[宝塚記念]テイエムオペラオー、タイトルホルダー、イナリワン。天皇賞(春)と宝塚記念を連勝した馬たち

ファン投票で出走馬が選出される、グランプリ宝塚記念。2026年は、ファン投票上位6頭のうち3位マスカレードボール(英国のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSに出走予定)以外の5頭が参戦し、レース史上屈指の豪華メンバーが顔を揃えた。

その中でも上位人気に支持されそうなクロワデュノールは現在、大阪杯と天皇賞(春)を連勝中。宝塚記念では、いわゆる「春古馬三冠」の偉業が懸かり、勝利すれば3億円の褒賞金を獲得する。ただ、大阪杯がGⅠに昇格した2017年以降、この偉業を達成した馬はいない。クロワデュノールの父キタサンブラックでさえ、春古馬三冠が懸かった宝塚記念は9着と大敗を喫し、快挙達成はならなかった。

ただ、大阪杯がGⅠに昇格してから10回と歴史はまだ浅く、天皇賞(春)と宝塚記念の2レースを連勝した馬は過去にも複数いた。

今回は、天皇賞(春)と宝塚記念を連勝した馬たちを振り返りたい。

■2000年 テイエムオペラオー

浦河町・杵臼牧場が生産したテイエムオペラオーは、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドSなどGⅠを3勝した名馬オペラハウスの産駒。1997年の北海道10月市場(現オータムセール)において1,050万円(税込)で竹園正繼氏に落札された。管理したのは、竹園氏の幼なじみでもあった栗東・岩元市三調教師。弟子の和田竜二騎手(現調教師)が引退までの26戦すべてで手綱を取った。

デビューは8月京都・芝1600mの新馬戦で、2着に敗れた後に骨折が判明。程度は軽く、年をまたいだ1月半ばには復帰したものの、その復帰戦は4着に敗れ、3戦目で初勝利をあげた。

ただ、怪我の功名とはこのことか。骨折の休養でひと回り大きくなって帰ってきたテイエムオペラオーの快進撃はここからはじまり、続くゆきやなぎ賞を連勝すると、毎日杯は2着に4馬身差をつける完勝で重賞初制覇。さらに、追加登録料を支払って出走した皐月賞では見事な大外一気を決め、初勝利からわずか2ヶ月半でクラシックホースへと駆け上がったのである。

ところが、それ以降は一転して勝ち切れないレースが続き、ダービーで3着に惜敗して連勝が止まると、秋初戦の京都大賞典も3着。さらに、菊花賞はナリタトップロードを捕らえきれず2着に惜敗し、確勝を期したはずのステイヤーズSも同世代のペインテドブラックに競り負け2着に終わった。

それでも、歴史的名勝負となった有馬記念でグラスワンダーやスペシャルウィークと互角に渡り合いタイム差なしの3着に好走すると、年明けから再び快進撃が始まり、京都記念、阪神大賞典、天皇賞(春)と3連勝。さらに、3度目のビッグタイトル獲得を懸けて出走したのが、ファン投票1位の立場で臨んだ宝塚記念だった。

このレースで、単勝2倍を切る圧倒的な支持を集めたテイエムオペラオーは、最内枠から五分のスタートを決め4番手につけた。対して、この春は不調ながら、前年覇者でグランプリ4連覇が懸かる2番人気グラスワンダーは、そこから3馬身差の7番手を追走。天皇賞でテイエムオペラオーと接戦を演じた3番人気ラスカルスズカは、他馬が避ける内ラチ沿いを通り、中間点を前に早くもスパートを開始した。

一方、先手を取ったサイレントハンターは1000mを60.7秒のミドルペースで通過。中間点付近では2番手メイショウドトウに7馬身ほどの差をつけ大逃げとなった。その後、残り800の標識を過ぎたところで、持ったままのグラスワンダーと、和田騎手が手綱を押すテイエムオペラオーの様子がターフビジョンに映るとスタンドから大歓声が上がり、続く4コーナーで馬群が一団となる中、レースは直線勝負を迎えた。

直線に入ると、インぴったりを回って先頭に立ったラスカルスズカが2馬身のリードを取るも、坂の途中で失速。勝負所で楽な手応えだったはずのグラスワンダーも伸びを欠き、馬場の中央から末脚を伸ばしたメイショウドトウ、ジョービッグバン、テイエムオペラオーの争いとなった。

3頭による激しい叩き合いが繰り広げられる中、この年、身につけた勝負強さを発揮したテイエムオペラオーが坂上で2頭をねじ伏せるように差し切ると、最後はメイショウドトウにクビ差先着して1着ゴールイン。着差はわずかでも完勝といえる内容でGⅠ2連勝とし、現役最強馬の称号を手中に収めた。

一方、6着に終わったグラスワンダーはゴール後、鞍上の蛯名正義騎手が下馬。診断の結果は左第三中手骨骨折で引退が発表され、明暗がくっきりと分かれてしまった。

テイエムオペラオーはこの後、京都大賞典、天皇賞(秋)、ジャパンC、有馬記念をすべて勝利した。古馬の中・長距離GⅠ完全制覇を含む年間8戦8勝は、もしかすると今後達成されないかもしれない大偉業。重賞8連勝はタイキシャトルに並ぶタイ記録だった。

またこの年、特に際立ったのが勝負強さで、8勝のうち実に5勝が2着とタイム差なしの接戦。JRA賞の表彰で、年度代表馬に選出されたのはもちろんのこと、GⅠ年間5勝は初の快挙。当時の年間最高獲得賞金記録も更新するなど、記録ずくめの1年だった。

そして、翌5歳シーズンも現役を続けたテイエムオペラオーは、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンCで2着に惜敗したものの、天皇賞(春)を連覇するなど2勝を上積み。有馬記念5着を最後に現役を引退した。

生涯獲得賞金の18億3518万9000円は、2017年に米国のアロゲートに抜かれるまで世界最高記録で、「世紀末覇王」の異名に相応しい真の王者だった。

■2022年 タイトルホルダー

新ひだか町・岡田スタッドで生を受けたタイトルホルダーは、2015年の皐月賞とダービーを制したドゥラメンテの初年度産駒。2018年のセレクトセールにおいて2,160万円(税込)で落札され、美浦・栗田徹厩舎からデビューを果たした。

初戦は10月中山・芝1800mの新馬戦で、1番人気に応えて勝利すると、続く東京スポーツ杯2歳Sと年末のホープフルSはそれぞれダノンザキッドに敗れるも2、4着と健闘。そして、年明け初戦の弥生賞ディープインパクト記念でダノンザキッドに雪辱し、重賞初制覇を達成した。

その後、クラシックは皐月賞こそ2着に好走したものの、ダービーは6着に敗れると、秋初戦のセントライト記念は、直線で完全に前が塞がれる不利に見舞われ13着に敗戦。3連敗を喫してしまった。それでも、阪神競馬場でおこなわれた菊花賞で後続を幻惑するような絶妙なペース配分で逃げ、結果は5馬身差の圧勝。ケガのため父が出走できなかった舞台で、産駒初のGⅠ制覇を成し遂げてみせた。

さらに、続く有馬記念では主戦の横山武史騎手がエフフォーリアに騎乗するため、兄の横山和生騎手に乗り替わると、ここは5着に敗れたものの、4歳初戦の日経賞を勝利。菊花賞と同じく阪神競馬場でおこなわれた天皇賞(春)も逃げ切り、今度はなんと7馬身差の圧勝。そこからファン投票1位で臨んだのが宝塚記念だった。

このレースで、前年の年度代表馬エフフォーリアに続く2番人気に支持されたタイトルホルダーは、好スタート、好ダッシュを決め一度は先手を取った。しかし、二の脚がついたパンサラッサが迫ってくると無理に競り合うことなく先手を譲り、3馬身差の2番手を追走。天皇賞(春)2着のディープボンドが4番手、エフフォーリアはちょうど中団9番手に位置し、2年前に無敗三冠を達成した牝馬デアリングタクトがその直後につけていた。

逃げるパンサラッサは1000mを57.6秒のハイペースで通過し、最後方のアリーヴォまではおよそ25馬身差。隊列は、かなりの縦長となった。

それでも、2番手以下の各馬は3、4コーナー中間から早くも仕掛けはじめ、続く4コーナーでタイトルホルダーがパンサラッサに並びかける中、レースは直線勝負を迎えた。

直線に入ると、すぐにタイトルホルダーが単独先頭に立ち、坂下で2馬身のリードを取った。パンサラッサは苦しくなり、替わってヒシイグアスが2番手に浮上。その後ろ、3番手はディープボンドにデアリングタクトが迫った。

しかし、道中がハイペースで流れたせいか。残り100mで上位4頭の脚色はほぼ同じになり、最後はタイトルホルダーがヒシイグアスに2馬身差をつけ1着ゴールイン。この瞬間、菊花賞、天皇賞(春)、宝塚記念を合わせた史上初の「阪神中・長距離GⅠ三冠」という、こちらも今後達成されないかもしれない空前絶後の偉業が成し遂げられた。また、勝ち時計の2分9秒7はコースレコードのおまけ付きだった。

この後、GⅠこそ未勝利に終わったものの、5歳シーズン初戦の日経賞を8馬身差で圧勝したタイトルホルダーは、23年のワールドベストレースに選ばれたジャパンCで5着に健闘。続く引退レースの有馬記念は逃げて3着に惜敗したものの最後まで見せ場を作り、レース後におこなわれた引退式を経て、レックススタッドで種牡馬入りを果たした。初年度産駒は、2027年にデビューを予定している。

■1989年 イナリワン

ミルジョージ産駒のイナリワンは地方・大井でデビュー。「天才ジョッキー」と称された福永洋一元騎手の兄で、福永祐一調教師の叔父にあたる福永二三雄調教師の管理馬となった。

初戦はダート1000mの新馬戦で、ここを勝利すると、2戦目は取消してそこから休養を余儀なくされたものの、復帰後は連戦連勝の快進撃。三冠レースの最終戦、東京王冠賞にも勝利し、当時年末におこなわれていた東京湾Cまで無傷の8連勝を達成した。

そして、翌5歳(旧馬齢表記)シーズンは初戦の金盃で3着に敗れると、一転して勝利から見放されるも、年末の大一番、東京大賞典を快勝。6歳シーズンからは戦いの舞台を中央に移し、美浦・鈴木清調教師の管理馬となった。

ところが、移籍初戦のオープンすばるSで、やや折り合いを欠き4着に敗れると、続く阪神大賞典はゴール前で進路をカットされる不利にあい5着(6位入線からの繰り上がり)と連敗。この前年、同じく地方競馬から移籍して重賞6連勝を達成したオグリキャップとは対照的な船出となった。

それでも、デビュー3年目の武豊騎手に乗り替わった春の天皇賞では、2着ミスターシクレノンに5馬身差をつける圧勝。あまりにも鮮やかすぎるGⅠ初制覇はコースレコードのおまけ付きで、そこから中5週の間隔で臨んだのが宝塚記念だった。

このレースで、ヤエノムテキに次ぐ2番人気に支持されたイナリワンは、スタート直後につんのめるような格好となったもののすぐに体勢を立て直し、逃げるダイナカーペンターから4馬身差の好位3番手を確保した。前走に続いて折り合いもピッタリつき、3コーナー過ぎから他馬が仕掛けはじめても持ったままで2番手に浮上。先頭から1馬身差で直線を迎えた。

直線に入ると、ダイナカーペンターの粘り腰にやや手を焼いたイナリワンだったが、直線半ばでついにこれを交わし、先頭へ躍り出た。追ってきたのは2年前の安田記念を制したフレッシュボイスで、天皇賞のような独走劇とはならず際どく迫られたものの、最後までしっかりと粘り通し1着ゴールイン。鳴り物入りの移籍が間違っていなかったことを証明するGⅠ連勝で、春の主役となったのである。

この後、夏場を休養に充てたイナリワンは、オグリキャップと初めて対戦した毎日王冠で歴史的名勝負を演じ2着に好走するも、続く秋の天皇賞とジャパンCでは見せ場を作れず連敗を喫してしまった。

それでも、年末の有馬記念では見事な追込みを決め、粘るスーパークリークをゴール寸前で差し切って優勝。シンボリルドルフのタイムを1秒1も更新するコースレコードで、グレード制導入以降初となる春秋グランプリ制覇の快挙を成し遂げた。

また、この勝利が決め手となって平成最初の年度代表馬に選出されたイナリワンは、オグリキャップ、スーパークリークとともに「平成三強」と称されるようになった。ただ、3頭の中で、天皇賞、宝塚記念、有馬記念をすべて制し、一年で3つのGⅠを制したのはイナリワンだけである。

写真:かず、はねひろ(@hanehiro_deep)

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