[連載・クワイトファインプロジェクト]第37回 ギンザグリングラスの訃報で暮れる2023年

2023年、なす術なく時だけが過ぎていきました。プロジェクトの媒体取材も1件もなく、本当に存亡の危機にあります。とは言え、失敗のプロセスを「デジタルタトゥー」として後世に残すことも私の役割です。そして小さな突破口はまだない訳ではありません。プロジェクト普及のためのさらなる手掛かりを見いだすべく、このコラムももう少し続けさせていただきます(なお、2024年4月と5月は本業最繁忙期のためお休みいただく予定です)。


2023年の競馬界は、何と言ってもイクイノックスという歴史的名馬で明け暮れたと言っても過言ではないでしょう。

ノーザンファーム生産の超エリートホースではありますが、父が国民的人気馬キタサンブラック、母が輸入牝馬ではなく母父キングヘイロー、近親にブランディス(2004年中山大障害等)がいる等日本の競馬ファンに馴染みのある血統であることも人気の一因でしょう。

そして、若い競馬ファンの方々にとっては「日本から世界に通用する血統を」、「イクイノックス産駒から凱旋門賞やドバイWC」の勝ち馬を、という期待が数年後に繋がることになります。「ウマ娘」から競馬ファンになった方々をさらに持続的な競馬ファンにしていくために、イクイノックス&父キタサンブラック産駒の活躍は欠かせないものとなるでしょう。

……ここまで読んで、違和感を抱かれた読者の方も多いでしょう。『あれ、ライターが変わったのか?』と思ったかもしれません。

皆さんは、学生の頃に「ディベート」や「パネルディスカッション」を経験したことがありますでしょうか。

私の経験上、ディベートやパネルディスカッションで最もやりやすい方法は「自分の主義主張と正反対の立場の論者になる」ことだと思います。

自分の主義主張だと感情が入ってしまいますが、逆の立場なら感情が邪魔をしないし、それに自分の主義主張の弱点は自分が一番わかっています。そこを攻撃すればいいのですからこんなに楽なことはありません。

本件で言えば「程度の問題」と「生物学的側面と興業的側面の調和」が論点です。

サラブレッドがれっきとした哺乳類であり、自然交配での種の保存というルールを人間がみずから課している以上、トリスタン・ダ・クーニャ島の例を引くまでもなく、遺伝子が極端に少なくなることは決して良いことではない、というところまでは概ね90%くらいの共感は得られると思うのです。

そこについて、極端なことを言えば、ノーザンダンサー系、ミスタープロスペクター系が2大勢力として確立されていれば、他が全部淘汰されても互い違いに配合を続けることで、いわゆる「血の行き詰まり」は回避できるのかも知れません。

これまで10年以上活動を進めてきて、クワイトファインの活動に対する批判的意見を頂いてきました。「血統の多様化」そのものに否定的な人も1割くらいいたと思いますが、残り大多数の人は「あんたの言っていることは理屈としてはわからないでもない。だからってクワイトファインを種牡馬にしたってビジネスになる訳がない。現実的に、サンデー系を軸に、日本でキングマンボ系を育てながらアメリカからストームキャット系を、欧州から軽めのガリレオ系を導入して極端な血の偏りを避けつつ、興業としての日本の馬産を維持していくしかないだろう」という方向性のご意見であると感じています。

……とは言え、もう皆様お気付きかと思いますが、いま書いた見解は「ディベート用にクワイトファイン支持者を論破するための後付けのロジック」でしかないのです。馬主の方や生産者の方も、今のビジネスについては皆さんとても真剣に考えているでしょうが、真剣さのベクトルが違うのです。シンプルに、いま「走る可能性が高いかどうか」それが全てであり、「サラブレッドの生き物としての持続可能性」という観点はやや希薄でしょう。だから議論にならないのです。

そんな絶望感に包まれた2023年の暮れ、クワイトファインと同じパーソロン系・バイアリーターク系の先輩種牡馬として活躍していたギンザグリングラス号の訃報が飛び込んで来ました。

ギンザグリングラスについては説明は不要でしょう。直木賞作家の馳星周さんが彼をモデルにした小説を上梓したり、京都サラブレッドクラブの募集馬として産駒が中央デビューしたことも話題にはなりましたが、当プロジェクトの立場としては、「競馬サークルの認知を勝ち取る」ことが如何に難しく高いハードルであるかを身をもって教えてくれた先輩でありました。

クワイトファインより長く種牡馬をしていたので当然ながら産駒数も多く、晩年は比較的牡馬が続いたので、ファンの皆様にとっては「ギンザグリングラスの後継」が気になるところかと思います。

しかし、私もプロジェクト主宰者なのでわかるのですが、サイヤーラインを次代に繋ぐのはそんな甘いものではありません。もちろん、巨万の富を誇りかつ高い志を持つオーナーから全面的にバックアップしていただけるなら別ですが、志ある個人オーナーが私財を擲って取り組んだとしても「競馬サークル(有力馬主、生産者、JRA等の主催者、マスコミ)」をしっかり議論に巻き込んで、関係者コンセンサスの元に進めていかなければまず上手く行きません。そのオーナーさんに巨額の損失を強いて、全てが虚しく終わってしまうだけです。

なら、私も含めた競馬ファンは、ただ座して(血統の)死を待つしかないのか…といえば、それは違うでしょう。ハードルは極めて高いですが、出来ることはゼロではありません。

とにかく、世論を喚起しましょう。ブログ、X、FB、インスタ、YouTubeといったSNSもだし、ネット署名という手段もあります。叶えたい夢や希望があるなら行動しましょう。そして、マスコミやクラブ法人に声を届けましょう。

私はトウカイテイオー後継を送り出すべく活動しておりますが、メジロマックイーンのサイヤーラインも当然ながら続いてほしいです。小説のモデルになったくらいですから、メジロマックイーン⇒ギンザグリングラスのサイヤーラインに注目していた人も多いはずです。ぜひ、皆様の底力を発揮してください。こちらも負けないよう、切磋琢磨していきたいと思います。


追伸 読者の皆様へ

金沢競馬のフリーペーパー『遊駿+』の編集長、ヨドノミチさんが、ウマフリで『[インタビュー]良血馬クワイトファインのかわいい素顔とは? - 金沢・喜多由紀子厩務員』という記事をご執筆くださいました。

クワイトファインが現役時代にお世話になりました金沢競馬の喜多由紀子さんのインタビュー記事でして、クワイトファインのことを
「話題になって、短い期間しか携われなかったけど自慢できる子。(産駒が)競走馬になってくれるだけでも嬉しい。走ってくれればもっと嬉しい」(本文より引用)
と仰ってくださっています。

そちらも是非、ご一読ください。

写真:マラカス

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