サイアーラインや近親交配を中心に語られることが多い血統論だが、牝系を通じて繋がるDNAはサラブレッドの遺伝を語る上で非常に重要な要素を占める。
この連載では日本で繁栄している牝系を活躍馬とともに紹介し、その魅力を伝えていく。
今回取り上げるのは、フサイチコンコルド、アリストテレスなどを輩出したバレークイーンの牝系だ。
抜群の瞬発力、スタミナ、機動力を兼ね備え中山大得意の名牝系
代表馬
・フサイチコンコルド
・アンライバルド
・リンカーン
・ヴィクトリー
・アドミラブル
・アリストテレス
社台ファーム、ノーザンファームで繋養されていたバレークイーンを牝祖とした一族。
バレークイーンは愛国産で競走馬としての実績はないが全兄にデューハーストS(G1・芝7F)を勝利したPrince of Dance、母に英オークス(G1・芝12F)などG1を3勝したSun Princessがいるという血統背景は抜群だった。
その血統背景を評価して実績のないバレークイーンを輸入した社台Gの先見の明は大当たりだったということになる。
バレークイーン牝系の特徴でまず挙げたいのはその瞬発力の高さ。一瞬でギアを最高点までもっていける馬が多く、機動力もあるので小回りコースで一気に差し切りなんてパターンはアンライバルドが勝った皐月賞の4コーナー~直線の入りまでの動きを見るのが一番わかりやすいだろう。
ただ持続性能はそこまでなくて大回りコースに適応するためには配合に少し工夫が必要だ。バレークイーン一代で解決してしまうというよりは牝系を通して持続性能を獲得していく血を繋ぐ必要があっただろう。
とはいえ仕上がりは早くクラシックには間に合うし、父Sadler's Wellsのパワーをもってして日本の急坂コースくらいはなんのその。母父イングリッシュプリンスとの組み合わせから機動力を生み出している。
当時の欧州中距離馬としてはほぼ完成形といってもいいような組み合わせだが、この時期の日本には不足していた血統だったので、日本適性の高い種牡馬たちをつけていくことによって牝系の地位は確固たるものとなる。
勢力を伸ばす2つの分岐
繁殖として活力を継続し勢力を伸ばした産駒は意外にも少なくグレースアドマイヤ(父トニービン)、フサイチミニヨン(サンデーサイレンス)の2頭。それぞれの特徴や活躍馬を紹介していこう。
①グレースアドマイヤ
まず1頭目はグレースアドマイヤ。この馬がバレークイーンを日本の名牝系に押し上げた功労馬であることは間違いないだろう。
自身も府中牝馬S2着やサンスポ4歳牝馬特別3着など牝馬芝中距離路線において重賞級の存在だったことはお伝えしておきたい。
グレースアドマイヤの直仔の牡馬では重賞3勝でG1でも何度も上位争いを演じたリンカーン(父サンデーサイレンス)、皐月賞馬ヴィクトリー(父ブライアンズタイム)などが出ていて繁殖としても優秀。牝系としてはさらにここからスカーレット、フサイチミニヨンと2本に枝分かれする。
グレースアドマイヤの枝を発展に導いた2頭を紹介する前に示しておきたいのはグレースアドマイヤがトニービン産駒だったということ。トニービンといえば日本で繋養された種牡馬の中でもトップクラスの持続性能を誇る馬。
東京コースもなんのその、まさにバレークイーン牝系の至上命題でもあった末脚の持続性能という部分において、ここでトニービンが入ったことがグレースアドマイヤがバレークイーン牝系の中でも本筋の牝系となった要因の一つだ。
①-1 スカーレット
1頭目はスカーレット(父シンボリクリスエス)だ。スカーレット自身は競走馬になることはできなかったがやはりその牝系のDNAは抜群。
できなかったがやはりその牝系のDNAは抜群。
産駒には青葉賞勝ちでダービー3着、怪我で早期引退となってしまったが現役時に示したパフォーマンスはG1級だったアドミラブル(父ディープインパクト)、ターコイズS2着や中山牝馬S3着のエスポワール(父オルフェーヴル)がいる。
また同じく産駒のイサベル(父ディープインパクト)は準OPまでの出世に留まったが、スカーレットの孫世代にあたる産駒からはフローラS3着のフアナ(父ルーラーシップ)、クイーンC2着のアールドヴィーヴル(父キングカメハメ)を輩出した。
バレークイーンから数えれば4代後の世代でも重賞級が出ているんだから活力の凄まじさには脱帽だ。
スカーレットは父シンボリクリスエスなのでバレークイーンにそのものの特性はもちろん自身はグレースアドマイヤ経由の持続性能と機動力やパワーをより強調した繁殖となった。
加えて日本競馬に対応できるだけの特性を多数持ちながら、いわゆる日本の主流系統の血、トニービンを除けばサンデーサイレンスやKigmamboを持っていない。
従ってディープインパクトをつければアドミラブルのように東京コースでも通用する末脚を持った馬が出るし、スカーレットらしさを継続できるオルフェーヴルをつければエスポワールのように
中山コースを得意とする、要はバレークイーン牝系らしい馬も出せる。
これはグレースアドマイヤ自身にも言えたことで、日本の主流種牡馬が持っている血、飽和している血を一切持ち合わせず、どんな配合にも対応できる柔軟性とそういった種牡馬が求めていた適性を持っていたことがグレースアドマイヤをバレークイーン牝系の本筋にした大きな要因だろう。
流石にサンデーサイレンスやキングカメハメを有する馬がこの枝も多くなってきたので、今後の発展には苦労するかもしれないが、エスポワールなんかはキングカメハメを持っていない。
初年度はドゥラメンテ産駒が産まれているようだが、その他にも選択肢は豊富だろう。エスポワールが今後のこの牝系のキーマンになるではと注目している。
①-2 ブルーダイアモンド
2頭目はブルーダイアモンド(父ディープインパクト)だ。
こちらはすぐに主流血統のディープインパクトを配合した一頭。スカーレットよりも6歳下の半妹になるわけだが競走馬としては未勝利に終わってしまった。
産駒成績もスカーレットと比べれば見劣りしてしまうのは事実だが、菊花賞でコントレイルの三冠をギリギリまで追い詰めたアリストテレス(父エピファネイア)を輩出したのは大きな功績だろう。
アリストテレスの場合はエピファネイア×ディープインパクトという形だが少々緩いタイプだったこともあって出世が遅れた。
菊花賞で見せた持続性能とスタミナはまさしくバレークイーン牝系、ないしはグレースアドマイヤのそれ。
エピファネイア×ディープインパクトは当初の期待感に比べれば活躍度は低いかもしれないが、アリストテレスがその代表格となれたのはバレークイーン牝系だったからというのが私の見解だ。
前述の組み合わせで非力なタイプに出さないためには牝系由来のパワーが活躍要件となってくるだろう。
②フサイチミニヨン
グレースアドマイヤがバレークイーン牝系の本筋になっているので長くなってしまったが、2頭目のフサイチミニヨン(父サンデーサイレンス)についても解説する。
グレースアドマイヤの項でも記したが、フサイチミニヨンはバレークイーンの直仔ですぐにサンデーサイレンスを入れてしまったのがグレースアドマイヤに遅れをとった要因かもしれない。
直仔には函館2歳S勝ちで阪神JF2着のアンブロワーズ(父フレンチデピュティ)、その産駒から新潟大賞典3着のロシュフォール(父キングカメハメ)が出ている。重賞級となるとこの2頭に留まってしまうが侮るなかれ、中央条件馬は多数輩出している。
またフサイチミニヨン自身がサンデーサイレンス産駒だったこともあって、グレースアドマイヤよりも後継繁殖に多様性がある。
例えば初仔のアンナヴァン(父エンドスウィープ)はアナザーバージョン(父クロフネ)、ミユキアイラヴユー(父ルーラーシップ)のようにダートを主戦場にする馬を出している。
アンブロワーズは自信の成績や血統構成も考えて芝種牡馬がつけられてきたが、孫世代になるとテイエムファルコン(父父アドマイヤムーン→父スマートファルコン)のようにダート向けに配合された馬も散見される。
フサイチミニヨンがサンデーサイレンス産駒だった分、サンデーサイレンスが深くなるのでグレースアドマイヤより今後の配合の選択肢は多いかもしれない。
フサイチミニヨン自身は活力こそバレークイーンを受け継いだが、特性で言えばサンデーサイレンスのスピードを最も受け継いだ。
従って距離適性はファミリーの中では短め。早熟性も強いので早期からの活躍を目指せるのが特徴だろう。
スタミナと瞬発力で勝負した直仔達
バレークイーン自身も繁殖として非常に優秀で牡馬の活躍馬も多数輩出している。
まずアンライバルド(父ネオユニヴァース)に注目しよう。こちらはまさしくバレークイーン産駒らしい一頭。冒頭でも述べた通り皐月賞で見せた一瞬の加速、瞬発力はこの一族の真骨頂だ。
ネオユニヴァース×バレークイーンだから日本の急坂なんて何の問題にもならない。
一方大箱コースとなると持続性能も求められるので、極端なスローペースじゃないと最後に甘くなる。しかしそれはグレースアドマイヤが牝系を通じて解消しつつあるので、出資馬やセリ馬を選定されるオーナー各位、及び配合を考える牧場各位には共通の特徴であるとは誤解しないでいただきたい。
京成杯勝ちで弥生賞2着のボーンキング(父サンデーサイレンス)もアンライバルドとは3/4同血で基本的には同じタイプというところ。
一頭異彩を見せたのはダービー馬フサイチコンコルド(父Caerleon)。
フサイチコンコルドの父CaerleonはNijinskyの産駒になるが、スピードはその中でも抜群。加えてRound Table、Hail to Reasonからくるスーッと伸びる切れ味を産駒に伝えるのが上手な種牡馬だった。
フサイチコンコルドはまさにCaerleonの良いところを抜群に受け継いでいたのでダービーという栄冠を手にできたのだ。
適性は多岐に渡り多様なステージで活躍を期待
今回は2頭の牝馬から伸びる枝、直仔達の活躍などを中心にバレークイーン牝系の魅力をお伝えした。
グレースアドマイヤは芝の王道路線でクラシックを狙える配合を続けていて、今現在においてもその活力を維持し続けているが、ある意味では血統の飽和による転換期を迎えている。ここからどのような種牡馬をつけるかによって今後も活力を維持できるかが問われていると言えるだろう。
一方フサイチミニヨンは妹ながら一足先にダートや短距離に主戦場の矛先をむけつつある。もちろんこれまでの血統背景を考えれば王道路線に振り戻すことも十分可能だ。
牝系研究家、配合屋らしいことを言うと、牝系を通じて共通するミトコンドリアのDNAというのはと核DNAの塩基置換速度比べて約5~10倍のスピードで塩基置換する。※簡単に言えば進化(一般的に言われる退化も含めて)する。
4世代にわたって毎世代で活躍馬を輩出する牝系というのは牝系研究家の立場から言わせるとレアケースだ。今後もバレークイーン牝系の発展を期待したい。
写真:かず