[今週の注目]「令和版・最強の1勝馬」ボンドガールが追い続ける悲願 - クイーンS

重賞戦線で何度も上位争いを演じながら、不思議なほどタイトルに手が届かない馬がいる。能力は誰もが認める。それでもあと一歩だけ届かない。そのもどかしさが、多くのファンを惹きつける。勝ち鞍は未勝利戦の1勝のみ。「最強の1勝馬」といわれたエタリオウはその代表だ。

今週の重賞レース、クイーンSにも、「令和版・最強の1勝馬」というべき牝馬が出走する。2歳6月の新馬勝ち後、秋華賞含む重賞2着を7回もカウントした、ボンドガールである。

ボンドガールの戦績を眺めると、もどかしさでいっぱいになる。展開ひとつ、進路ひとつで着順が入れ替わるレースが、どれほどあったことだろう。一旦先頭に立ちながら後方からの一気の強襲に屈し、ワンテンポ遅れた仕掛けが最後まで響き捉え切れずに終わる。勝てる力はある。それでも、ほんのわずかな運命のズレが最後の一線を越えさせてくれない。届くはずのタイトルに、あと一歩届かない。しかし、その「届かなさ」こそが、彼女が常に頂点を争う実力馬であることの証でもある。重賞で7度の2着という蹄跡は、普通の馬には決して刻めない数字だ。勝ち切れないというより、勝ち負けの領域に常に身を置き続けているからこそ生まれた「惜敗の連鎖」である。

父ダイワメジャー、母コーステッド。兄にダノンベルーガを持つ良血の鹿毛の牝馬は、2022年セレクトセールで3億3100万円という高額で落札された。血統も期待も、すべてが一流だ。

その期待に応えるように、6月府中の新馬戦では、後の二冠馬チェルヴィニアを差し切り、府中の直線を堂々と駆け抜けた。あの日のボンドガールは、間違いなく「未来の主役」だった。

■長いトンネルの始まり

夏を順調に過ごしたボンドガールは、10月の府中開催初日のサウジアラビアRCに出走する。しかし、この日から「あと一歩」が続く長い戦いが始まる。

牡馬たちに混じって出走したサウジアラビアRCでは、1番人気に推され、直線堂々と抜け出したものの、ゴンバデカーブースの強襲に屈しての2着。次走はGⅠ阪神ジュベナイルフィリーズを予定していたが、調教中の放馬で右前肢を打撲したため回避し、休養に入る。

ボンドガールの休養は思った以上に長引き、競馬場に帰ってきたのは3歳の4月になってから。桜花賞前日の中山競馬場で施行されたニュージーランドTに出走したボンドガールは、稍重馬場の中、直線で内を突いて先頭に立つが、外から差してきたエコロブルームの末脚を防ぎきれず、3/4馬身の差をつけられ2着。続くNHKマイルCでは3番人気に支持され、内枠を活かして好位を進み直線を迎える。最内を選択して抜け出そうとするところへ馬群が殺到、馬群の狭間で進路を失い、本来の末脚を発揮できないまま17着に終わった。

デビュー勝ち以降、何故か先頭ゴールを果たせないボンドガール。しかし、ファンたちはボンドガールを応援し続けた。新馬戦でチェルヴィニアを差し切った末脚は、きっとどこかで弾けるはずだ——多くのファンが、その日を信じ続けた。

3歳夏、クイーンSに斤量51キロで出走したボンドガールは、好位抜け出しのスタイルを変え、後方待機から直線で一気に仕掛ける。馬群を縫って先頭馬群に取り付き、うまく嵌った…と思われたが、先頭に立ったボンドガールを、コガネノソラが外から差し切った。またしてもアタマ差の惜敗。ため息が出るような、悔しい敗戦となった。

秋の最大目標は、何とか最後の3歳GⅠタイトルを獲りたいと願った一戦。トライアルの紫苑Sで3着となり、臨んだ秋華賞。オークス馬チェルヴィニア、桜花賞馬ステレンボッシュが人気を二分する中でスタートした秋華賞は、京都の長い直線で、忘れ難い攻防が繰り広げられた。直線で馬場中央を抜け出すチェルヴィニアを、最内からステレンボッシュが追う。人気二頭で決まったと思われた直後、後方で脚を溜めていたボンドガールが、上がり3F34秒1の脚で追い込んだ。武豊騎手を背に、オークス馬チェルヴィニアを追い詰めた直線の脚は、ボンドガールという競走馬の能力を最も鮮烈に示した瞬間だった。しかし、結果はまたしても2着。

勝てない理由を探そうとする者もいるだろう。数字だけを見れば、「勝ち切れない馬」という評価になるのかもしれない。気性か、展開か、運か。しかし、彼女の走りを見続けてきた者なら分かる。ボンドガールは「勝てない」のではなく、「勝ち切れないだけ」なのだと。そこにあるのは、力の不足ではなく、ほんのわずかな運命のズレである。

■5歳の夏、札幌で迎える“もう一度のチャンス”

そして今、ボンドガールは5歳の夏を迎えた。競走馬として過ごす時間は、決して長くはないタイミングになってきた。4歳時は東京新聞杯、関屋記念で2着、5歳の今年も小倉牝馬Sで2着を確保している。彼女はまだ上位に食い込み続けている。まだ、勝ち負けの領域に立ち続けている。

その姿は、かつてのステイゴールドを思い起こさせる。勝てない日々が続いても、決して諦めず、何度でも挑戦し続けた名馬の姿。あの目黒記念で悲願を叶えた姿が、どこか重なって見える。

そして今週、今年のクイーンSは、例年以上に層が厚く感じられる。洋芝巧者、実績馬、上がり馬が入り乱れ、夏の札幌らしい混戦模様を呈する一戦である。

昨年の秋華賞2着馬エリカエクスプレス。今年に入って中山牝馬S、ヴィクトリアマイルで共に4着と、華麗な逃げを披露している。昨年のクイーンS、札幌記念で2着に食い込んだココナッツブラウンも洋芝巧者といえる。そして一昨年の覇者であり、ボンドガールの初戴冠をアタマ差で阻止した芦毛のコガネノソラなど。誰が勝ってもおかしくないメンバーが揃った。ボンドガールはこれらの馬たちに比べれば、前評判は決して高くない。近走が末脚不発で終わっているだけに「良くて善戦止まり」の評価が正しいのかもしれない。

しかし札幌の洋芝は、瞬発力よりも長くいい脚を使える馬に有利な直線だ。一昨年のクイーンSで繰り出したように、ボンドガールのしなやかなストライドと、長く脚を使える特性は、むしろこの舞台に向いている可能性は高い。展開ひとつで、これまで何度も届かなかった「あと少し」を埋めることは十分に可能だ。

■願いはただひとつ - この馬に、勝利という勲章を

勝負の世界では、努力が必ず報われるわけではない。「悲願達成」が最後まで叶わず、競走生活を終えた馬たちを何頭も見て来た。それでも、ボンドガールのような馬を応援したくなる。勝てないまま終わってほしくない。何度も重賞の舞台で、鋭い末脚を見せ続けてきた馬が、1勝馬のままキャリアを閉じるなど、あまりにも悔しい。

今週の札幌。ツワモノたちが揃う厳しい一戦だからこそ、ここで勝てば、その価値は何倍にも輝く。

「令和版・最強の1勝馬」──その呼び名は、称賛であると同時に、どこか切ない。

今年のクイーンS。その肩書きを脱ぎ捨て、「ステークスウイナー・ボンドガール」と呼ばれる日が来ることを、心から願っている。

あれほど幾度もゴール前で涙をのんできた彼女なら、その1勝は、どんな重賞馬よりも美しく、多くの人の記憶に残る勝利になるはずだ。

Photo by I.Natsume

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