
1.幻の三冠馬、フジキセキ
2026年3月、第12回「Anime Trending Awards」において、劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』が「ANIME MOVIE OF THE YEAR」を受賞した。年間最優秀賞である「ANIME OF THE YEAR」を『ウマ娘 シンデレラグレイ』が受賞したこととあわせて『ウマ娘』が世界のファンから支持されるコンテンツになったことの証明と言えるが、特筆すべきはサブキャラクターにも高い人気が集まったことである。
「Female Characters on our 2025 Anime Movie Character」、つまりアニメ映画における女性キャラクター部門において、トップ10に『新時代の扉』から1位のアグネスタキオンをはじめ6人がランクイン。そしてその中の1人として7位に入ったのが、主人公ジャングルポケットの良き理解者・憧れの存在として描かれるフジキセキであった。

レースシーンが一番の見せ場である『ウマ娘』だが、『新時代の扉』で描かれたフジキセキのレースシーンはアバンタイトルの弥生賞のみ。それでもこれだけの人気を集めたことに、キャラクター性への評価の高さがうかがえる。
フジキセキとジャングルポケットはモチーフ馬も縁が深い存在であった。2頭とも齊藤四方司オーナー・渡辺栄調教師・角田晃一騎手の組み合わせでGⅠを勝利。『新時代の扉』ではジャングルポケットの日本ダービー勝利に涙するフジキセキの姿が描かれたが、これはフジキセキで果たせなかったクラシック制覇を成し遂げた陣営の感慨を投影したものだろう。

上述の通り、フジキセキはクラシック制覇を果たせなかった。朝日杯3歳Sを勝って3歳(現2歳)王者となったフジキセキは三冠レース前哨戦である弥生賞を完勝。これが『新時代の扉』のアバンタイトルのモチーフとなったレースである。しかし皐月賞を前に屈腱炎を発症し、戦線離脱を余儀なくされる。さらに、重度のものであったことから休養して現役復帰を目指すのではなく引退する判断が下された。
全米年度代表馬として期待を集めて来日したサンデーサイレンスの初年度産駒。種牡馬としての需要を考慮しての早期引退ではあったが、前年のナリタブライアンに続く三冠馬誕生、さらにはシンボリルドルフ以来となる無敗三冠の達成も期待されていた中でターフを去ることを惜しむ声も多く、「幻の三冠馬」とさえ呼ばれた。
日本競馬史上、「幻の三冠馬」と呼ばれた馬は数多くいた。無敗で日本ダービーを制しながらもその直後に急死したトキノミノル。故障により菊花賞出走が叶わなかったカブラヤオーにトウカイテイオー。皐月賞を制するも日本ダービーを回避せざるを得ず、菊花賞で雪辱を果たしたミホシンザンとサクラスターオー。そして『新時代の扉』のメインキャラクターの1人となったアグネスタキオンも、無敗で皐月賞を制した後に故障のため引退し、「幻の三冠馬」と称された。これらの名馬に共通するのは、「クラシックレースを制していること」である。しかしフジキセキは事情が大きく異なる。皐月賞にすら出走していないこの馬が「幻の三冠馬」と呼ばれるのは、その後のサンデーサイレンス産駒の大活躍もあるだろうが、やはりその走りが鮮烈過ぎたことの証だろう。

陣営の無念はジャングルポケットが晴らしてくれた。しかしフジキセキ自身はどうだろうか。「幻の三冠馬」に相応しい力、クラシックレースを制する能力を持っていたことを自らの走りで示す機会は永遠に来ない。そうなると「血」によって証明する以外に手段は無いのである。本稿ではフジキセキ産駒として唯一のクラシックウィナーとなったイスラボニータの活躍にスポットライトを当てたい。
2.種牡馬フジキセキの戦い
種牡馬としてもフジキセキは優秀であった。初年度産駒から重賞馬を輩出。さらに2世代目のダイタクリーヴァはスプリングSを制してクラシック戦線の有力馬と目され、皐月賞ではエアシャカールの2着と健闘した。
しかし「優秀」ではあったものの、飛び抜けた戦績の産駒は現れず、GⅠ制覇が遠かった。父と同じように高い能力を持ちながら故障に苦しんだ馬が多かったことも一因だが、最も大きな要因はサンデーサイレンスが日本競馬史を変えるレベルの大種牡馬だったことだろう。
ダイタクリーヴァの皐月賞制覇を阻止したエアシャカールもサンデーサイレンス産駒であるように、毎年のようにクラシックを制する名馬を輩出。フジキセキが「サンデーサイレンスの後継種牡馬」である以上、サンデーサイレンスが健在なら、どうしても「父との戦い」は分が悪い。そして2002年にサンデーサイレンスが世を去ると、今度は「サンデーサイレンスの後継種牡馬」同士で争わなければならなくなる。『新時代の扉』でジャングルポケットのライバルとして登場したアグネスタキオンとマンハッタンカフェを始め、ステイゴールド・スペシャルウィーク・ゴールドアリュール・ハーツクライ・ディープインパクトと、素晴らしい競走成績を残した上で種牡馬としても優秀な名馬たちが続々と活躍馬を輩出していった。
私は以前寄稿したジャングルポケットを取り上げたコラムの中で、「「新時代の扉」は「内国産馬の時代の扉」だった」と書いたことがある(https://uma-furi.com/derby-2001/)。「新時代」が更に進むと父が内国産馬のGⅠ馬も当たり前になり、2008年にはJRA賞から「最優秀父内国産馬」部門が無くなっている。内国産種牡馬同士の争いが激しさを増す中、フジキセキは厳しい戦いを強いられていた。
その中でも2005年、カネヒキリがジャパンダートダービーを勝ってGⅠ馬になり、ダービーグランプリも制して「砂のダービー二冠馬」の栄光を手にした。カネヒキリは父を引退に追い込んだ屈腱炎からの復活も果たしてダートチャンピオンとして君臨。フジキセキの種牡馬としての評価を高めた。2008年にはシャトル種牡馬として供用されていたオーストラリアで生まれたサンクラシークが南アフリカの牝馬チャンピオンとしてドバイシーマクラシックに参戦し、勝利。クラシックディスタンスでもフジキセキ産駒が戦えることを証明した。サンクラシークと同世代でこちらもオーストラリア生まれのキンシャサノキセキは高松宮記念を連覇して短距離王者として活躍。フジキセキ産駒の大物が次々と現れ、着実に実績を積み上げていった。
一方でクラシックレースでの勝利は中々遠い。2010年はダノンシャンティがNHKマイルCを勝って日本ダービーとの「変則二冠」を目指すが故障のため無念の出走取消。2011年にはサダムパテックが父も制した弥生賞を勝って皐月賞に出走するも、オルフェーヴルの2着に終わった。
オルフェーヴルが三冠馬となった2011年、フジキセキは19歳になり、馬生も晩年に差し掛かっていた。2010年を最後に種牡馬としての仕事を終えたため、2011年生まれの産駒たちがフジキセキにとって父としてクラシックに臨む最後の世代となった。チャンスはもう少ない。2011年5月21日に生まれたイスラボニータは、そんな期待も背負うこととなる。

3.「もう一人の相棒」との縁
2013年、フジキセキ産駒はタマモベストプレイがきさらぎ賞を、メイケイペガスターが共同通信杯を勝ってクラシックに駒を進めた。いずれも多くのクラシックホースを輩出する出世レースだったが、2頭とも本番では勝つことが出来なかった。「フジキセキ産駒のクラシックホース誕生」の願いは2014年の最終世代に託されることとなる。
イスラボニータを管理したのは美浦の栗田博憲調教師。『ウマ娘』との関連で言えばヤマニンゼファーを安田記念と天皇賞(秋)の2階級制覇に導いたトレーナーと言えば通りが良いだろう。デビューしたのはサンデーサイレンスが送り出した最大の後継者・ディープインパクトの血を継ぐキズナの劇的勝利で幕を閉じた日本ダービーの直後。2013年6月2日の東京芝マイルの新馬戦である。パートナーは蛯名正義騎手。マンハッタンカフェの主戦騎手であり、バブルガムフェローやエルコンドルパサー・フェノーメノなど、『ウマ娘』のモチーフ馬になった名馬とのコンビも印象的なトップジョッキーである。
フジキセキにとって蛯名騎手は「もう一人の相棒」だった。
フジキセキの主戦は先述したように渡辺厩舎の所属騎手であった角田騎手だが、デビュー戦の手綱を取ったのは蛯名騎手。角田騎手が鞍上を務めたのは2戦目のもみじステークスからである。フジキセキの出遅れ癖(ゲート試験合格に5回を要している)を懸念した渡辺調教師が直線が長い新潟でのデビュー戦をセレクト。関東の若手有望株として頭角を現していた蛯名騎手に依頼が回ってきたのだった。
案の定出遅れたフジキセキだったが、直線で軽く追うだけで圧勝。1200m戦で2着に8馬身差を付けるというレースぶりに、蛯名騎手は驚愕した。
衝撃というか気持ちがいいというか……ああ、こういう馬がクラシックを勝つんだろうなと思いました。
──「蛯名正義氏が回顧「何もしなくても圧勝だった」フジキセキのデビュー戦」
(『NEWSポストセブン』2021年12月27日)より引用
絶対にクラシックに行く馬だから、この後手綱を取る角田(現調教師)には、大事にしろよと言った記憶があります
──「父フジキセキと最後の仔イスラボニータ=2頭の背中知る蛯名、ダービーの勝算は」(『スポーツナビ』2014年5月30日)より引用
蛯名騎手がサンデーサイレンス産駒に騎乗するのはこのレースが初めて。同じくサンデーサイレンス産駒のバブルガムフェローで天皇賞(秋)を制覇してGⅠジョッキーになるのはこの2年後のことである。若き蛯名騎手にフジキセキが与えた影響は大きなものがあったのだろう。角田騎手はジャングルポケットで日本ダービーを勝利した後、蛯名騎手と次のような会話があったと語っている。
ジャングルポケットのダービーのあと、蛯名さんに『フジキセキとジャンポケ、どっちが強い?』って聞かれたんです。フジキセキの背中を知っているのは僕と蛯名さんだけですから、ジャンポケがそれ以上なのかどうか、興味があったんだと思います。僕は迷わず『もちろん、フジキセキです』って答えました。そうしたら蛯名さんが『じゃあ俺もすごい馬に乗ったんだな』って。『蛯名さんにとってフジキセキ以上の馬は?』って聞いたら、『エルコンドルパサー』って言ってましたね
──「【ダービー特別企画】当事者が語るGI制覇の舞台裏〜ジャングルポケット・角田晃一調教師Part4」(『netkeiba』2014年5月28日)より引用
蛯名騎手にとって、新馬戦で1度だけ乗ったことのあるフジキセキは、世界の頂に最も近づいた歴史的名馬を引き合いに出すほどの名馬であった。トップジョッキーとなって巡ってきたかつての「相棒」の息子とのコンビ結成に、期するものがあったはずだ。
イスラボニータはスタートで出遅れるも、大きなロスを生まなかった蛯名騎手の立ち回りもあり2着に1.1/4馬身差を付ける快勝。2戦目として選ばれたのはフジキセキが鮮烈なデビュー戦を飾った新潟の地。8月に行われる新潟2歳Sであった。
予想難解な2歳重賞、新馬戦での出遅れも懸念材料のイスラボニータが4番人気に留まるのも致し方無いと思えるが、それ以上にこの年の新潟2歳Sには「大本命」といえる存在がいたことも大きかっただろう。単勝オッズ2.6倍の1番人気に支持されたハープスターである。父はディープインパクト、母ヒストリックスターはイタリアの名馬ファルブラヴと二冠牝馬ベガの仔という超良血。祖母のベガも手掛けた松田博資調教師が管理する素質馬は新馬戦で後方待機から一気の末脚で抜き去る快勝を見せ、早くも翌年の牝馬クラシックの有力候補と見なされていた。
イスラボニータはフジキセキをなぞるようにスタートでまたも出遅れ。それでも蛯名騎手が上手く馬群を捌いて先頭集団を捉えにかかるが、最後方待機策をとっていたハープスターが大外から一気に抜き去る。上がり3ハロン32.5秒という鬼脚でイスラボニータに付けた着差は3馬身。無敗のままターフを去ったフジキセキと対照的に、イスラボニータは2戦目にして土が付いた。出遅れても能力の絶対値で勝ち切った父とは異なり、折り合いの難しさという課題も改めて示され、ステップアップするにはさらなる成長が必要なことは明らかだった。
4.幻では終わらない
イスラボニータが競走馬として大成するにはトレーニングが必要だった。そこで大きな役割を果たしたのが蛯名騎手である。栗田調教師はその様子を次のように回顧している。
デビューからスタートがうまくなかったり、折り合いを欠きそうになったりと色々教えなくてはいけない事があったけど、そこはベテランの蛯名君が心得たもの。1戦ごとに競馬が上手になっていきました
──平松さとし「共同通信杯は皐月賞に“直結”? 今月で引退・蛯名騎手とイスラボニータが歩んだ2014年のクラシック道」(『NumberWeb』2021年2月12日)より引用
様々な名馬の背を知るベテランとのコンビだからこそイスラボニータは競馬を覚えていくことが出来た。仕切り直しの一戦となったオープンのいちょうステークス(現・GⅢサウジアラビアロイヤルC)で出遅れ癖を克服して勝利すると、東京スポーツ杯2歳S(当時はGⅢ)で重賞初制覇。3歳初戦となった共同通信杯も勝利して3連勝でクラシックの有力候補に名乗りを上げた。
栗田調教師はトライアルを使わず皐月賞に直行することを決断。今でこそ共同通信杯→皐月賞のローテーションはドゥラメンテやエフフォーリア・ジャスティンミラノらの活躍で「王道」のイメージが強いが、2014年時点ではこのローテーションで勝ったのは2012年のゴールドシップのみ。しかもゴールドシップはラジオNIKKEI杯(現・ホープフルS、当時は阪神開催のGⅢ)で右回りと2000mを経験済み。一方でイスラボニータは重賞2勝馬ながらいずれも左回りの東京コースかつ1800m戦。中山2000mに対応できるかは未知数で、ファンも評価に迷った。結局2番人気となったものの1番人気のトゥザワールドの単勝オッズが3.5倍、イスラボニータが5.1倍だからやや離された格好だ。
トゥザワールドは父が変則二冠馬キングカメハメハ、母がエリザベス女王杯を制してドバイワールドカップでも2着に健闘した女傑トゥザヴィクトリーという超良血馬。若駒ステークスから弥生賞というディープインパクトと同じローテーションを連勝して皐月賞に駒を進めてきた。鞍上が前週に桜花賞をハープスターで制して勢いに乗る川田将雅騎手という点も人気を押し上げた要因だろう。
しかし成長したイスラボニータは良血馬を相手にその才能を発揮する。好スタートから中団に控えるときっちりと折り合ってレースを進め、徐々に進出開始。先行するトゥザワールドを射程圏に捉えると中山の坂も物ともせず突き抜け、終わってみれば2着トゥザワールドに1.1/4馬身差をつける快勝であった。蛯名騎手にとっては意外にもこれが皐月賞初勝利。そして何よりもフジキセキ産駒に初のクラシックタイトルをもたらした。

蛯名騎手はこの巡り合わせについて次のようにコメントしている。
フジキセキといえば、新潟の新馬戦に自分が乗って勝ってるんですよね。その最後の産駒でクラシック馬が出てきた。しかも自分が乗って勝つなんて、これも何かの縁なのかな
──森永淳洋「フジキセキの縁がつながる奇跡の皐月賞 蛯名イスラボニータの夢物語は二冠目へ」(『スポーツナビ』2014年4月20日)より引用
「幻の三冠馬」フジキセキがクラシックホースたる能力を有していた証明を果たせたのは蛯名騎手の存在あってこそ。血が持つ才能とベテランジョッキーの腕が両輪となって掴んだ皐月賞のタイトルであった。
5.幻の血は次代へ
ダービーでの二冠制覇を期待されたイスラボニータだったが、ワンアンドオンリーとの叩き合いの末僅差の2着に終わり、「三冠馬」の夢は絶たれた。秋はセントライト記念を制した後、菊花賞ではなく天皇賞(秋)を選択し、3着。次のジャパンCを9着と敗れたことで、以降はマイル路線を中心に使われていくことになる。惜敗も多かったが2017年にはマイラーズCを制し、引退レースとなった阪神Cでは伝説のスプリンター・サクラバクシンオーが1994年に刻んだレコードを更新して有終の美を飾った。本質的には短距離向きの馬だったという評価になるかも知れない。
2018年から種牡馬入りし、今度は父としてクラシックホースを輩出することが期待される。
2025年はニシノエージェントが京成杯を、2026年はアルトラムスが毎日杯を勝利してクラシック戦線に駒を進めた。皐月賞父子制覇、父が果たせなかった日本ダービー・菊花賞制覇を成し遂げる後継者の誕生を願ってやまない。
フジキセキが見せた「幻」は、イスラボニータを通じて、現代まで繋がっている。

写真:かず、Horse Memorys、H.Kaneko
『ウマ娘 プリティーダービー』
開発:Cygames
ジャンル:育成シミュレーション
プラットフォーム:iOS/Android/PC
配信:日本
利用料金:無料(一部有料コンテンツあり)
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