非情の雨を、弾き返して

北海道・大雨 土砂で線路宙づり、列車運休

──2013年8月9日 「日テレニュース24」HPより

道南で猛烈な雨、土砂崩れで交通網寸断

──2013年8月19日 「函館新聞」HPより

2013年8月。北海道南部を幾たびも局地的な大雨が襲った。同月の函館市の降水量(1日10mm以上)は以下の通りである。

  • 8月9日金曜日 88.5㎜
  • 8月16日金曜日 17.0㎜
  • 8月23日金曜日 15.5㎜
  • 8月29日木曜日 11.5㎜
  • 8月30日金曜日 42.0㎜
  • 8月31日土曜日 37.0㎜

競馬ファンの方であれば「曜日」を付した意味をおわかりいただけると思う。決まって競馬開催日の前にまとまった降雨が記録されてしまっていたのだ。

一方でこうも思われるはずだ。

「あれ? でも、なんで函館? 8月は札幌開催じゃないの?」

そう、折悪くこの年は札幌競馬場がスタンド全面改修工事のため、12週24日間にわたる中央競馬北海道開催はすべて函館競馬場で開催されていた。

連続開催に加えて週末ごとに襲う大量の雨に、函館開催後半の芝は週を追うごとに容赦なく痛めつけられていった。毎週最悪のタイミングで降ってくる無情の雨を睨み返して、ため息をついていた競馬関係者もたくさんいたのではないかと思う。

開催5週目、7月14日の函館記念を1分58秒6で駆け抜けたトウケイヘイローは5週後の8月18日、同じ距離の札幌記念も逃げきって完勝した。しかしその勝ち時計は函館記念よりも約8秒も遅い2分6秒5であった。

そして開催最終週、とどめを刺すかの如く木曜、金曜とまとまった雨を注ぎ込まれて迎えた8月31日土曜日、午前8時過ぎから再び間断なく降り注ぐ雨にさらされ続けた函館の芝は、準メインレースを前に、5年ぶりの「不良」馬場と化した。

連続開催、毎週の雨で荒れに荒れた芝、加えて不良馬場。デビュー間もない2歳馬にとっては過酷に過ぎる三重苦の下、第48回札幌2歳ステークスのゲートが開いた。出走馬中最も軽い馬体重426kg、2番人気でレースを迎えたレッドリヴェールは最内1枠1番。一団となって進む先行集団からやや間をおいて内内に進路を取るその白い帽子は、見る見るうちに跳ねあげられる泥で黒く染まっていった。

向こう正面から3コーナー。もう最後の直線を迎えたかのように各馬の鞍上が遮二無二手を動かす。「前を追う」ためというよりも「前に残る」ために見えた。サバイバルレースとはこのレースのことを言うのではないかというくらいに、1頭、また1頭と力尽きた馬が脱落していく。11頭いた集団は、残り400mを切るあたりで早くも5頭に減っていた。

結果、この5頭はそのまま掲示板にのることになる。
後ろで足をためている余裕など、もう無かった。

4コーナー。スタートからハナを切りとおしたおかげで唯一帽子の色を青く保っていたマイネグレヴィルの外から、いやこれももともと黒帽子だから泥をかぶっても黒帽子のピオネロが迫る。内からは紅白の染分帽が黒く染まったハイアーレート、外から進出してきた1番人気のマイネルフロストはすでに足が上がりかけていた。

そしてもう1頭。

ピオネロとマイネルフロストの間をかち割ってきたのは、白と黒の染分け帽に見えた。
いや、2枠はピオネロ一頭しかいない。

……ということは。

勝負服の胴の部分も真っ黒だったが、袖は赤地に白一本輪と判別できた。

白い帽子がなかば黒く染まった、レッドリヴェールだった。

最後の直線、入ってすぐのところでマイネルフロストがまず後退していく。残り200の標識のあたり、ピオネロが力尽きた。次の一瞬で、ハイアーレートが取り残されていった。

残ったのは、マイネグレヴィルとレッドリヴェールだった。

岩田康誠騎手の叱咤にこたえていったん交わし切ったレッドリヴェール。
これを差し返さんと死力を尽くす柴田大知騎手とマイネグレヴィル。
わずかに余力が残っていたこの2頭が繰り広げたラスト100の攻防は、このサバイバルレースの掉尾を飾るにふさわしいものだった。

そして最後に生き残ったのは、レッドリヴェール。「夢見る人」が泥にまみれてゴールに飛び込んだ。

クビ差及ばなかったマイネグレヴィルの後に、ぽつーん、ぽつーん、ぽつーん、と敗者がゴールにたどり着く様が、このレースの過酷さを物語っていた。着順表示板には「クビ」の後「7」「7」「7」と表示された。

芝1800mの勝ち時計は、1分59秒7。

勝ったレッドリヴェールの上がり3ハロンは、41秒3。

いずれも1986年以降、芝1800mで行われた重賞レースの中で、最も遅いものだ。

特に勝ち時計は、2番目に遅い2021年中山牝馬Sが5秒も速い1分54秒7だから、もはや異常値といってよいだろう。

こうして最も「早い」2歳新馬戦勝ち馬、レッドリヴェールは、最も「遅い」重賞ウィナーとなった。
陣営は次走、阪神ジュベナイルフィリーズへの直行を選択した。レッドリヴェールが雨の函館で見せた根性は、2歳女王決定戦でも主役を張るに十分なインパクトがあったことだろう。

──そう、例年であれば。

あなたにおすすめの記事