[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]福ちゃんの大冒険(シーズン2-30)

長友豊調教師がエクワインレーシングに立ち寄って、福ちゃんと初対面を果たしたそうです。朝早めに行ったら、調教も見ることができたとLINEをくれました。「南関東に移動する馬がいたら一緒に移動します!」とのこと。長友先生が撮影してくれた福ちゃんが3頭併せの真ん中で坂路を上がってくる動画を見ながら、いよいよだと身震いすると同時に、もう少しエクワインレーシングにいても良いのではと現状維持を望む気持ちも湧いてきました。

「長友厩舎の馬房の空き状況、福ちゃんの仕上がり、そして南関東に移動する馬運車、この3つが上手くかみ合ったタイミングで移動しましょう」と伝えると、長友先生は「体力もありそうだし、すでに能力試験は受かるレベルではないかと思います。いつ移動になっても良いように、馬房はひとつ空けてありますので!」と嬉しいことを言ってくれます。LINEの最後には、チーム福ちゃんのひとりであるLovepekoさんがつくってくれたLINEスタンプが送られてきました。いつの間に手に入れたのかと思いつつ、こうした形で気軽にやり取りができるのはありがたい限りです。

前2つの条件がクリアできているということは、エクワインレーシングから川崎もしくは南関東に移動する馬が現れたタイミングで、相乗りさせてもらって福ちゃんは本州に上陸することになりそう。そのタイミングがいつになるのか。明日かもしれないし、2か月後かもしれません。遠くない未来であることだけは確かです。

いつか長友先生とも相談したいと思っているのですが、この先、競走馬として競馬場で走るにあたって、福ちゃんの目を保護する馬具について考えてきました。基本的に、馬具は馬の弱さを補うための道具です。藤沢和雄元調教師が「出来ることなら馬具など一切着けずにレースに出走させたい」と語っていたように、馬具を着けているということは、その馬のどこかに弱いところがあることの証明に他なりません。人間でも虚栄心や弱みを隠すために、身の回りにピカピカの時計やネックレスなどを装着するではないですか。僕みたいに弱くても、無一文で何も着けられない人は別の話ですが…。

拙著「パドックの教科書」でも引用しましたが、競馬ライターの平松さとしさんが、馬具について藤沢和雄元調教師に尋ねたところ怒られたというエピソードを紹介します。

「藤沢和雄の管理馬が少し変わったチークピーシーズを装着していた。

5~6年前の話だ。何が変わっていたかというと、異常に小さいのだ。形状はチークピーシーズそのものではあるのだが、果たして効果があるのか?と懐疑的になるほど小さなモノだったのだ。

レース後の脱鞍時に藤沢にその事を問うと、最初は何の返事も返って来なかった。聞こえていないのかと思い、改めて聞き直すと鋭い眼光をギロっと向けられただけで、またも何も言葉は発せられなかった。結局その場はそれで終わったのだが、話には続きがあった。

その日の晩、当方の携帯が鳴った。発信者は藤沢和雄。出ると、唐突に言われた。

「くだらない質問をしてくるんじゃないよ!!」

その後はすごい剣幕で叱られたのだが、正直、困惑した。小さなチークピーシーズの意味は分からないままだし、自分がした質問がそれほどまでに叱られるような内容とは思えなかったからだ。

その後、モヤモヤを抱えたまま数年が過ぎたわけだが、今回のインタビューで去り行く伯楽に改めて、当時の真相を伺った。「何故あれほど叱られたのか、未だに分からないのですが?」と言った私に対し、藤沢は笑いながら答えた。

「それはね、その時の返事のままで何も深い意味があるわけじゃないよ。自分としては可能な限り馬具に頼らずに走らせてあげたい。何故って?だって馬具は馬の取り扱いを出来ない人が色んなモノで御そうとしているという事でしょう。極端な言い方をすれば自分達の技術の無さを見せてしまっていると言えなくもない。それでも馬によっては色々と試さないといけないケースがあるのも事実。そうやって試した上で、考えていたほどの効果が得られない事だって多々ある。馬具に頼った上にダメだったとなるとそれは恥ずかしい事なんだよ。そんな時に質問されたから『くだらない質問するんじゃない!!』って思った。それだけの事だよ」

(「優駿」2022年4月号 藤沢和雄 貫き通した“馬優先主義より)

藤沢和元調教師の「馬優先主義」を貫く姿勢や馬具に対する考え方に、僕は100%共感します。その上で、誤解を招かないように説明しておくと、そうは言っても競走馬たちはそれぞれに個性的であり、肉体的、精神的な問題を抱えているケースも多く、馬具に頼らざるをえない馬もいるのです。余計な馬具を一切つけることなく、できる限り自然な状態で気持ち良く走ってもらいたいとは願っても、それはあくまでも理想論にしかすぎません。

福ちゃんの肉体的な問題は左目にあります。左目が見えないことを指しているわけではなく、調教やレースで前から飛んできた砂や小石が左目にぶつかったり、入ったりした場合、角膜が傷ついたり、炎症を起こしてしまったりなどのトラブルになりかねないと考えています。見えていない分、他の目が見えている馬たちに比べると左目の反応が遅れてしまうかもしれません。

エクワインレーシングでは前の馬のキックバックが顔にかかるぐらいの距離では走らせていないはずです。川崎に移動したあとも、調教ではキックバックを避けることはできますが、さすがに実戦ではそうは問屋が卸しません。毎回先頭に立って逃げる形に持ち込めるか分かりませんし、枠順によっては砂を被らないポジションを取れなくなるはず。何よりも実戦で初めて目に砂や小石が飛び込んでくる経験をしてしまうと、福ちゃん自身がレースを嫌になってしまうのではないでしょうか。そうしたリスクや弱点を考慮すると、目を保護する馬具を着けることを検討する必要はあります。

少し前にハリケーンドクターさんがXで紹介していた、この記事が目に留まりました。ゴールドラッシュフューチュリティという2歳重賞に出走予定であったマイドリームザッパー(父GHOSTZAPPER)が、調教中のキックバックにより右目を負傷してしまいました。治療を受けて、回復を待つのみでしたが、念のため目を保護するためのゴーグルのような馬具を装着してレースに臨んだことが話題となったのです。残念ながら2着に敗れてしまいましたが、「可愛い」という声が多く、僕も似合っていると思いました。

マイドリームザッパーの調教師も言っているように、レース中に外れてしまったり、ずれて視界を遮ったりすることはないのか?という危険性を考慮して、それぞれの競馬場において使用許可が必要になってくるのが現状ですが、特にアメリカのようなキックバックの激しい競馬をする国では、馬の目を守るためには欠かせない馬具になってくるはずです。

マイドリームザッパーが使用した「eQuick eVysor」を検索してみると、Amazonやいくつかのサイトでも購入できそうです。イタリア製でレンズの色がブルー、ダーク、オレンジ、クリア(透明)がありますね。どう考えても、レースで使うとすればクリア(透明)が良さそうですが、Amazonでは売り切れ。似たような商品はありますが、マイドリームザッパーの調教師がいくつか試してみて、eQuick eVysorが最も良かったと語っているので性能は確かなのだと思います。

調教で使用する分には問題なさそうですが、レースで使用するとなると、川崎競馬場に問い合わせをして確認してもらった方が良さそうです。ブリンカーやパシファイアーが良くて、ゴーグルがダメな理由はなさそうですが、おそらくこれまでにゴーグルをつけた実績がないでしょうから、許可が下りるか微妙なところです。その前に、長友調教師に相談ですね。

そんなことをつらつら考えながら日々を過ごしていると、長友調教師から、「5月の川崎開催が終わった後、山崎裕也厩舎の預託馬が2頭、北海道から川崎に向かうそうなので同乗させてもらおうと思います」とLINEがありました。エクワインレーシングからではなく日高地方の他の育成場からの移動ですが、途中で福ちゃんをピックアップして同じ馬運車に相乗りさせてもらって、川崎競馬の小向トレセンに輸送してもらう話がついたそうです。

5月の川崎開催は11日~15日ですから、その翌週のどこかで遂に福ちゃんは競馬場へと向かうのです。「6月の能力試験に合格して、順調に行けば、7月にデビューですね!」と長友調教師は嬉しそうに言ってくれますが、「順調に行けばですね」と僕は冷静に返します。福ちゃんはそもそも生まれたときから順調に行ったことがなく、障害を乗り越えてここまで来ましたので、順調に行くことを期待しない癖のようなものが僕に染みついてしまっています。長距離輸送やゲートなど、悲観的だと思われるかもしれませんが、あらゆる障害が福ちゃんを待ち受けているような気がしてならないのです。

それでもあと2か月でデビューできるかもしれないと聞き、ひとつのゴールが見えてきた気にもなりました。僕にとって福ちゃんのデビューはあくまでも通過点であって、ゴールはもっと先にあります。ドコフクカゼが活躍して、大きなレースに出走できるようになれば、これまで以上に多くの競馬ファンや関係者に存在を知ってもらい、生まれつき小眼球症で片目が見えない馬でも競走馬になれるのだと広く知ってもらうことできるはず。そうすることで、普通の馬と同じように育ててもらえる小眼球症の馬が増えると良いですし、さらには福ちゃんが母馬として子どもを授かって、その仔たちが走る未来も見てみたい。夢は果てしなく広がりますが、福ちゃんを応援してくださっている皆さまにとってのひとつのゴールは、デビューすることであることはたしかです。「デビュー戦は観に行きます!」とおっしゃってくださる方の多さがそれを物語っています。誰もが福ちゃんがドコフクカゼとして競馬場でデビューする日を心待ちにしてくれているのです。

ひとつのゴールが見えてきたとき、僕にとってサラブレッドの生産とは冒険だったのだと思うようになりました。

今回の探検は一応、北極海を目指すという地理的な到達点をひとつの目標にしているが、真の目的は地理的にどこかに到達することではなく、極夜世界そのものを洞察することにあった。探検・冒険行為の核は脱システムすることにある。常識や科学知識や因習や法律やテクノロジー等々の諸要素によって網の目のごとく構成されているこの目に見えない現人間界のシステムの外側に飛び出すこと。これこそが冒険と呼ばれる行為の本質であり、そのシステムの外側の領域で何がしかを探索することが冒険と呼ばれる行為だ。

(中略)

そのシステムの内部にいては分からなかったことを探るのが極夜の探検であり、今回の旅の目的だった。システムの外側の領域というのはマニュアルや正解のない、ひたすら混沌とした世界であるのだが、実際、今回の極夜の世界は想像通りの混沌とした領域だった。その証拠に私自身が混沌というか混乱しまくっているのだ。光を渇望し、天体の光にすがっているのである。現代システムでは無意味になった闇や天体の光に反応できているということは、まぎれもなく脱システムして極夜世界に入り込めている証拠なので、その意味では喜ばしいこと、探検はうまくいっていると私が考えたのはそういう意味だった。

しかし理念としては喜ばしくても、現実に混乱していることは不安定で不快な状態なので、私も一個の生命体として本能的に死にたくないと思うし、できればこの極端な混沌状態から早く脱して、ある程度、未来予測のつく適度に管理された安心できる領域に入り込みたいとも願っている。極夜世界に入り込んで混乱しているな、俺は、と手応えを感じる一方、早くどこにいるか把握して、小屋に着いて安心したいという、そんな矛盾する気持ちが入り混じっていた。

(「極夜行」角幡唯介著より)

この数年で、「極夜行」や「空白の5マイル チベット」など、冒険家の角幡唯介さんの小説を読み漁ったのは、僕自身も冒険をしていたからなのでしょう。新しい事業として始めたつもりですが、思ったように全く上手く行かず、投資どころか資金が尽きかけている現状があります。福ちゃんが生まれた頃から苦境に陥り、この3年間は命からがら生きてきました。それまでは経営者として、物書きとして、自分の力を最大限に生かして自立してきたつもりでしたが、皆さんの支えがなければ生きられない不安定な状態になったのです。そうした3年間を振り返ってみて、これは冒険なのだと感じたのです。

おかしなことに、僕は冒険に出ようと思って出たわけではありません。勝算を持って足を踏み入れたつもりが、いつのまにか混沌とした世界に飲み込まれて、気がつくと生きて帰りたいと切に願うような苦境に追い込まれたのです。冒険とはおそらくそういうことなのだと思います。冒険だと思って冒険に出るのはすでに冒険ではなく、本当の冒険とは気がつくと冒険している状況なのです。もっと言うと、冒険したいと思ってできるのは冒険ではなく、冒険なんかするつもりもなかったのにしてしまうのが冒険なのです。それは福ちゃんも同じなのかもしれません。僕たちは今、冒険をしているのです。

(次回へ続く→)

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