![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]ありあまる富(シーズン2-23)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/06/202606292.jpg)
シーズン2の冒頭に生々しい現実を綴ったところ、大きな反響をいただきました。具体的な金額を出したことで驚かれた方もいれば、失敗談として興味深く読んでくれた方もいるはずです。
主に競馬関係者がコメント(意見)つきでリポストしてくれたおかげで、告知したXは18万インプレッションまで伸び(いわゆるプチバズって)、生産の世界の厳しさや難しさが、多くの人たちの目に留まったのではないでしょうか。 ただ、途中から思わぬ方向に議論が発展し、僕が想定していなかった形の反応が散見されました。
僕は「馬主は道楽であって儲からないけれど、生産は事業として成立するのではないか」と考えていた上で「それは、そんなに甘くなかった」と書いてきたつもりです。ですが、一部の人は「馬をセリで買うよりも、自分で生産した方が安いと思って生産を始めても、実はそんなことはない」という話として受け取ってしまったのです。 僕が生産の世界で上手く立ち回れず困窮していることに変わりはないのですが、少し誤解されて伝わっていると感じました。おそらく当連載の内容(文章)はほとんど読まずに、Xの投稿(140字)だけを見て反応してくれたのでしょう。
近年、馬主が生産の世界に入ってくるようになり、生産者にとっては「そんなに甘い世界じゃねえぞ、舐めんなよ」という反発も潜在的にあったのかもしれません。
僕は決して市場を荒らすつもりで生産の世界に足を突っ込んだわけではありません。サラブレッド市場が活況であり、そのおこぼれに預かろうという邪な気持ちはありましたが、生産者の商売の邪魔をする気は毛頭ありませんでした。競馬が大好きで、競馬の世界にもっと深く関わりたかったこと、そして碧雲牧場で馬を育て、慈さんたちと一緒に夢を追えたらと思っただけです。

心配して声をかけてくれる人たちもいました。連載がアップされてすぐに、チーム福ちゃんのメンバーのひとり、lovepekoさんからは「居たたまれなくなってLINEしました。お力になりたいです」と連絡をもらいました。X上でもWinning Horse Clubの楊さんは、「4年前、治郎丸さんが最初に繁殖セールで繁殖を買った時から、ずっとブログを読み続けています。正直、あの参入タイミングは悪くないですし、ビジネス判断は正しいと思いますが……不運が続いて今の状態になりました。サラオクも含め、いろんな出口を考えましょう! いつかまた再起のチャンスが必ず来るから!」と励ましてくれました。ニックス研究家Masaさんからはメールにて、ご自身の経験からアドバイスと貴重な情報もいただきました。
かつて夢色グラスさんのYouTubeチャンネルで知り合い、一口馬主DBの連載でインタビューさせてもらったこともある山口功一郎さんからも、「ウマフリ読みました。何か相談に乗れることがあればと思ったのですが、いらぬお世話ですかね?」とLINEをいただきました。いらぬお世話なんてことは全くありません。山口さんは実業家としても、アルクトスなどの馬主としても高名ですが、まるで小学校の友だちのようにフラットに接してくれる方です。ダートムーアとスパツィアーレの受胎状況を伝え、第三者的な視点から繁殖牝馬の扱いについて忌憚のないアドバイスをもらいました。僕がお金に困っていることも案じてくれて、さまざまな提案もしてくれました。僕の身に余ることばかりで、感謝の気持ちしか湧いてきません(のちに、このやり取りが僕を救うことになります)。凹んでいるときは、声をかけてもらうだけでも嬉しいものですね。こういうとき、意外と身近な人たちは困っていることや異変に気がつかず、少し離れた第三者の親切が身に染みることがあります。
30年以上も前でしょうか、僕の若かりし頃の話なので聞き流してください。当時付き合っていた彼女のアパートに、一人暮らしだったこともあり、ちょくちょく遊びに行っていました。僕は自分の布団でゆっくり寝たいタイプなので、彼女のアパートに泊まることはありませんでしたが、夜遅くまで過ごしたりしていました。ある日、彼女が彼女のお父さんに僕と付き合っていることを告げると、「部屋に入れるな!」と怒られたとのことで、僕は突如、出禁になってしまいました。
今から思えば、お父さんは当然のことを言っていたのだと分かるのですが、その当時の世間知らずだった僕は、「なぜダメなのだ?」と何度も問い続けました。家の外では会うことができるのに、なぜ部屋に入ってはならないのか。ある意味、純粋すぎた僕には理解できませんでした。おそらく僕は、生まれて初めて世界から拒絶されたと感じたのでしょう。かといって学生の分際では、彼女のアパートの家賃さえ払うこともできず、駆け落ちしようかとまで考えましたが、学生の身分を捨てて働き始めるほどの気概もありませんでした。
無力感にさいなまれ、絶望の淵に深く沈んでいるような気持ちを抱えながら、夏休みに田舎の岡山へ帰りました。気を紛らわせるため、ビリヤード場を探して行きました。扉を開けると4、5台のビリヤード台と、店主らしきおじいちゃんがいました。おじいちゃんといっても、若かった僕にはそう見えただけで、実際は60代くらいだったのではないかと思います。「おいちゃん」と呼ばれていた店主は、泊まり込みでビリヤード場を営んでいました。面倒見が良く、「一緒にプレーしよう」と声をかけてくれ、まだ初心者に毛が生えた程度だった僕のことを褒めながら教えてくれました。あのときの嬉しさは今でも忘れません。
おいちゃんにとっては、お客さんのひとりを手取り足取り教えてくれただけなのだと思いますが、居場所がなかった僕にとっては、心温まる時間であり空間でした。大学が始まるので東京へ戻らなければならず、「また来るね」と言い残して僕は去りました。それ以降、休みになるたびに田舎へ帰り、そのビリヤード場を訪れるようになりました。「あのときは救われました」なんて言っても、おいちゃんには何のことかさっぱり分からないと思うので言いませんでしたが、僕は、たまたま立ち寄ったビリヤード場のおいちゃんに救われたのでした。
自分の力ではどうしようもできないという無力感は、あのときと同じです。まさか、あれから30年も経ち、おいちゃんの年齢に近づいたにもかかわらず、また無力感を味わっているのですから、僕の人生も成長していませんね。それでも、たとえ無一文であったとしても、僕には福ちゃんがいて、その物語があります。いつか必ず巻き返し、今度は僕が困っている人に声をかけてあげる側になりたいものです。
僕らが手にしている 富は見えないよ
彼らは奪えないし 壊すこともない
世界はただ妬むばっかりもしも彼らが君の 何かを盗んだとして
それはくだらないものだよ
返して貰うまでもない筈なぜなら価値は生命に従って付いている
彼らが手にしている富は買えるんだ
僕らは数えないし 失くすこともない
世界はまだ不幸だってさもしも君が彼らの言葉に嘆いたとして
それはつまらないことだよ
涙流すまでもないはず
なぜならいつも言葉は嘘をはらんでいるもしも彼らが君の 何かを盗んだとして
それはくだらないものだよ
返して貰うまでもない筈なぜなら価値は生命に従って付いている
ほらね 君には富があふれている
「ありあまる富」椎名林檎 より
(次回に続く→)
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