[重賞回顧]“力”と“技”で二冠達成、目指せ秋のV3 ~2026年・日本ダービー~

日本競馬にとって、2026年5月31日は特別な一日である。

競馬界の暦には様々な節目があるが、日本では3歳クラシック最大の競走、日本ダービーが行われる日曜日がその一つだ。前年の夏に始まった新馬戦から約1年。若駒たちが世代の頂点を目指して競い合ってきた戦いに、一つの区切りが訪れる。

日本ダービーには「最も運のいい馬が勝つ」という格言がある。
今年、競馬の神が微笑むのは果たしてどの人馬だろうか。

今年の主役はロブチェン。新馬戦から連勝で挑んだホープフルステークスでは7番人気の伏兵扱いだったが、共同通信杯を経て臨んだ皐月賞では1番人気に推されると、自らハナに立ってレコードタイムで走破した。最も速い馬が勝つと言われる皐月賞で、そのスピード能力を存分に示した。

一方で、日本ダービーは末脚勝負となることも少なくない。皐月賞と同じ形へ持ち込めるのか。2400mで折り合えるのか。そして17番枠からどのような競馬を見せるのか。期待と不安が入り混じる中での1番人気だった。「松山騎手をダービージョッキーにしたい」という陣営の願いは届くだろうか。

続く人気はリアライズシリウス。東京競馬場の新馬戦、新潟2歳ステークス、共同通信杯を制しており、左回り適性はすでに証明済みだ。皐月賞でもロブチェンとのスピード勝負を演じて2着。前日には津村明秀騎手が落馬するアクシデントもあったが、当日の騎手紹介では元気な姿を見せ、ファンを安心させた。距離延長は簡単な課題ではないが、好調な騎手、左回り巧者の馬、そしてオークスとダービーの両方に愛馬を送り出した“持っている”オーナーのチームで頂点を狙う。

日本ダービーを6度制している武豊騎手が跨るゴーイントゥスカイも有力馬の一頭だ。青葉賞を勝った人馬のコンビで、前人未到となる7度目のダービー制覇へ挑む。しかし、青葉賞勝ち馬からダービー馬は2025年まで誕生していない。かつて武豊騎手自身が青葉賞馬シンボリクリスエスを、日本ダービーではタニノギムレットとのコンビで破ったこともあった。今年は逆の立場として、歴史の壁を打ち破れるだろうか。

皐月賞14着からの巻き返しを狙うパントルナイーフも4番人気に支持された。東京スポーツ杯2歳ステークスではゾロアストロ、ライヒスアドラーとの末脚勝負を制した実力馬。皐月賞は休み明けに加え、不利も重なり不完全燃焼に終わった。能力負けではないと信じるファンは多く、ひと叩きされた上積みに期待が集まっていた。ルメール騎手が新馬戦から継続騎乗で挑むことも、期待の高さをうかがわせる。

そして今年は、「出走できたこと」そのものに運が絡んだ人馬も少なくない。

京成杯勝ち馬グリーンエナジーは中間に熱発のアクシデントがありながら、この舞台へ間に合わせてきた。アスクエジンバラとコンビを組む岩田康誠騎手は、5月17日の京都競馬で落馬し右鎖骨を骨折。それでもコンビ継続を目指し、ダービーまでに復帰を果たした。

さらに、きさらぎ賞馬ゾロアストロが調教中の肺出血で登録を取り止めたことで、エムズビギンに出走権が巡ってきた。これにより短期免許で来日中のゴンサルベス騎手も初のダービー参戦が実現。

その後ベレシートが回避したことによって最後の1枠は抽選となり、ケントンが参戦することになった。
登別市の青藍牧場の生産馬として初めてのダービー出走。オーナーにとっても初めての夢舞台である。
幸運の使者は、この馬なのかもしれない。

それぞれの陣営が並々ならぬ思いを胸に臨む日本ダービー。
栄光を掴み取り、真夏のような暑さの中で集まった8万人を超える観衆、そして画面の向こうから声援を送るファンの祝福を受けることができるのは、ただ一頭だけである。

レース概況

スタートは、ゲート内で落ち着きを欠いたフォルテアンジェロ、そしてタイミングが合わなかったゴーイントゥスカイとバステールが出遅れ。一方、好スタートを決めたメイショウハチコウに、外からリアライズシリウスとアスクエジンバラが続き、先行策へと向かった。

前走の皐月賞で逃げ切り勝ちを収めたロブチェンは、今回は後方からのスタート。
各馬がポジションを探り合う中、逃げるメイショウハチコウを先頭に隊列が形成されていく。

2番手にはリアライズシリウス、インの3番手にはやや力みながらライヒスアドラー。その外にマテンロウゲイルとアスクエジンバラが並び先行集団を形成する。1列後ろにはケントン、コンジェスタス、パントルナイーフ。ロブチェンはその直後を追走し、外から進出してきたエムズビギンを先に行かせながら、後方で脚を温存する競馬を選択した。

ロブチェンの後ろにはフォルテアンジェロとグリーンエナジー。さらに2馬身ほど離れた後方にはアルトラムス、ジャスティンビスタ、ショウナンガルフが続き、ゴーイントゥスカイは後方3番手。その後ろに追い込みで重賞を制したアウダーシアとバステールが控え、向こう正面へと入っていった。

レースが大きく動いたのは向こう正面だった。前半1000mを1分00秒7で通過したあたりで、リアライズシリウスが先頭へ。すると最後方付近にいたバステールが、流れが落ち着いていると判断したのか、一気にポジションを押し上げてリアライズシリウスの直後まで進出する。

しかし、この大胆な動きにもロブチェンとパントルナイーフは動じない。馬群は大きく崩れることなくひとかたまりのまま進み、リアライズシリウスが2、3馬身のリードを保って最後の直線へ向かった。

直線入り口ではジャスティンビスタがやや外へ膨れる場面もあったが、各馬はほぼ横一線の勝負態勢。逃げるリアライズシリウスへ、向こう正面から進出したバステールが満を持して襲いかかる。津村騎手の追いに応えてリアライズシリウスも抵抗を見せるが、川田騎手の右ムチに応えたバステールはやや内へ切れ込み、進路が狭くなる場面もあった。

その外では、終始先行勢を見る絶好の位置で運んだルメール騎手のパントルナイーフが満を持して進出。さらにコンジェスタスは馬群の間へ進路を求め、ロブチェンはパントルナイーフの外から一完歩ずつ差を詰めていく。そして大外からは、武豊騎手の鼓舞に応えたゴーイントゥスカイも鋭く伸びてきた。

残り200mで先頭へ立ったバステールが押し切りを図る。しかし、その外からパントルナイーフがついに先頭を奪取。このまま差し切るかに見えたその瞬間、すぐ外には重心を低くして迫るロブチェンの姿があった。

ゴール前でロブチェンがパントルナイーフに並びかける。二頭は馬体を併せたまま最後の攻防へ持ち込み、わずかに前へ出たロブチェンの鼻先が先にゴール板を通過。日本ダービー馬の座は、最後の最後でロブチェンのものとなった。

パントルナイーフは終始ロスのない競馬で2着。勝負どころで動けなかった皐月賞とは対照的に、理想的な中団差しの形へ持ち込むことができた。

そして大外から豪快に追い込んだゴーイントゥスカイと、向こう正面から勝負を仕掛けたバステールによる3着争いはハナ差でバステールに軍配。ロングスパートで見せた執念の走りは、敗れてなお強い印象を残した。

リアライズシリウスも最後まで踏ん張り続け、勝ち馬から大きく離されることなく7着で入線。各馬がそれぞれの勝負手を打ち、その中で最後に栄冠を掴んだのはロブチェンだった。

各馬短評

1着 ロブチェン 松山弘平騎手

皐月賞では自ら逃げてレコード勝ちを収めたロブチェンだが、今回は大外8枠17番から後方で脚を溜める形となった。かつて17番枠から勝利したワグネリアンでさえ先行策を選んだだけに、前走で逃げ切ったロブチェンが馬群の後方にいる姿には驚かされた。

最も運のいい馬が勝つと言われるダービーにおいて、ロブチェンが勝利を手繰り寄せた要素は二つあった。ひとつは序盤、外からエムズビギンが上がってきても無理に動かず、パントルナイーフとエムズビギンの直後で折り合えたこと。もうひとつは直線で、勝ちパターンに入ったパントルナイーフに併せ馬の形で挑めたことだ。

皐月賞では2番手から迫ったリアライズシリウスを退け、ダービーでは自らパントルナイーフへ挑んで競り落とした。その勝負根性は、母父ジャイアンツコーズウェイを彷彿とさせるものがある。
さらに松山騎手がジョッキーカメラで語っていたように、ロブチェンは最後の三完歩で左手前に替えている(武豊騎手のジョッキーカメラでも確認できる)。パントルナイーフを追い詰め、ゴール寸前でさらにアタマ差もうひと伸びする姿は、長い府中の直線で目一杯力を出し切った証でもあった。

大外枠から外を回り、最後は力比べを制して掴んだダービーの栄冠。ロブチェンは速さだけでなく、強さも備えた馬であることを、最高の舞台で示してみせた。

2着 パントルナイーフ ルメール騎手

東京スポーツ杯2歳Sを制した後、弥生賞をステップに皐月賞へ向かう予定だったが、体調が整わず皐月賞直行のローテーションとなった。その皐月賞では、後方から末脚を繰り出すタイミングで前が壁になり、不完全燃焼の一戦に終わっていた。

今回はしっかり立て直され、終始ロスのない理想的な立ち回りを見せた。道中は先行勢を見る位置で折り合い、バステールが向こう正面で動いた場面でも慌てず脚を温存。直線では満を持して外から進出し、一度は先頭に立つ勝ちパターンへ持ち込んだ。

最後はロブチェンの強襲にアタマ差屈したものの、東京スポーツ杯2歳Sを制した府中の舞台で、改めて力を示した一戦だった。ルメール騎手は先週のオークスでのドリームコアに続く2着。どちらも前走からきっちり立て直し、大舞台で勝ち負けまで導いた手綱さばきが見事だった。惜しむらくは、いずれもその前に強い馬が一頭いたことに尽きる。

3着 バステール 川田将雅騎手

スタートで後手を踏み、序盤は最後方付近からの競馬となったが、向こう正面で川田騎手が一気にポジションを押し上げた。川田騎手は弥生賞からバステールとコンビを組んでおり、皐月賞では末脚が届かなかっただけに、前にいるロブチェン、リアライズシリウスへ早めに挑みたい思惑もあっただろう。

その大胆なロングスパートに、向こう正面と直線で二度応えて見せたバステールには、改めて才能の豊かさを感じた。直線ではリアライズシリウスを交わした際にやや内へ寄れる場面もあったが、残り200mで先頭へ。最後は外から来た上位2頭に交わされたものの、ゴーイントゥスカイとの3着争いをハナ差で制した。

自ら勝ちに行く競馬でダービー3着。成長途上と評されていた中で、ここまで戦えた価値は大きい。経験を積み、ゲートや走行姿勢にさらに磨きがかかれば、より強いバステールの姿を見せてくれるはずだ。

4着 ゴーイントゥスカイ 武豊騎手

スタートでタイミングが合わず、序盤は後方からの追走となった。それでも百戦錬磨の武豊騎手は慌てることなく、馬のリズムを重視して直線勝負を選択。最後の直線では大外から力強く脚を伸ばし、バステールとの3着争いまで持ち込んだ。

上がり最速32秒8の末脚を繰り出しただけに、序盤の位置取りひとつでさらに上の着順も見込めたかもしれない4着であった。青葉賞に続いて、ダービーでも距離適性と決め手の確かさを示した内容と言えるだろう。

京都2歳Sやきさらぎ賞での結果と比較すると、距離はある程度あった方が良さそうで、今後の中長距離路線でも楽しみな存在となった。青葉賞馬によるダービー制覇は今年も叶わなかったが、その壁に確かに迫った走りは、秋の更なる飛躍を予感させた。

7着 リアライズシリウス 津村明秀騎手

好スタートから2番手につけ、向こう正面ではメイショウハチコウに代わって先頭へ立つ積極策を取った。前半1000m1分00秒7という流れの中で、自らレースを作りにいった判断は見応えがあった。

前週のオークスではリアライズルミナスでスローペースを読んで早めに仕掛けた津村騎手。今回はダービー2番人気のリアライズシリウスとのコンビで、強気に勝負へ向かう下地は十分にあったのだろう。

直線でも津村騎手の鼓舞に応えていたが、向こう正面で早めに動いたバステールが最後まで脚を使い、その外から後続勢も迫ってきたことで、前で受け止める側の難しさが出た。さらに直線で進路が狭くなる場面もあり、そこからもう一度伸びるには厳しい形だったかもしれない。

それでも人馬ともに最後まで踏ん張り、勝ち馬から大きく離されず7着で入線。皐月賞2着馬としての地力の高さと、左回りでの安定感は今回も示している。折り合いに大きな心配がないだけに、距離にも対応できるはずで、秋の路線選択にも注目したい。

レース総評

日本ダービーは「最も運のいい馬が勝つ」と言われる。

今年もその言葉を思い出させる出来事は数多くあった。熱発を乗り越えて大舞台へ辿り着いたグリーンエナジー、負傷から復帰してコンビ継続を果たした岩田康誠騎手とアスクエジンバラ、回避馬や抽選によって出走権を得たエムズビギンやケントン。
まずこの舞台に立つこと自体が容易ではなく、多くの人馬が運を味方につけて東京競馬場へ集っていた。

しかし、運だけでダービーは勝てない。

向こう正面で勝負に出たバステールと川田将雅騎手。自らレースを動かしたリアライズシリウスと津村明秀騎手。皐月賞の雪辱を期し、理想的な競馬であと一歩まで迫ったパントルナイーフとルメール騎手。そして大外から上がり最速の末脚を繰り出したゴーイントゥスカイと武豊騎手。それぞれが異なる勝ち筋を描き、自ら栄冠を掴みに行ったからこそ、今年のダービーは最後まで目の離せない攻防となった。

その中で最後に勝利を掴んだロブチェンにも、確かに運はあっただろう。大外17番枠から無理なく折り合えたこと。向こう正面でバステールが動いても慌てず、自分の競馬を貫けたこと。そして直線でパントルナイーフという最高の目標を前に置き、力比べに持ち込めたこと。
しかし、それらの幸運を勝利へ結び付けたのは、間違いなく馬自身の能力と松山騎手の信頼だった。

皐月賞では逃げてレコード勝ち。ダービーでは後方待機から差し切り勝ち。同じ馬とは思えないほど異なる形で二冠を達成したことは、ロブチェンが世代の頂点に立つだけの総合力を備えている証明でもある。
強敵との競り合いを制する勝負根性もまた、この馬の大きな武器だろう。

皐月賞では後続を完封する“力”を見せたロブチェン。そして日本ダービーでは、決めた相手に競り合いを挑む“技”を見せた。力と技で二冠を達成した若き王者が、次に目指すのは三冠最後の舞台、菊花賞である。

最も運のいい馬だけでは辿り着けない場所へ。

ロブチェンは今、三冠馬という競馬史に残る称号へ挑む権利を手に入れた。“最も強い馬が勝つ”菊花賞へ向けて、ロブチェンの三冠達成なるか。
それとも、夏を越えて飛躍を遂げた人馬が、その前に立ちはだかるのか。

さらに熱くなる季節を越え、逞しく成長した秋の姿を見るのが楽しみでならない。

写真:s1nihs、ぼん(@Jordan_Jorvon)

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