを一気に1.5秒を縮める世界レコードが灯されていた。時計メーカー様には失礼を申し上げるが、私は本当に壊れたのだと思っていた。しかし、間違いなく確定の文字が点灯した。その時と同じような衝撃がコントレイルの東スポ杯の時にもあった。

秋晴れの東京競馬場のパドック。戦前の予想は「3強激突」という趣が強かった。

1番人気は、コントレイル 。2番人気が米国にて2歳時に圧勝に次ぐ圧勝でGⅠを制しているコンドコマンドの初仔アルジャンナで、3番人気が三冠牝馬アパパネの第3仔ラインベックだった。奇しくも父は全馬ディープインパクト。その3頭がこのレースでぶつかる事になった。

レース発走前、コントレイルは初コンビのR.ムーア騎手を振り落とすアクシデント。何やら不穏な空気が漂う中ゲートが開く。

──そして、レースを見た多くの人間は言葉を失った。

まずは直線の伸び脚。人気通りの入線となったが、2着アルジャンナに5馬身、そこから3着ラインベックに4馬身の差をつける圧勝劇。
そして、拍手と共に掲示板を見るとレコードの文字と共に「1分44秒5」。従来のレコードタイムを1秒1も短縮する2歳日本レコードだった。前半の1,000mが58秒8というよどみのない流れになったとはいえ、新怪物誕生、そして距離さえ持てば「三冠馬」が誕生するのではという期待感が支配していた。
そして、その予感は現実となり日本史上8頭目の三冠馬、しかも父ディープインパクトとの親子揃って無敗で成し遂げた。


近年、クラシックへ向けますます注目が集まる「東京スポーツ杯2歳S」。
次はどんな新星が登場するか──。
大レースが続くシーズンではあるが、2歳戦からも目が離せない。

写真:Horse Memorys

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