![[サラブレッド大辞典]屈腱炎のリハビリとは? 不屈の馬モーメントキャッチのあゆみとともに解説](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/05/202605201-scaled.jpeg)
2025年12月に株式会社カンゼンから出版され、重版が4回行われた話題沸騰のサラブレッド大辞典。
競馬の基本となるルールから、馬の体のつくり、競馬や競走馬を裏で支え、取り組む仕事の紹介など様々なテーマを取り上げる一冊であり、まさに競馬の仕組みとサラブレッドの世界を体系化した決定版と言える内容である。
今回はその中の「屈腱炎」のページから抜粋して取り上げていく。

屈腱炎とは、競走馬にとって不治の病とされる。休養期間が長く、再発率も高いため、多くの名馬を引退へと追いやってきた怪我(疾病)である。かつてはビワハヤヒデやナリタブライアン、近年ではジャスティンミラノなどがこの怪我(疾病)によって引退に追い込まれた。
屈腱炎が起こる理由や屈腱炎の種類、そして屈腱炎と戦った馬モーメントキャッチについて紹介する。
■ 屈腱炎が起こる理由
屈腱炎が発症するメカニズムは正確に解明されているわけではない。
かつては力学的に過剰な力が加わることで腱が切れるなどして発症すると考えられていた。ただ、力学的な要因であれば、トップスピードに比例して短距離馬に多いはずだが、実際は中長距離馬も発症している。
現在は運動による熱変成により、腱自体が脆弱になって起こるという説が有力視されている。
屈腱炎で引退した馬の例としては、上記で挙げた馬の他にも、アグネスタキオンやダイワスカーレット、キングカメハメハやドゥラメンテといったように親子でターフを退いた名馬も珍しくない。ちなみにジャスティンミラノの父キズナも、ラストランとなった天皇賞(春)の後、右前繋部の浅屈腱炎を発症して引退に追い込まれている。

■ 屈腱炎のタイプ
屈腱炎にも様々なタイプがあるが、主な型は2つに分類される。以下でその解説を行う。
○コア型
コア型は、細いゴムのような組織が束状になっている屈腱の内部がまとまって損傷し、断裂などを伴って炎症を起こしているタイプの屈腱炎。患部は脚部の縦から見たエコー画像を確認した時に、白く写る正常な腱とは異なり、黒く穴が空いたように写る。

○デヒューズ型
腱の内部がまとまって損傷するコア型とは異なり、腱の外側の繊維がささくれ立つように損傷している状態の屈腱炎。デヒューズとは、「拡散する」、「広範囲にわたる」といった意味を含む。腱の全てに広がりが見えるため、コア型に比べてこちらの方が重い症状に見えがちだが、両者の間で完治の期間に大きな差はないとされている。

○その他にも
繋ぎの部分に炎症が起きる繋部屈腱炎がある。コア型やデヒューズ型と比較すると発症例自体は多くないが、腱の伸び縮みが頻繁に起こる繋ぎで炎症が起こってしまうと、完治までの時間が長くなるほか、再発の可能性も非常に高く、発症後の予後は良くない。
■ 屈腱炎の損傷率とは
屈腱炎の度合いは、エコー画像に写る損傷した腱の面積が全体の何割かという観点で表し、これを損
傷率という。体積の方が正確だが、相関があるとして面積で表すのが一般的である。
エコー画像中心部の黒く抜けている部分が損傷箇所にあたる。損傷率が10%以下の比較的軽度な屈腱炎であれば、1年程度の休養期間で復帰することも可能である。

一方で、損傷率が20% を超えた場合には、休養期間が長期に渡り、復帰そのものが困難になる場合もある。30%を超えると屈腱炎ではなく、不全断裂という診断になる場合もある。

■ 屈腱炎に完治はない
屈腱の組織は一度損傷すると、完全に再生するわけではなく、別の組織に置き換わって修復される。
見た目には治ったように見えても実際には組織の質が変化しているため、完治することはない。また、置き換わった組織は元の組織よりも脆い組織のため、再発の危険性は高い。
修復されていく期間もある程度患部を動かしていないと柔軟性のない組織になってしまうため、患部の熱感や痛みに注視しながらウォーキングマシンやトレッドミルなどの軽めの運動を取り入れて、一進一退の攻防を繰り広げながら長い時間をかけて修復を目指す。腱には毛細血管が少ないため、必要な栄養を十分に行き渡らせることができずに再生に時間がかかる。
そのため、ショックウェーブや温泉を利用して血流を促進することで修復を促す治療を行うこともある。

■ 重度の屈腱炎からの復活 モーメントキャッチの場合
屈腱炎のリハビリは骨折よりも長期に及ぶことが多い。組織が完全に再生するわけではないため、変異した組織の様子を見ながら慎重に負荷をかける。
療養期間の多くはウォーキングマシンなどによる軽い運動。その後トレッドミルなどを併用して調教に強弱をつけ、徐々に強度を増していく。損傷率10%以下であればある程度スムーズだが、20%を超えると厳しいのが現状。ここでは、不全断裂の診断も出るような損傷率35%の屈腱炎から、約2年の休養を経て復帰を成し遂げたモーメントキャッチと、彼のリハビリにあたったエクワインレーシングの例を取り上げる。
◯モーメントキャッチのあゆみ
モーメントキャッチは父モーリス、母シュシュブリーズという血統。
2022年にデビューすると、未勝利戦を10走して2着6回3着2回という戦績をあげる。勝利はあげられなかったものの、2度は単勝オッズ1倍台の支持を受けるなど、クラス昇級は目の前と思われていた。
だが、3歳春の5月に右前脚の浅屈腱炎を発症。長期休養を余儀なくされると同時に、未勝利戦のタイムリミットを超過することがほぼ確定となった。しかし、これまでの成績から陣営は1勝クラスでの復帰を決断。2023年の5月21日からエクワインレーシングに入場し、症状の回復と復帰を目指すことが決定した。
以下は、その際の怪我からの復帰の記録となる。
・2023年5月 屈腱炎(損傷率35%)発症

写真の左側が正常な左前肢のエコー写真で、右が患部である右前肢。2つを見比べると、左前肢と比較して右前肢の方は中央に穴のようなものが発生しているのが見える。
また、患部の状態から、モーメントキャッチの屈腱炎はコア型であることも同時に分かる。

上記画像は35%の損傷部をエコー画像で表したもの。上側にかなり黒ずんだ箇所が目立つ。
・2023年7月 ウォーキングマシン調教開始
屈腱炎は骨折などとは違い、歩くことは可能。そして、伸縮性のある腱を修復させるためには適度な運動が必要となる。ここから約9か月は継続してウォーキングマシンでの調教が行われ、リハビリに努めていくこととなった。
・2023年11月 損傷部位が回復傾向へ

発症直後と比べても黒ずんだ部分が消え、損傷部位が大きく回復したのが分かる状態になっている。だが、この状態でも激しい運動などは不可。段階を踏んだ調教が必要となる。
・2024年3月 トレッドミル、および低酸素調教の開始
ウォーキングマシンでの調教を開始してから半年以上が経過した2024年の3月に、ようやくエコー画像の改善と症状の落ち着きが見られたため、トレッドミルでの調教と低酸素調教がスタート。少しずつ負荷をかけ、症状を見ながら頻度を調整していくように調教メニューが組まれていった。
・2024年5月 20-20調教開始 同年7月 18-18調教開始
発症から1年経ったところで馬場に向かい、タイムを出す稽古に入る。最初は1ハロンごとのタイムを20秒ずつ刻んでいくものからスタートし、2か月後には2秒速めて18秒ずつ。脚元への負担を考えてのメニューだ。

・2024年8月 15-15調教開始
発症から1年と1ヶ月でさらに速い時計を刻んでいく段階へ。15-15というのは、上記と同様1ハロンで15秒ずつのタイムを出しながらコースを回って行くもの。これは2歳馬が育成場で調教を付けられている際、進度が上の組に対して使われるメニューでもある。
つまりここまで来れば、実戦を見据えた仕上げに入ったと言える状態だ。さらにこの段階から、毛細血管が少なく、体の再生物質が届きづらい腱への血流を促進するショックウェーブ治療などもあわせて行った。
・2024年11月 復活してトレセンへ、そして同年12月、1勝クラスで約1年半ぶりの復帰
不全断裂の診断も出るような損傷率35%の屈腱炎から、約1年半の休養を経てトレセンに帰厩したモーメントキャッチ。復帰戦では原田和真騎手を鞍上に迎え、1勝馬相手に自己最速となる上り3ハロンを叩き出していきなり3着と好走した。

モーメントキャッチはその後9戦して2着4回、3着2回と好走を続け、初勝利に向かって奮闘し続けた。しかし、2026年3月28日のロイヤルバンコクスポーツクラブ賞で5着となった後に跛行を発症。精密検査をしたところ、屈腱の不全断裂で競走能力喪失という診断がくだる。残念ながら引退となった。
ただ、その姿に多くのファンが勇気を与えられた事実に変わりはない。現在はエクワインレーシングにて、乗馬としてのセカンドキャリアを歩むべく去勢を行い、リハビリに励んでいる。
写真:@pfmpspsm、Horse Memorys
他にも『サラブレッド大辞典』では、リハビリのページで骨折の治療や蹄葉炎の治療についても紹介している。今回の内容についてはp192-193の『屈腱炎』およびp196-197の『馬のリハビリ』ページからの抜粋となる。


■名伯楽・藤沢和雄 元調教師が推薦する『サラブレッド大辞典』
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この一冊があれば、週末のレースがこれまで以上にドラマチックに、そして愛おしく感じられるはずだ。
| 書籍名 | サラブレッド大辞典 |
|---|---|
| 発売日 | 2025年12月19日 |
| 価格 | 定価:2,420円(税込) |
| ページ数 | 224ページ |

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