[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]平場の月(シーズン2-17)

ルリモハリモの2戦目を控えた前日の夜、自宅にFAXが届いていました。最近はFAXを送る人も少なくなり、宣伝・広告ばかりが流れてくるので、反射的に捨ててしまいそうになりましたが、よく見ると明日の船橋競馬第1レースの出走表でした。

誰からだろうと不思議に思いましたが、そういえば能力試験の出走表を送ってもらうために、張田調教師の奥さまにFAX番号をお伝えしたことがあったと思い出しました。デビュー戦はFAXがなかったので、毎回送ってくれるということでもなさそうです。いくつかのクエスチョンマークが頭に浮かびつつも、馬柱を見てみると、ルリモハリモのところにグリグリの◎が並んでいるではないですか!

新馬戦が僅差の3着でしたから、今回はさすがに人気にはなるだろうと予想していましたが、まさかの1番人気。競馬新聞の本紙の見解を読んでみると、「前走の内容が秀逸」などと書いてあります。デビュー戦はハナ差で3着に敗れてしまったことが悔しくて、全体のタイム等など気にかけていなかったのですが、レベルの高いレースで3着に健闘したというのが客観的な評価のようです。そう言われてみれば、前走の走破時計1分16秒5は、他の出走馬7頭の持ちタイムと比べても明らかに抜けています。ルリモハリモが前走と同じように走れば、2着以下を10馬身ぐらいは離してゴールできる計算です。

あくまでも机上の計算ではそうですが、僕は競馬を30年以上見続けてきて、競馬に絶対はないことを知っていますし、どう転がっても勝てる馬でも負けてしまったケースなど星の数ほど見てきています。自分とは無関係な馬たちのレースであれば、「この馬は僕が乗っても勝てますね」と冗談めかして、勝ちに限りなく近い存在であることを表現することがありますが、自分の馬だからこそ、そんな軽率なことは口が裂けても言えません(笑)。気を引き締めていなければ、本当に勝ちが逃げていきそうな気がするからです。一糸乱れない◎を見たからか、その日の夜はなかなか眠れませんでした。大人になっても、前夜にドキドキして寝つきが悪いのは幸せなことだと思います。

第1レースは14時45分発走です。開門ダッシュを決め、横断幕の申請をし、すぐさまパドックに設置をしなければなりません。そうこうしているうちに、あっという間にルリモハリモがパドックに登場してしまうはずです。もしかすると、応援しに来てくださる人たちと言葉を交わす時間もないままレースがスタートしてしまいそうな予感もします。デビュー戦でひと通りの流れを把握しましたので、今回はよりイメージがしやすいですね。ルリモハリモと同じく、僕も馬主デビュー2戦目になります。

今回は横断幕を設置する僕をドキュメンタリー的に撮影してもらって、YouTubeチャンネルのコンテンツにしようと思い、チーム福ちゃんの一員であるハナケイエールさんにお願いしました。ハナケイエールさんは僕が川崎競馬でパドック解説をしている日にお会いしてから、競馬や馬をこよなく愛する姿勢に共感し、人としても信頼できると感じた女性です。しかも、同い年の遅生まれということを知り、勝手に親近感を覚えてしまいました。福ちゃんを介して、こうした素敵な方々と知り合えるのは、まさに福ちゃんが福ちゃんたるゆえんなのかもしれません。

待ち合わせをしていた南船橋駅から最も近いキャロッタ門に到着すると、ハナケイエールさんはすでに僕を撮っています。「横断幕を張るだけじゃなくて、もうここから撮っているのですね。密着取材ってこんな感じなのでしょうか」と言うと、ハナケイエールさんはスマホを構えながら笑っています。

予定どおり、開門直後に競馬場に入り、申請所に行って用紙を提出し、番号のついたクリップをもらいます。この番号順に警備員さんたちに手伝ってもらい、横断幕を取り付けます。パドックに向かう途中で、チーム福ちゃんの方々とお会いしました。今日はルリモハリモ応援団の皆さまですね。集団でパドックに到着し、カメラを意識しながら横断幕を広げ、もう付け慣れていますといった余裕をかまします。前回と違って今日は長い紐(荷造り用)を何本も持参して準備万端です。

それでも、横断幕は大きくて重いため、警備員さんたちの力を借りなければ設置できません。船橋競馬場の警備員さんたちは手慣れたもので、親切丁寧に教えてくれながらも、手分けをして設置してくれます。僕が片隅の紐をパドックの柵に結んでいると、「このようにするとよりきつく縛れるよ」と結び方を教えてくれました。誰も応援に来てくれなくなって、僕ひとりで横断幕を付けなければならない日もあるでしょうから、その時のためにも単独で設置する練習をしておかなければいけないのですが、結局、今回はルリモハリモ応援団の方々にもお手伝いいただいて、ルリモハリモがパドックに登場する前に横断幕を付けることができました。

パドックに現れたルリモハリモは、前走同様に少し気持ちが入ってはいますが、我を忘れるほどではなく、パドック解説者的にも許容範囲かなと感じました。馬体も見た目には大きく変わっていませんが、前走よりもプラス4kgの451kgと目方を増やしているのは好材料です。大丈夫そうという感触を得ながら、僕はカメラを回し、その後ろからハナケイエールさんが撮影するという構図。果たしてどんな情熱大陸的ドキュメンタリーが出来上がるのでしょうか。

出走馬主だけが入れるパドックエリアに降りて行くと、張田調教師が待っていてくれます。お会いするのも4回目ということもあってか、それともルリモハリモが断然の人気で勝てそうだからか、張田先生の顔にも笑顔があります。第一声、「大丈夫かなあ?」と僕に聞くので「僕も心配ですよ(笑)」と返します。普通に走れば勝てるという二人の思惑は深いところで一致しているはず。

所蛍騎手がルリモハリモの背に跨り、本馬場に向かおうとしていたその時、張田調教師が蛍騎手に向かってひと言、「大丈夫か?」と聞きました。蛍騎手は「大丈夫です!」と馬上から答えます。この短いやり取りの中に、「とんでもないミスさえしなければ勝てるからな、任せたぞ」、「この馬には調教から跨っていますので問題ないです。お任せください」という無言のキャッチボールが行われていたのが僕には見えました。

ルリモハリモが勝ったあとの口取りへの導線も確認し、スタートを待っていると、第1レースのオッズがオーロラビジョンに大きく映し出されています。5番ルリモハリモは1.2倍。ナリタブライアンの日本ダービーを思い出しました。負けられないレース、負けるはずのないレースです。好スタートから先手を奪い、そのまま後続を引き離してゴール。勝利は目と鼻の先、すぐ手の届くところにあります。

ファンファーレが場内に流れ、出走各馬がゲートに入り始めました。2歳馬たちにしては順調な枠入りです。最後に8番の馬が入り、スタートが切られようとした瞬間、1頭だけわずかに早くゲートから飛び出してしまった馬がいました。あっ、これは馬体検査ののち除外になって、スタート時刻も少し遅れそうだなと感じた瞬間、僕に見えたのは5番ルリモハリモの姿でした。ゲートをこじ開けて、フライングしてしまったのは、ルリモハリモだったのです。所騎手は手綱を持ちながら馬からすぐに飛び降り、ルリモハリモがほとんど走らないうちに止めて、再びゲート裏に連れ戻しました。

このわずか数十秒の間、さすがの僕も最後にこんな結末が待っているとは予想できず、頭を抱えるしかありませんでした。ルリモハリモ応援団の皆さまは、「ほら、ちょっと張り切りすぎただけだから大丈夫」と言ってくれますが、このパターンで出走除外になったり、たとえ走ったとしても全くレースにならなかった馬をたくさん見てきていますので、悪いイメージしか湧きません。

オールドファンなら分かると思いますが、ゲートを誤って飛び出して、再スタートした馬が勝ち負けになったケースって今までないですよね。少なくとも僕は記憶にありません。この期に及んで、そんな泣き言を口に出す必要がないのは百も承知ですが、ルリモハリモが再びゲートに収まっても気が気ではありません。

今度は他の馬たちと同時にスタートが切れました。外の馬の方がワンテンポ飛び出しは早かったのですが、すぐさま好ダッシュで先手を奪い返し、先頭に立つ勢い。スピードが違うので、無理に抑えるよりも、ハナを切ってしまった方がスムーズにレースができます。ルリモハリモはリラックスして走り、最終コーナーを回り、直線に向いても所騎手の手綱は動かないまま。後続の馬たちは騎手が必死に追っている中、馬なりでゴールを目指します。

残り200m、所騎手は少しアクションをしてゴーサインを出しますが、ゴール前では手綱を緩めて余裕のフィニッシュ。ルリモハリモもゴール板のところでは耳を立てているように、最後は力を抜いて走れています。

1分17秒0の時計は、前走に比べると少し遅いタイムですが、勝ち方は余裕がありましたので、この先へとつながる走りだったと思います。あとから調べたところ、前半600mが38秒5、後半600mが38秒5というフラットな流れでした。スタートからゴールまで、まるで機械のように同じペースで走り切ったということになります。ちなみに、デビュー戦は前半600mが36秒8,後半600mが39秒2ですから、かなりの前傾ラップであることが分かります。前半が速い流れを2番手からほぼ先頭に立つ勢いで走り、3着に粘ったルリモハリモの前走は強い内容であったということですね。ちなみに、デビュー戦でハナ差敗れた2着のスペースセイラーは、前日の2歳戦で2着以下を7馬身離して快勝しています。レベルの高い新馬戦であったということです。

勝つことは想定できていたので、ある程度冷静に勝利を味わえましたが、アクシデントを乗り越えてのものだけに、安堵感は半端ありません。ルリモハリモ応援団の皆さまも「おめでとうございます」と口々に祝ってくださって、喜んでくれています。口取りをするために、普段は関係者しか入れないゾーンに入っていくと、ルリモハリモと所騎手がちょうど戻ってきたところです。山田厩務員が手綱を持ち、所騎手が馬上から何か話しています。「口が切れてる」と僕には聞こえました。おそらく最初にゲートから飛び出したときにぶつけたのでしょう。口のどこが切れているのか分かりませんが、可愛い娘が顔をぶつけて傷ついてしまったように感じ、不憫でなりません。

ルリモハリモから降りた所騎手がこちらに来てくれたので、「ありがとうございます」と握手をしました。「すみません。飛び出してしまって」と所騎手が謝るので、「いえいえ、逆に目立って良かったです」と僕は返します。所騎手が悪い訳ではなく、ルリモハリモがやる気満々に飛び出してしまったのですから、むしろあの所騎手の冷静なカバーリングがなければずっと走ってしまったり、最悪、放馬してしまったりしていたかもしれません。そして勝ったあとだから何とでも言えますが、1.2倍で普通に走って勝ってしまうよりも、僕を含めたルリモハリモ応援団の皆さまを盛り上げることになりました。今回改めてルリモハリモは一筋縄ではいかない役者であり、そこもまた可愛いなと思えました。妹の福ちゃんも僕たちをたくさん盛り上げて、ワクワクさせてくれるに違いありません。

口取りは思っていたよりもあっさりしたものでした。山田厩務員や張田厩舎の人たちにもお礼を伝えながら、ルリモハリモを中心に、皆で前を向き、船橋競馬場に専属(?)のカメラマンさんたちが何枚か写真を撮ってくれました。その後、カメラマンさんたちが駆け寄ってきて、「口取りの写真は、パネルにしますか?それともアルバムにしますか?」と聞かれました。口取り写真は買うものだよと理恵さんから聞いていたので、これがそれかと思いつつ、「アルバムってどういうものですか?」と尋ねると、「見開きで左右に2枚写真が載ります」とのこと。

僕の頭の中では、パネルの方がアルバムよりも写真が大きく、料金も高いのではないかという計算が働き、さすがに勝った馬主が「それっていくらですか?」と聞くのもセコイ気がして(笑)、「アルバムでお願いします」と無難に注文することにしました。「何枚ですか?」と聞かれたので、「(1ついくらかも分からないので)とりあえず1つで」と答えると、「それでは張田厩舎に届けますね」とのこと。ほうほう、そういう形なのね。何から何まで知らないことばかりなのですが、果たして口取りのアルバムは1つおいくら万円なのでしょうか…。

張田調教師も、普段の辛口とは打って変わって、満面の笑みを浮かべています。握手をしながら「ありがとうございます。初めて自分の生産馬で勝てました」と伝えると、「ちょっとテンションが高くなっているので、このあと放牧に出すかも」とおっしゃいます。馬体重も増えつつ体調は良さそうなので、肉体的にはまだ走れそうですが、ルリモハリモの気持ちを考えるとひと息入れても良いかもしれません。来年の今ごろにはグッと良くなるタイプなので、今焦って使う必要もありません。馬主は勝つと次もと欲張ってしまいますが、張田調教師はさすがベテラン。何よりも張田先生の笑顔が見られて嬉しかったです。

興奮冷めやらぬ中、ハナケイエールさんが「横断幕を外すなら今ですよ」と教えてくれました。冷静にルリモハリモの勝利を受け止めていたつもりですが、すっかり横断幕のことを忘れていました。言われなければ、ずっと張りっぱなしにして帰るところでした。慌ててパドックに飛んで行き、ルリモハリモ応援団の皆さまに協力してもらいながら、横断幕を外しました。船橋競馬場ではまだ第1レースが終わったばかりですが、僕はひと仕事もふた仕事も終えた満足感で一杯。張田厩舎の横断幕を張っている女性たちからも、「おめでとうございます」と声をかけてもらい、レースの写真も超望遠レンズのついたカメラで撮影されているようなので、LINEを交換して写真を送ってもらえるようにお願いしました。張田厩舎に馬を預けて良かったと感じました。

そのまま船橋競馬場を出て、希望者のみ参加でサイゼリアでの祝勝会をしました。祝勝会と言っても、時刻は15時半ですから、ドリンクバーの飲み物を片手におしゃべりをするだけです。僕はお気に入りの「たまねぎのズッパ」をサイドメニューに選びました。ルリモハリモの今日の走りの振り返りから、福ちゃんの現在の状況から撮影の裏話まで、話は尽きません。ルリモハリモのゲート飛び出し事件に関しては、何度思い出しても笑ってしまいます。「あっ、やっちゃった!」と気づいて、すぐに戻って行った姿が可愛すぎます。この先も語り継がれるのでしょう。

気がつくと3時間ほど話し込んでしまい、お店を出ると、外は暗くなっていました。さっき第1レースが終わったと思っていたら、すでにナイターになっているのです。夜空には満月にあと一歩ながらも綺麗な月が出ています。今日は平場の第1レースにおける1勝にすぎませんが、ルリモハリモが強くなって、レースに出る順番が少しずつ遅くなっていくと、いつの日かナイター競馬で走ることになるでしょう。大きなレースに出走し、たくさんの競馬ファンが見守る中、先頭でゴールを駆け抜け、まぶしくなるほどの光とスポットライトを浴びながら、ルリモハリモ応援団の皆さまと一緒に、口取り撮影をするシーンが浮かんできました。「パネルにしますか?それともアルバムにしますか?」と聞かれ、太っ腹に「パネルを10枚」と即答している僕がいます。そんな夢みたいなことを、ちょっと考えてしまいました。

Photo by ヤヨイ

(次回へ続く→)

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