2歳女王決定戦、ゴール前の大激戦

2013年12月8日、阪神競馬場には世代最初の頂点を目指す2歳牝馬18頭が集った。
第65回阪神ジュベナイルフィリーズ。函館で、レース史に残る不屈の根性を見せたレッドリヴェールだったが、単勝人気は14.6倍の5番手に甘んじていた。

一つ上の4番人気は、ここまで4戦3勝、東の前哨戦、アルテミスSを制したマーブルカテドラル。
3番人気は3つ上の姉、無敗の2歳女王レーヴディソールの記憶も新しいレーヴデトワール。

2番人気にはレッドリヴェールが札幌2歳Sを勝った翌日に小倉2歳Sを押し切り、さらに次走デイリー杯2歳Sで牡馬を蹴散らした上にマイルも克服してみせたホウライアキコ。和田竜二騎手とホウライアキコの、人呼んで「和田アキコ」コンビで話題を集めた。

──そして圧倒的な1番人気に推されたのが、ハープスターである。

彼女が新潟2歳Sで見せた豪脚は、上がり3ハロン32秒5、4コーナー最後方からの全頭ごぼう抜き、と事実を書くだけでも驚異的だが、見た者全てにそれ以上のインパクトを残した。「豪脚」とか「閃光」とか「疾風」とか、そんな形容も吹き飛ぶものだ。圧倒的な1番人気に推されるのは十分にわかる、素晴らしいレースぶりだった。

ステイゴールドの血をただただ盲目的に応援し続けていた私も、この時ばかりはもうレース後に掲げる白旗の準備をしていた。

レッドリヴェールに望みを託すとすれば、新馬戦での同コース経験があったこと、「ステイゴールドの直仔で新馬から2連勝した馬はもれなくGⅠ馬(ドリームジャーニー、ナカヤマフェスタ、ゴールドシップ)」というジンクス、そして「レッドリヴェールが新馬戦で0秒8差をつけたピークトラムが、ハープスター(新潟2歳S)にもホウライアキコ(デイリー杯2歳S)にも0秒5しか負けていない」という重箱の隅をつつくような物差し論くらいしかなかった。

阪神競馬場に詰めかけた観客も、テレビの前で見つめる競馬ファンも、その多くがハープスターの「勝ち方」に注目する中、ゲートが開いた。

大外18番のホウライアキコは内に切れ込みながら好位のやや後ろ。やはりマイルという距離を意識してか大事に運んでいるように見えた。

真ん中10番枠から出たハープスターは後方待機。ホウライアキコとは逆に進路を外に求めたが、そうはさせじと16番モズハツコイと15番グランシェリーががっちり外から抑え込む。そして8番レッドリヴェールは出たなりで中段やや前目の好位置を確保していた。

レースは大きな3コーナーに入った。注文を付けて逃げたニホンピロアンバーが刻んだペースは半マイル46秒3。下がっていくメイショウアサツユ以外の17頭はほぼ同じ隊列を保って4コーナーに向かっていく。

2列目から直線押切を狙うホウライアキコ、度胸を決めたか後方から馬群に突っ込んでいくハープスター。そしてレッドリヴェールはハープスターが割ろうとしている馬群の中で、じっと息をひそめていた。

最後の直線。

密集していた馬群は最内から馬場の5分どころまで、いっぱいに広がった。

まずはホウライアキコが内回りとの合流点あたりからスパートを開始、一気に前をゆく2頭をのみ込んで先頭に立った。デイリー杯のVTRのようだった。しかし目標となったホウライアキコに、こちらも無敗のフォーエバーモアが外から襲いかかる。残り200。仁川の舞台はここから坂がある。直線平坦の京都では押し切れたホウライアキコだったが、最後の坂に抗しきれず、位置取りを下げていった。

フォーエバーモアがこのまま押し切るか、と思われたその刹那、外から──後ろから、襲いかかる2頭の姿があった。外からは戸崎圭太騎手が頭を馬の首筋に貼り付けた前傾姿勢を保ったままレッドリヴェールがじりじり迫る。

そして後ろからは川田将雅騎手が馬上で舞いながらハープスター。馬群を割って一気に加速、2頭の間に突っ込んできた。

内、押し切るかフォーエバーモア。
外、交わすかレッドリヴェール。
中、ぶち抜くかハープスター。

「3頭並んだゴールイン!!!」

場内実況を担当する檜川彰人アナの、大接戦のゴール前で時折見せるリミッターを解除したかのごときハイトーンボイスが響き渡った。

「ハープスター、レッドリヴェール、フォーエバーモア! ゴール前、3頭びっしり!」

これを聞いて私は、「やられたか……」と思った。歴戦の場内実況が3頭の中で真っ先に名を挙げたのはハープスターだったのだ。

しかし一縷の望みを託して、リプレイを見つめた。

ゴール前のストップモーションに切り替わった時、すでにハープスターは明確にハナ差、レッドリヴェールよりも前に出ていた。フォーエバーモアはわずかに及ばない。

ところが、である。
ここから1コマ、1コマ、コマ送りが進むにつれてレッドリヴェールが差を詰めていったのである。
すでに伸びきっていたように見えたレッドリヴェールの馬体がさらに前傾を深めていく。

4コマ目、並びかけた。
5コマ目、6コマ目、ついにレッドリヴェールが前に出た。
しかし7コマ目、ハープスターも再び差を詰める。
そして8コマ目、再び2頭の鼻がほとんど重なった。そこがゴールだった。

ゴールを現すグレーの直線が2頭の鼻先をかすめていた。胸前も、鞍上の帽子も、ゼッケンも、尻尾の先も、全てハープスターの方が前にいた。しかしその鼻づらだけは、レッドリヴェールが譲らなかった。

「レッドリヴェール、そしてハープスター、最後はこの2頭の争い!」

檜川アナが今度はレッドリヴェールを先に呼んだ。
私は用意していた白旗をそっと心の中にしまい込み、一瞬己を恥じ、その後拳を握った。

函館で泥をかぶった根性が、GⅠの最後の最後で輝きに変わった。

ステイゴールド産駒初、牝馬のGⅠホース誕生の瞬間は、「夢見る人」レッドリヴェールとその陣営が夢をかなえた瞬間でもあった。

そして続くストップモーションは、ゴール板通過後3コマ目で再び前に出るハープスターの姿を映し出していた。

肝が冷えた。


3戦3勝で2歳女王となったレッドリヴェールは、通算18戦3勝でターフを去った。

翌年、桜花賞にぶっつけで臨んだ彼女は、しっかりとトライアルを挟んで臨んだハープスターを相手に最後まで抵抗するが、大外一気の豪脚の前にクビ差の敗北。その後、1週でもレース間隔を空けたい陣営の方針で勇躍日本ダービーに挑戦するも、12着に敗れる。

レッドリヴェールは5歳夏の札幌記念を最後に引退、故郷の社台ファームで繁殖牝馬となった。

彼女が叶えた夢の再現を、そして叶わなかった夢の実現を、いつかその仔が見せてくれることを、願ってやまない。

写真:Horse Memorys

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