[重賞回顧]名牝が紡ぎし名血、再び檜舞台へ〜2022年・アルテミスS〜

秋華賞、府中牝馬ステークスも終わり、いよいよ3歳牝馬路線と古牝馬路線が交わり始める。成長を遂げた淑女たちの決戦を2週間後に控えたこのタイミングで、府中の舞台では来年のクラシックを見据える少女たちがJRA最初の2歳牝馬限定重賞・アルテミスSに集結した。

毎年、数多くの名牝を輩出するこの重賞。直近だけで見ても豪華絢爛で、後のG1馬という条件で絞ってもサークルオブライフ(2021年)、ソダシ(2020年)、ラッキーライラック(2017年)、リスグラシュー(2016年)と、歴史こそ浅いものの名牝がずらりと顔を揃えている。今では牝馬クラシックへの登竜門として見逃せない一戦と言える。そして今年も、開催前から相当な話題を振りまいていた一頭がいた。

その馬の名は、リバティアイランド。昨年のこのレースに参戦していたロムネヤ(8着)を姉に持つ同馬は、7月の新馬戦で衝撃のデビュー戦を迎えていた。中団から進め、直線だけで前を行く馬全てを差し切ったその上り3ハロンは、驚愕の31.4。競走馬の限界を越えるかのようなその末脚は、あっという間に2着のクルゼイロドスルを3馬身突き放してゴールした。その昔、同じ川田将雅騎手を鞍上に新潟の直線を突き抜けたハープスターを思い起こさせるような閃光少女は、ここでも当然のように1番人気に支持されていた。

しかし、オッズでは離されたとはいえ2,3番人気で続く上位人気馬もかなりの素質馬である。2番人気のデインバランスは今年の春、クラシック戦線にその歩を進めたルージュエヴァイユの妹。新馬戦では3番人気ながら上がり最速、やや物見をする若いところを見せながらも完勝し、リバティアイランド同様2戦目ながら支持を集めた。

差がなく3番人気に推されたラヴェルは、今年の牝馬クラシックを賑わせたナミュールが姉。ナミュール自身も昨秋の赤松賞で府中の舞台を駆け抜けて、一躍牝馬クラシック戦線の主役に躍り出た馬である。その背中を追うことはできるかどうか、注目が集まる。

上位人気3頭以外にも、ダイワスカーレットの孫ディナトセレーネ、メンバーで唯一2勝を挙げているミシシッピテソーロ、電撃引退が発表されたステイフーリッシュの妹マラキナイア等、その素質を感じさせる少女たちが揃ってゲートインの時を迎えていた。

レース概況

ディナトセレーネがポンと好スタートを切ったが、対照的にラヴェルとコウセイマリアがややダッシュがつかない。勢いそのままにディナトセレーネが先頭に立つが、快速馬キメラヴェリテを兄に持つアリスヴェリテも競りかけるように前へ。デインバランスがそれに続いて3番手につけた。

その後は一団。リバティアイランドを中心に、マスキュリン、マラキナイア、ニシノコウフク、ミシシッピテソーロが囲むように馬群を形成する。

末脚の切れるリバティアイランドを簡単には抜け出させまいとするような体制となり、ややリバティアイランドは窮屈そうに見えた。そして3番手にいたデインバランスも位置を下げて中団へ。

そんな馬群から離れ、我関せずのマイペースでラヴェルとコウセイマリアが後方を追走していた。

800m通過47.8のスローペース。大欅の向こう側でアリスヴェリテが先頭に代わり、それと同タイミングで馬群も密集。そのままの体制で勝負どころ4コーナーを回ってきた。

直線に向いたところでアリスヴェリテのリードはやや広がり、まだ楽な手応えで府中の坂を登る。一方断然人気のリバティアイランドは、ミシシッピテソーロに蓋をされるような格好で、内にも外にも進路がなく出てこれない。かわって外からラヴェルが姉を彷彿とさせるような鋭い切れ味で弾けるように伸び始めた。

とはいえ、粘るアリスヴェリテも簡単には交わされない。二枚腰で坂を登り切って、先頭争いはこの2頭となった。やや遅れた3番手には粘るディナトセレーネと、追うマラキナイア。そして、ようやく前の開いたリバティアイランドが鬼の形相で突っ込み、ディナトセレーナとマラキナイアを外から並ぶ間なく交わし、先頭へ迫ってくる。だが未だ伸び続けるラヴェルの脚は鈍ることなく、アリスヴェリテを交わしてそのまま迫るリバティアイランドを抑えて先頭でゴールイン。

姉同様、飛躍を誓う1勝を府中の舞台で遂げてみせたのだった。

上位入線馬と注目馬短評

1着 ラヴェル

姉ナミュールが昨秋府中の地から羽ばたいたように、妹ラヴェルも府中の舞台から翼を広げた。

キタサンブラック産駒らしく、しぶとく脚を伸ばす末長い切れ味は健在。一方で、姉の持つ鋭い瞬発力も垣間見せてくれた。

矢作師も「全体的に身体能力が高い」と太鼓判を押す。ここから阪神JFに向かうとの報で、本番でも上位人気となることは間違いないだろう。

かつて桜の舞台で輝いた曾祖母キョウエイマーチ。その血を継ぐ少女が20数年の時を経て、再び仁川の舞台で花開けるか期待したい。

2着 リバティアイランド

断然の人気を集めた同馬は2着。だが、その内容は「負けて強し」だったと言える。

ミシシッピテソーロに蓋をされて苦しい競馬となり、進路が空いたのは坂の頂上付近。それでも上り33.3の末脚で一気にラヴェルに詰め寄った。勝てなかったとはいえ、この敗戦で評価を落とす必要はないだろう。

父ドゥラメンテから受け継いでいるであろう闘争心にも注目したい。

3着 アリスヴェリテ

スタートからしばらくはディナトセレーネの後ろを追走していたが、途中で先頭に変わるとそのまま3着に粘り切った。

この一族の特徴として、先手を取って単騎で直線を回ってきた場合、ほとんどがしぶとい粘り強さを見せてくれる。アリスヴェリテも多分に漏れずそのタイプのようだ。

本番となる仁川でもすんなり先頭を取れれば、野路菊Sで好走しているだけに、怖い存在となってくるのではないだろうか。

総評

リバティアイランド1強ムードに包まれていた今年のアルテミスS。彼女は2着に敗れたものの、包まれながらに伸びてきたその強さは確かに我々の脳裏に刻まれた。

そして勝利したラヴェルも、外から弾けるように伸びたその末脚に確かな素質を感じさせてくれた。姉ナミュールは昨年阪神JFで1番人気ながらスタートで後手を踏み4着。

今年の牝馬クラシックも10.3.2着と悔しい結果に終わってしまった彼女の無念を、妹が同じ道のりを辿ることで晴らすことができるかどうか。

ラヴェルの鞍上、坂井瑠星騎手は2週間前、スタニングローズの秋華賞でJRAのG1を初制覇したばかり。そんな彼が、また新たな名牝候補とタッグを組む。期待せずにはいられないだろう。

12月の大舞台まで、はや1ヶ月。師走の風はもうすぐそこで吹いている。

写真:かぼす

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